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暗黒末法都市ネオサイタマ⑧

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◆第8節 オーダー・ザ・ニンジャ・スレイ 前編

「かつての私はサラリマンでしたが、ここで家族とクリスマスを過ごしていたときにすべてが変わってしまいました」

 フジキド・ケンジは静かに己の過去を語りだす。

「このマルノウチ・スゴイタカイビルで、ソウカイ・シンジケートとザイバツ・シャドーギルドの戦いが発生し、それに巻き込まれて私の妻と子は命を奪われました。私自身も死の淵にありましたが、そのときに私はニンジャとなったのです。ナラク・ニンジャと名乗る、ニンジャを殺すニンジャの魂が憑依したことで」

 ニンジャソウル憑依現象。過酷の修行の末になるのとは別に、ニンジャの魂が憑依することでも人はニンジャになるとフジキドは立香とアビゲイルに説明した。

「私は自分自身の憎悪と、ナラク・ニンジャがもたらすニンジャ殺戮衝動に突き動かされニンジャを殺し続けました。そして、戦いの中で出会った仲間とともに、ソウカイ・シンジケートとザイバツ・シャドーギルドの長を殺し、後に台頭してきたニンジャ秘密結社のアマクダリ・セクトを壊滅させました」

 フジキドの語った出来事は、ニンジャと無縁の人生を送ってきたものが耳にすれば、ただそれだけでニンジャ・リアリティ・ショックを引き起こしかねないものであったが、立香はそれを黙って受け止めていた。
 英霊次元の歴史を駆け抜けた立香は、個人が発する強烈な情念が組織や社会そのものを大きく揺さぶる力を発揮するということを知っているからだ。

(憎悪でニンジャの社会を変えた人……だから巌窟王が目にかけたのね)

 立香は復讐者のサーヴァントの意図をなんとなく理解した。もしニンジャ次元に英霊の座があったとするならば、彼は間違いなく復讐者のサーヴァントとなる。そんな彼に巌窟王はどこか共感するものがあり、記憶を失ってただのサラリマンに成り下がったのが許せなかったのかもしれない。

「アマクダリ・セクトとの最後の戦いのとき、私の体からナラク・ニンジャは抜け落ちてしまいましたが、無数のニンジャと戦いつづけた私の体は、すでにソウルの力に頼らずともニンジャとなっていました。その後も、悪しきニンジャと戦い続けましたが、ある日に私を呼ぶ声が聞こえてきたのです」
「声?」
「はい。年齢も性別も判別できない声でしたが、それは確かに聞こえてきました。聖杯を砕けと」

 フジキドが聖杯と口にした直後、立香の前にホログラフが出現する。

『それはきっと、ニンジャ次元の声だね。ニンジャ次元は自衛のために彼を選んだんだ』

 ホログラフに映し出されているのはモナ・リザめいた豊満な美女であった。

「ダ・ヴィンチちゃん!」
『やあ立香。無事で何よりだ』

 彼……いや彼女は立香にとって頼るべき仲間の一人だ。その名はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネサンス期を代表する芸術家である。その天才性は常人の理解の範疇を飛び越えており、美を追求するあまり自分をモナ・リザと同じ姿に変身させてしまったほどだ。

「ダ・ヴィンチちゃんは今どこに?」
『そう離れてはいないよ。君たちとおなじマルノウチ・スゴイタカイビル。その屋上さ。さ、早く上がっておいで。私達は待っている。あとエレベーターはこちらで制御しているから敵襲の心配をせずに使ってくれたまえ』

 それでダ・ヴィンチちゃんからの通信は切れた。

「私達? ダ・ヴィンチちゃん以外にも誰かいるのかしら?」

 ともかく立香たちはダ・ヴィンチちゃんの言葉に従う。
 ひとまずエレベーターに乗り込み、最上階へと直行した。
 そこはこのビルにとってのSIP(Sugoi・Important・Person)客のみが入場を許された展望室であった。

 窓からは、猥雑ながらも色とりどりの宝石を詰め込んだ宝箱めいたネオサイタマの夜景を見下ろせるが、今はそれを眺める余裕はない。立香たちはそのまま屋上へ向かう。
 屋上には四方に配置されたシャチホコ・ガーゴイルがネオサイタマを睨みつけており、その中央には立香の見知った者たちの姿があった。

「やあ、まっていたよ」

 ダ・ヴィンチちゃんが笑顔で迎える。彼女はなにやら複雑な機械装置を組み立てている最中であった。それをライダースーツに身を包んだ金髪の豊満な美女が手伝っている。

「あなたが藤丸立香=サンね。ドーモ、ナンシー・リーです」

 金髪で豊満な美女が挨拶とともに手を差し出す。握手を求めているようだ。

「ドーモ。ナンシー=サン。こちらこそ」

 立香はナンシーの手をそっと握る。

「それと、久しぶりね。ニンジャスレイヤー=サン……いえ、今はフジキド=サンと呼んだほうがいいわね」
「ああ」
「二人はお知り合い?」
「うむ」

 立香の問にフジキドは肯定する。

「ニンジャを殺す戦いにおいて、ハッカーであるナンシー=サンには何度も助けられた」
「それは私にとっても同じよ。フジキド=サンには何度助けられたことか」

 ナンシーは奢らず、なおかつ過度の謙遜はせずに奥ゆかしかった。

「それでダ・ヴィンチちゃん、その機械は?」
「君たちにとって必要なものさ。これがなければ次元マンゴー聖杯には至れない」
「どういうこと?」
「詳しく説明したいけど、まだコレの調整が終わっていなくてね。説明は別の人に任せよう。おーい、ホームズ!」

 ダ・ヴィンチちゃんが呼びかけた先には休憩用のベンチに腰掛けている男がいた。そこにいる彼こそが名探偵シャーロック・ホームズその人だ。
 ホームズはダ・ヴィンチちゃんに呼びかけられても返事はせず、胡乱な目つきでオハギを食べている。

「ホームズ! オハギなんか食べていないで立香に説明してくれよ! 説明するのが君の仕事だろ!」

 二度目の呼びかけでホームズはようやく気づいた。

「やあ、立香。無事にここまでたどり着けたようで何より。さて、あの機械装置がなぜ必要なのかを説明しよう」

 ホームズが頭をふると、すぐさま胡乱さが消え、瞳に高い頭脳指数の光が宿るようになった。そのふるまいはまさに名探偵にふさわしい。

「結論から言うと、次元マンゴー聖杯は徒歩では到達不可能な場所にある。あの機械装置はそこへ至る場所の空間転移装置<ポータル>だ」
「ホームズ=サン、屋上に来る前にもう一度地図上でペンデュラムを使ったのですが、それでも次元マンゴー聖杯の位置はマルノウチ・スゴイタカイビルを指していました。ビルの中にそのような場所があるということでしょうか?」

 アビゲイルがマンゴー色の宝石を取り出して尋ねる。

「いや、そうじゃない。試しにここでそれを使ってみるといい」

 ホームズの言葉にしたがい、アビゲイルがペンデュラムを使うと、それは真上を指し示していた。

「そういうことね」

 立香はホームズの言わんとしていることを理解した。

「そのとおりだ立香。地図を使った探知は正確な場所がわかるものの、それは平面上での位置のみであり、それがどの高さにあるのかは判別できない」
「でも、マルノウチ・スゴイタカイビルの真上にはなにもないわ」

 アビゲイルがペンデュラムが指し示す方向を見る。何かが上空に浮かんでいるわけもなく、ただ黄金立方体が妖しい輝きを放っているだけだ。

「いいや、アビゲイル。君の視界にそれが見えているはずだ」
「えっ?」
「天に浮かぶ黄金立方体。キンカクテンプルこそが、次元マンゴー聖杯とそれを持つ黒布の男が潜む場所だ」
「すごいわ。私が持っているペンデュラムもないのに、ホームズ=サンは何でもお分かりなのね」
「初歩的なことだよ」

 ホームズの瞳の奥で頭脳指数が光る。

「必要な手がかりは揃っていたからね。そこでダ・ヴィンチと作業しているナンシー=サンはこの事件を解決するためにニンジャ次元から呼び出されており、その並外れたハッキング能力を駆使して、私に情報をもたらしてくれた」
「おーい、こっちはもう準備ができたよ」

 作業が終わったのかダ・ヴィンチちゃんがこちらに手招きをしている。

「それじゃ早速、スイッチオン」

 ダ・ヴィンチちゃんが電源ボタンを押すと「キャバーン!」という電子音と共に、0と1の粒子が渦巻いて空間転移するための穴が生成された。

「この先に敵が……」

 立香は自身の緊張が増すのを感じた。

『敵性ニンジャ反応ありドスエ』

 電子マイコ音声はナンシーが持っていた個人用小型携帯UNIX端末によるものだ。

「私が仕掛けておいた電子ナルコに敵が引っかかったようね」

 全員の視界が屋上の出入り口に集中する。武蔵は剣を抜き、ネロはチョップを構え、他のサーヴァントたちも戦闘態勢入る。

 屋上に現れたのは二人のニンジャの姿だ。一人は赤毛の少年。もう一人は少女の姿をしたからくり人形。少年の名は風魔小太郎。少女は加藤段蔵。いずれも英霊次元のサーヴァントだ。

「ドーモ、フマー・ニンジャです」
「ドーモ、ケイトー・ニンジャです」

 ごうと強風が吹いた。
 二人はただアイサツをしただけだ。それだけでカラテの風が吹いたのだ。。
 忍者の英霊にニンジャの力が付与される。そのカラテ相乗効果は100倍、いや1000倍にも達する!

「立香、ここは私達に任せて早くフジキド=サンとポータルに入るんだ」
「ホームズ、でも」
「説明する時間はないが、敵は君とフジキド=サンを最も恐れている。藤丸立香とフジキド・ケンジの組み合わせこそが敵にとって最悪なのだ。だからこそ、君を孤立させフジキドの記憶を封印したのだ。さあ、早く!」

 ホームズはバリツを構える。
 立香はサーヴァントたちを信じるべきと悟る。

「フジキド=サン、行きましょう」
「うむ」

 フジキドはうなずく。彼もまた後ろを仲間に任せて自らが敵の喉元に飛び込まなければならない時があったのかもしれない。
 立香とフジキドは揃ってポータルに飛び込む。
 一瞬のめまいの後、目の前に現れたのはフスマであった。

「この先に敵が……」

 ターン!

 フジキドが勢いよくフスマを開けると数メートル先にまたフスマがあった。

 ターン!
 ターン!
 ターン!

 何度かフスマを開いては先に進むを繰り返す。
 その果にたどり着いたのは、タタミ敷きの四角い部屋であった。それはシュギ・ジキと呼ばれるパターンで、十二枚のタタミから構成されている。四方は壁であり、それぞれにはドラゴン、フェニックス、タイガー、タートルの見事な墨絵が描かれていた。
 そしてその中央には聖杯を持つ黒布の男が立っていた。

「ついに来たか、藤丸立香、そしてフジキド・ケンジ」

 落ち着いた口調ではあるが、布の隙間から見える瞳は血走っており、およそ正気にあるとは思えない。

「次元融合をやめて……といっても無意味のようね」

 カルデアのマスターとなって以来、立香はこういった事態が話し合いで解決した試しがなかった。おそらく今度も力で持って解決しなければならないだろう。

「そのとおり」

 黒布の男は穏やかに答えた。

「これは私の夢だ。いや、私だけの夢ではない。多くの人々が望んでいるのだ。ニンジャと英霊が共に存在する世界を!」
「それで今いる人々が根こそぎ死に絶えたとしても構わないというの?」
「それだけの価値はある!」

 黒布の男は迷いなく断言した。

「立香=サン。もういいだろう。この男はもはやジゴクへ送る他ない」

 フジキドが前に出てアイサツを構えようとした瞬間、黒布の男がカタナを取り出して攻撃してくる!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 フジキドはとっさに腕のブレーサーで防御する。

「ヌゥー! なんとスゴイシツレイ!」

 どれほど卑怯で悪辣なニンジャですら、イクサまえのアイサツは厳格な作法として守っている。にもかかわらず黒布の男はいきなり攻撃してきたのだ。

「失礼。私はニンジャではないのでね。少なくとも"今は"。それよりもフジキドよ。このカタナに見覚えはないかな?」
「これは……まさか、ベッピン!?」

 フジキドは黒布の男が持つ禍々しい妖刀をみて驚愕する。

「そうとも、これはお前の妻子を殺した妖刀! 次元マンゴー聖杯の万能性を利用すれば投影魔術によるニンジャレリックウェポンの完璧な複製すら可能だ!」
「貴様!」

 妻子を殺したカタナを見せつけられたフジキドから怒りが噴出する!

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 フジキドが放った断頭水平チョップを黒布の男はバク転で回避しつつ間合いをとった。

「次元マンゴー聖杯の力はこれだけではないぞ」

 いつの間にか聖杯にはマンゴー色の泥が満たされていた。
 黒布の男が泥を一息に飲み干した直後、彼の全身がマンゴーの色をした0と1の粒子に覆われる。
 次の瞬間、01マンゴー粒子が弾け飛ぶ。

 同時に周囲のフスマもまた弾け飛び、タタミ十二枚一組のシュギジキパターンが広がる無限のシュギジキ平原となる。
 フジキドと立香は黒布の男を見る。彼は今、オブシディアン色のニンジャ装束をまとったニンジャへとなっていた。

「その姿は!」
「ふふふふ。ドーモ、ダークニンジャです」

 ニンジャとなった黒布の男が改めてアイサツを繰り出した。

「どうだフジキドよ。妻子の仇を再び目にした感想は。次元マンゴー聖杯の力によって私は望むニンジャに変身できる。貴様を殺すのにこれほどふさわしい姿はあるまい」
「……」

 フジキドの傍らにいる立香は、彼の心が怒りの暴風で満たされていることを悟った。
 フジキドは静かに両手を合わせながら巌窟王の言葉を思い返す。
 
 己の憎悪を忘れるな。

 フジキドは静かに両手を合わせる。

「ドーモ、ダークニンジャ=サン……」

 サツバツナイトでもなく、ダイ・ニンジャでもなく、ましてはニンジャスレイヤーでもない。
 妻子を殺された一人の男として、彼が名乗るべき真名は唯一つ。

「フジキド・ケンジです」

 彼は憎悪みなぎるアイサツを繰り出した。


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