井筒氏の『スーフィズムと老荘思想』。多即一で一即多の矛盾対立関係では、アブラハムが犠牲として捧げた仔羊は「もし未だ何ら自己限定(分節化)していない絶対者の次元で考えるなら…実際には彼自身」であり。絶対者の限定(分節化)により顕れたという点では「父」でも「子」でも「仔羊」でもあり…
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