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第12話 恋心の芽生え

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 ポルターガイストを倒した先では「試験場」と書かれている扉があった。入ってみると室内はスポーツができそうなくらいに広い。
 真っ先に目につくのはあちこちに落ちている懐中電灯や電気ランタンなどの光源となりうる物だ。その数は妙に多くく、少しでもこの場を明るくしようとした意図を感じ取れる。
 中央にはこれらの光源を集めたであろう人物の遺体があった。長い年月を経て白骨化しているので、定命族か不老族かはわからない。彼、もしくは彼女の傍らには錆びついたマジックセーバーとボイスレコーダーが落ちていた。

『ボイスレコーダーの内容を確認できるか? もしかするとここで何が起こったのかわかるかもしれない』

 ウィリアムの指示とともに、達成目標に『ボイスレコーダーの内容を聞く』が追加される。
 ボイスレコーダーを拾って再生ボタンを押すと、成熟した男性の声が聞こえてきた。

『もし、私が敗れたときに備え、これから戦う敵の情報を残す。今、我々は極めて強力なMエネミーの攻撃を受けている。そいつは形ある暗黒と呼べるような姿をしており、どのような攻撃も即座に回復してしまう。戦える魔法使いは私をのぞいて全滅した』

 ここで遭遇する敵の情報だろうか。しかし、ピジョンブラッドは形ある暗黒と呼べるようなMエネミーの姿は見ていない。

『しかし、彼らは無駄に殺されたわけではなかった。私に形ある暗黒の弱点を教えてくれた。光だ。暗闇の中では不死身であるヤツは、明るい場所では回復力が消え失せる。私は光源となるものをかき集め、この場でやつと対決するつもりだ。最も、回復力を抜きにしてもヤツは恐ろしい戦闘力をもっている。もしかすると、私は勝てないかもしれない』

 ここに声の主の亡骸がある。それが戦いの結果を物語っていた。

『これを聞いている、形ある暗黒に挑まんとするものよ。暗闇の中で決して戦うな。そして光で攻撃するのだ。ただし、炎や雷では効果は薄い。殺傷力を付与した魔力で攻撃する殺傷属性魔法かマジックセーバーによる攻撃が理想的だろう。私が敗北した時は、代わりに形ある暗黒を倒してほしい』

 レコーダーにはもう一つ音声データが保存されていたので、それも再生する。

『ゴホッ……ああ、負けてしまった。私など所詮この程度か……ああ、私が剣聖ナナキのような……光剣大業物七工の所有者に認められるほどの剣士であれば、こんなことにはならなかったんだろうな……』

 レコーダーから流れる震える声は、彼が泣いていることを示していた。

『なんで……なんで私には才能がなかったんだ……』

 その言葉を聞いた瞬間、ピジョンブラッドの……鳩美の脳裏にあの事件がフラッシュバックする。
 
『どうして! どうして俺じゃなくてお前なんだ! 俺に才能があれば、お前なんかが選ばれなかったのに!』
 
 過去が心を切り刻もうとする。ピジョンブラッドはすぐに脳裏に浮かんだ光景をかき消そうと努めた。
 ふと床に目を向けると、何かが光っているのに気がつく。ゲーム上で重要なアイテムの所在をプレイヤーに伝えるための描写だ。
 発光している何かはスティック状の記録媒体だった。メニューデバイスに接続して中身を確認すると、それはR.I.O.T.ラボラトリーの詳細な内部図であった。これで内部の探索がかなり楽になるだろう。

『光が弱点のMエネミーか……私に一つ作戦がある。いま手に入れた内部図を確認してくれ』

 ウィリアムの指示にしたがってマップを開くと、ある場所にマーカーが付いた。

『今、マーカーを付けた場所は天井がガラス張りになっている。そこに形ある暗黒をおびき寄せてくれ。私が外から光の魔法を使って部屋全体を照らす。そうすればやつを倒せるはずだ』

 これまで戦った敵は前座だろう。おそらくは形ある暗黒との戦いこそがこのクエストにおける本番だ。
 この場を立ち去る前にピジョンブラッドは度名もなき魔法使いの剣士に目を向ける。

「あなたの仇は必ず取るわ」

 あえてロールプレイをするのは、今の自分はピジョンブラッドであると強く意識するため。そうしなければあの時の恐ろしい記憶がぶり返してしまう。
 だから指定の場所へ向かう途中、なるべく他のことは考えずこれから戦う敵のことを考えるよう努めた。
 エレベーターで襲われたあのどす黒い刃。今思えば、あの刃の持ち主こそが形ある暗黒ではなかろうか。どんな防御力も通用しない即死ダメージを与えてくるだけでなく、太刀筋の鋭さも心胆を寒からしめるものであった。
 敵が名前通りの姿をしているのならば、このような暗闇の中では見えない敵と戦うのも同然だ。ピジョンブラッドは精神を研ぎ澄ませる。
 通路を歩いていると突如として壁に無数の切れ目が入って大穴が空いた!
 周囲の空気が宇宙空間へと吐き出されていく。外へ吸い出されないよう踏ん張るピジョンブラッドは、穴を通じて外から入ってくる影を見た。
 身長二メートルはある大男で、人影が立体を得たかのような真っ黒な存在には形ある暗黒・レベル75と名前が映し出されている。まさしくそのとおりの姿であった。
 形ある暗黒の顔には銀色の点が二つ並んでおり、それが瞳のようにピジョンブラッドを見た。

『やはりいたか! 手はず通り例の場所までおびき寄せるのだ!』

 形ある暗黒が腕を向けると、鋭く尖ってピジョンブラッドへ襲いかかってくる。まるで飴細工のようだが、それには致命の威力が秘められていることをすでに知っている。
 体を捻って刺突を回避すると同時に、ピジョンブラッドは人差し指を敵に向ける。

「アクティブ!」

 指輪に秘められた光の魔法:閃光の型が発動する。瞬発的に強烈な光を発して敵をひるませる魔法だ。強力な敵ほど耐性を持っているものだが、形ある暗黒に対しては通じてくれた。
 閃光を受けた形ある暗黒は両腕を剣に変形させて、周囲をやたらめったら斬りつける。明らかに視覚を奪われている動きだ。
 すぐにピジョンブラッドはその場から離れ、薄暗い通路の中を駆ける。
 背後からは形ある暗黒の足音が追いかけてくる。
 さらにはネクロボットまでも再び現れた。もはや操り手であるネクロマンサーをいちいち探している余裕すらない。形ある暗黒に追いつかれるよりはましと、ネクロボットの攻撃をろくに回避せず強行突破した。
 そうしてピジョンブラッドはなんとか指定された部屋に到達した。おそらくそこは休憩室か何かだったようで、いくつものテーブルと椅子が散乱していた。
 上を見れば、ガラス越しに宇宙服を着たウィリアムの姿が見えた。
 少し遅れて形ある暗黒もこの部屋にやってきた。
 その瞬間、外側にいたウィリアムがつえから強烈な光を発する!
 形ある暗黒は突然熱湯を浴びせられたように怯んだ。

『今ならそいつを倒せるだけの光量があるはずだ!』

 ウィリアムの働きで文字通り光明が見えた。
 形ある暗黒が苦しみながらも右腕の剣を構える。仕切り直しだ。ピジョンブラッドもマジックセーバーを構える。ここから先は自分の実力が結果を左右する。
 先手を取ったのは形ある暗黒だ。本来ならば剣を打ち合う距離ではないのだが、腕を鞭のように伸ばして攻撃してくる。
 敵の攻撃をピジョンブラッドはセーバーで受け止めた。
 黒い二本の鞭が嵐のように襲いかかってくる。
 たった一点を凝視するのではなく、視野全体をまんべんなく見る。武道における八方目と呼ばれる技術でピジョンブラッドは形ある暗黒の攻撃を次々と弾く。
 次々と繰り出される攻撃の僅かな間隔。それを見つけたピジョンブラッドはスラスターを使って一瞬で至近距離に到達した。
 今こそ攻撃すべき瞬間。ピジョンブラッドは形ある暗黒の首を薙ぎ払う!
 普通の敵ならばこれで致命的弱点を攻撃したと判定されて倒せるのだが、しかし形ある暗黒は違った。わずかに怯んだ後、腕を鞭から剣に戻して反撃してくる。
 致命的弱点への攻撃はどんな高レベルの敵も簡単に倒せてしまうが、だからこそすべての敵がそうであるのはゲームのバランスを崩してしまう。致命的弱点が存在しない敵がいるのはスティールフィストから聞いていた。

 ピジョンブラッドと形ある暗黒の打ち合いは続く。敵の太刀筋は鋭いが、遠間から鞭で攻撃されるよりはしのぎやすい。防御に専念し、僅かなすきを狙ってピジョンブラッドは的確に攻撃を与えていく。
 敵の動きを見切れるようになったとはいえ、それでも全力で集中していなければならない。強い緊張感で心臓の鼓動が早まっていくのを感じる。サイバースペースでそうなるのなら、現実の肉体も同じ状態なのだろう。
 戦いが始まってからピジョンブラッドのHPは1ポイントも減ってはいない。しかし、強い緊張で一合打ち合うたびに、集中力がヤスリがけされているかのように摩耗していく。
 知覚精度のステータスがさほど高くないピジョンブラッドは、敵のHPがどれだけ残っているかは見えない。終りが見えないというのが、集中力の摩耗に拍車をかけていた。
 黒い剣が胴を狙ってくる。それをセーバーで弾いたピジョンブラッドは即座に反撃を繰り出そうとするが、それは過ちであった。
 集中力の摩耗とそれによる焦りが、攻撃のタイミングを誤らせた。ピジョンブラッドの攻撃が命中する前に、形ある暗黒の刃が彼女の手首に叩きつけられる。スーパーガッツの効果でHPは1ポイント残ったが、この攻撃の衝撃でマジックセーバーを取りこぼしてしまった。
 形ある暗黒がすかさず繰り出したのは上段からの振り下ろし。ピジョンブラッドを真っ二つに両断せんとする一撃。

 彼女はとっさに白刃取りで受け止めた!

 狙ったわけではない。とっさの、苦し紛れの行動だ。上手く受け止められたのは幸運にほかならない。
 ピジョンブラッドはその幸運をムダにすることなく、次へとつなげた。
 振り下ろしを防御された形ある暗黒はもう片方の剣を振るうが、ピジョンブラッドは白刃取りしたままの剣を横にそらして相手の体勢を崩す。
 続けてピジョンブラッドはスラスターの推力を上乗せした肘鉄を形ある暗黒の顎に叩き込んだ。バランスを崩した状態でのこの痛打によって、形ある暗黒はきり揉み回転しながらふっとばされた。
 形ある暗黒が床に叩きつけられたと時には、ピジョンブラッドはマジックセーバーを拾っていた。
 すでに敵は立ち上がろうとしている。ピジョンブラッドはスラスターを吹かせながら床を蹴る。一瞬で至近距離にまで達し、マジックセーバーを袈裟懸けに切り、即座に振り上げた!
 体を∨の字に切り裂かれた形ある暗黒にもはやHPは残されていなかったようだ。立ち上がりかけていた体は力尽き、再び倒れる。断末魔の悲鳴はなかった。
 その体は光の中に溶けるようにして消えていった。まるで朝日にかき消される夜のように。
 形ある暗黒が完全に消滅した後、部屋を照らす光も止まった。

『や、やったようだな……私は船に戻って休ませてもらう』

 光の魔法を維持するのにかなりの気力を振り絞っていたようで、ウィリアムはかなり疲れている様子だ。
 改めて周囲を見渡すと、この部屋に入ってきたのとは反対方向にもう一つ扉があるのに気がついた。その扉は破壊されている。おそらく、かつてここで発生した戦いによるものだろう。近づいてみると、「機密保管室」とかかれたプレートが目に入った。おそらくはそこがこのクエストのゴールだろう。
 ピジョンブラッドは保管室へ足を踏み入れる。ここでも戦いがあったのか、中にある様々な武器や防具、あるいは用途不明の道具がことごとく破壊されていた。それでも無事なものはないかと探してみると、部屋の一番奥にアイテムが二つだけあった。
 一つは刃がない刀だ。しかしよく見るとそれがマジックセーバーであるとわかる。
 日本刀型のマジックセーバーを手に取ると、アイテム名とともにその説明文が視界に表示される。
 
『ブルーセーバー。R.I.O.T.ラボラトリーが作り出した光剣大業物七工の一つ。全盛時代に作らたマジックセーバーの中で最も切断力に優れる。』
 
「すごい」

 性能欄を確認したピジョンブラッドがおもわず感嘆の声を漏らす。
 攻撃力もさることながら目をみはるのは『防御力無視』の能力を持つことだ。これによって強固な防具や外皮に弾かれることなく、敵の致命的弱点を攻撃できる。
 しっかりと使いこなすだけの技量が必要とはいえ、ピジョンブラッドは致命的弱点を持つ敵に対する必殺の武器を手に入れたのだ。
 ふと、あのボイスレコーダーの主は、このブルーセーバーを手にすることを夢見ていたのだろうかと思った。そう思ってしまうと、これを持ち去ってしまうことに後ろめたさを感じる。
 これはゲームに過ぎないとピジョンブラッドは割り切ろうとする。それに、強力な武器を見つけながらそれを持ち帰らず、そのせいで仲間たちの足を引っ張るべきではない。
 ピジョンブラッドはもう一つのアイテムも手に取る。
 もう一つは10センチ四方の金属製の箱だ。手に取ると『研究データ・フルバックアップ』とアイテム名が表示される。

『それだ!』

 突然ウィリアムからの通信が入る。その声に先程の疲労はまったくない。

『その記録媒体にはR.I.O.T.ラボラトリーの研究データがすべてバックアップされているはずだ! それを早く持ち帰ってくれ!』

 これにてクエストがクリアとなった。
 宇宙船に乗り込むと、誕生日プレゼントを待っている少年のような顔をしているウィリアムがいた。持ち帰った記録媒体を渡すと、彼は愛しそうにそれを両手で抱えこんだ。

 一度ログアウトしたスティールフィストは夕食を済ませた後、再びログインした。
 練習を再開しようと思ったが、その前にギルドホームをのぞいていこうと思った。もしかするとクエストをクリアしたピジョンブラッドが戻っているかもしれないからだ。
 ギルドホームに行くと、予想通りピジョンブラッドがいた。彼女は庭先で新しいセーバーを振るっていた。彼女は新しい装備を手に入れると必ずそれに慣れるための練習をするのだ。
 あの青いレーザー刃は間違いなく最上級レアアイテムの一つ、ブルーセーバーだろう。
 ピジョンブラッドが挑戦したクエストは、クリア時点でプレイヤーが装備している武器種のレアアイテムが手に入るという。ブルーセーバーを持っているのなら、彼女は見事最難関クエストをクリアしたのだ。
 声をかけようと思ったがスティールフィストは不意に言葉を失う。一人でセーバーを振るう彼女の姿をまだ見ていたい気持ちが沸き上がってきたからだ。
 剣術などかけらも知らない素人だが、それでもピジョンブラッドの一挙一動は数えきれない鍛錬のもとに形作られていることがわかる。

 そんな彼女の姿をスティールフィストは美しいと思った。

 その瞬間にようやく自覚した。ハイカラの言った「スティールフィストはピジョンブラッドに気がある」という言葉は紛れもない事実だったのだと。
 スティールフィストは胸の内にある感情と向き合う。初心者であるピジョンブラッドに助言や手助けをしていたのは上級者としてそうするのが正しいと思ったからだ。
 変化があったのは初めて重要クエストに出かけたときだ。思い返してみれば、自分はピジョンブラッドの戦いぶりに見惚れていたのだろう。その様はゲームの世界だからこそ出来る動きであり、現実では到底不可能ではあるが、”動きの制御”そのものに限れば、それは紛れもなく彼女自身の技量によるものだ。
 スティールフィストは初めて達人というものを目の当たりにした。それは華麗に戦うヒーローを見た少年のような胸の高まりに近いものであったが、言葉を正しく紡ぐとしたら、たった今感じたとおり「美しい」という以外になかった。
 女の美しさは容姿だけではない。その振る舞いや佇まいもまた美しさだ。無骨なパワードスーツに身を包み、レーザーの剣を振るうさまは、当たり前とされている美しさには当てはまらないかもしれない。

 だが、それでも感じたのだ! 美しいと!

 今ならはっきりと分かる。
 ピジョンブラッドの戦いぶりを見た瞬間、自分は間違いなくその様を美しいと思ったのだと、スティールフィストは断言できる。他ならぬ自分自身に対して。
 スティールフィストは初めて恋に落ちた。
 自分の隣りにいる女性を美しいと感じ、それが恋心へ変わる。何もおかしくはない。当たり前のことだ。
 それ以降のピジョンブラッドに対する自分の行動は、上級者が初心者に対して行う親切心ではなく、単に好きな異性に好かれたいという気持ちだったのだ。下心といえば下心だが、そういうのは人なら誰でも持ちうる純朴なものだ。
 ピジョンブラッドの足手まといになるべきではない。いや、なりたくはないという気持ちも、恋心によるものだ。
 スティールフィストは”もしこうであったのなら”と考える。自分がピジョンブラッドの実力ばかりを当てにし、それを当然だと思いこんでいたらどうなるだろうかと想像する。きっと彼女は自分に失望するだろう。そう考えた瞬間、背筋が凍りつくような悪寒が走った。ただの空想にもかかわらず、彼女に失望されると考えた瞬間にこうなる。

 それまで欠落していた人に好かれたいという欲と、嫌われたくないという恐怖。その両方が今、スティールフィストの心にある。
 彼は自分の恋心にますますの確信を得た。
 動作補正系技能に頼らずに戦えるようにする練習を、自分がああも集中、いや熱中して行えたのが今ならわかる。ずっとピジョンブラッドと肩を並べて戦い、彼女の美しさをずっと感じていたいという衝動から来ていたものだったのだ。
 たかがゲームで大げさなと人は鼻で笑うだろう。笑いたければ笑えばいいとスティールフィストは思う。今の自分にとってはこれこそがプラネットソーサラーオンラインを最大限楽しむためのプレイスタイルなのだ。

「あれ? いつのまにいたの?」

 ピジョンブラッドがこちらに気づいた。

「ついさっきだよ。それ、ブルーセーバーだよな。クエストをクリアしたんだな」
「ええ! 運が良かったわ」

 それを手にしたのがすべて幸運によるものではないことをスティールフィストは知っている。『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』はランダムダンジョンから一定確率で手に入るクエストアイテムがなければ挑戦できないので、そこに関しては運がいいとも言えるが、クリアするとなると話は別だ。
 あのクエストは運が良ければどうにかなるような難易度ではない。ブルーセーバーを手にしているということは、ピジョンブラッドの実力をはっきりと証明している。

「なら、どこかに出かけて新しい武器を使ってみるか? 俺も技能に頼らず戦えるよう練習始めたとこなんだ」
「良いわね。どこに行こうかしら?」
「そうだなあ」

 どこにしようかと思案していると後ろから声をかけられた。

「だったらアタシもついていくよ」

 背後から聞こえてきた声に振り向くとハイカラの姿があった。

「もう練習は良いんですか?」
「今日はずーっと同じ練習を繰り返していたからね。気分転換したいのさ」
「それじゃあ私とスティールフィストとハイカラさんの三人で行きます?」
「いや、ちょっとまってくれ。もうちょっとしたら権兵衛もログインしてくる」

 その数分後には権兵衛と、偶然にもステンレス、白桃、グラントもログインしてきた。

「今日は運がいいね。みんな揃ったことだし、全員でカオスウェザー島にでも行こうか。あそこは今の環境で一番いい素材アイテムを収集できるからね」

 権兵衛の提案に全員が了解した。もちろんスティールフィストもそうであるが、ピジョンブラッドと二人っきりでパーティーを組めなかったことをほんの僅かだけ残念に思う気持ちがあった。
 ただ、その残念と思う気持ちは少しだけ嬉しくもあった。
 意中の女の子と二人きりになれないのを残念と思う当たり前の気持ち。スティールフィストは自分の心がようやく人並みに近づきつつあるのを実感する。
 目的地へ向かう途中、無意識の内に足取りが重くなってスティールフィストはパーティーの最後尾を歩いていた。

「ねえスティールフィスト」

 ピジョンブラッドが歩調を合わせてスティールフィストの隣を歩く。

「技能を使わない練習をしているなら、私も付き合おうか? 私の流派、剣だけじゃなくて拳だけで戦う技もあるから、いろいろ教えられることもあると思う」
「ならぜひともお願いしたい。一応、参考書的なものは手に入れたんだが、経験者に教わるのが一番だからな」

 スティールフィストは心の中で激しくガッツポーズを取る。一瞬で冬から春になったかのように心が輝いた。意中の相手と二人っきりで何かをする、これ以上とない理由が手に入ったのだ。
 いやいや、浮かれては駄目だとスティールフィストは即座に自分を戒める。しっかり教わって並び立つのにふさわしいプレイヤーにならなければ、それこそピジョンブラッドに失望されてしまう。
 しかし、どれほど自制しようとしても、スティールフィストの心は浮き上がってしまうのであった。


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