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緊張

ビューという轟音と共に風が吹いている。
恐らく8個あるだろう内の1つのブラインドの角度が僅かに緩んでいて、そこから木の葉が揺れるのが見える。

後ろは振り返れないので前だけを見る。
受付を済ませて席へ案内され、机の上の書類を記入をして待つよう言われたのだが、あまりに早く書き終わりすぎて20分も時間が余る。
携帯を見ていればあっという間の20分も、今この時だけは随分と長く感じる。

どうすることもなくブラインドの外をただ眺める。
髪の毛ちゃんと染めて来なかったの良くなかったかな。
そんなことを考えながらやっと10分が過ぎた。

ガラッ
遅れてすみません!

皆がペンで書く音だけが響くこの部屋に、突如として静寂を破る音が聞こえる。
ペンの音が止んだ。
恐らく皆ビックリして音のした方を見たのだろう。

そこにはこの部屋にあまりに似つかわしくない人物が立っていた。
皆スーツを着てどことない緊張感を漂わせる中、黄土色のスラックスにノルディック柄のフリース姿。
ちょっと草臥れた感じの初老の男性だった。

私はあの男性に非常にラフで空気など微塵も読まなくて良いのだと言わんばかりの人生ベテランの強さを見た。
心の中で“ノルディックおじさん“と呼ぶことにした。

残りの10分はノルディックおじさんで脳内が持ちきりだった。
あれはノルディック柄で合っていただろうか。
緊張感を突き破る音と行動と服装で一瞬にして空気の色と温度を変えるという偉業を成し遂げたおじさんに対して間違った名前をつけてはいないだろうか。
早くこの重たいイベントを終えて“ノルディック“を検索したい。
そんな衝動に駆られた。

ノルディックおじさんの偉業を持ってしても、緊張感の緩和は長くは続かなかった。
またも静寂の中、ノルディックおじさんの焦るペンの音が鳴り響く。
15分の遅刻で焦っているのだろう。
私の右斜め後方、少し離れた位置から聞こえる忙しいペンの音が止まり、職員が書類を回収しに行く。


えーそれでは皆さん揃いましたので、まず本日のスケジュールから説明いたします…。


私も、私の前にいる人達も、きっとこの部屋の中の全員が背筋を伸ばし、話し始めた職員へと目を向けた。
さて、いよいよである。

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