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暗黒末法都市ネオサイタマ⑦

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◆第7節 ニンジャよ、煌々と燃え盛れ

 幸いにも藤丸立香は敵の襲撃を受けることなくサーヴァントたちと合流できた。

「ネロ! 武蔵ちゃん! 無事だったのね」
「もちろんよ」
「当然である。余は皇帝だからな!」

 最も危険だったのは戦うすべを持たない立香であるはずなのに、彼女は自分のサーヴァントの安否を一番に心配していた。

「立香=サン!」

 少し遅れて、アビゲイルも合流する。

「アビー!? その姿は」
「大丈夫。心配しないで。フォーリナーの力はもう完全に制御できるようになったから」

 アビゲイルが魔女の姿で現れたのは驚いたものの、彼女はセイレムのときとは違い、フォーリナーとしての力を正しく使いこなせるようになったようだ。
 しかし、一人だけ行方がわからぬものがいた。ネオサイタマのサラリマンだ

「早くあの人を見つけないと……」

 焦る気持ちを抑え、立香はサーヴァントたちとネオサイタマのサラリマンの姿を探す。

 気がつけば、ネオサイタマのサラリマンはある店の前に立っていた。
 眼の前には「ダイコクチョ」と屋号がショドーされたのれんがある。

「私はこの店を知っている?」

 記憶を失っているにもかかわらず、なぜかこの店は見覚えがあるような気がしてならない。

「マルノウチ・スゴイタカイビルに行くという衝動はこの店を目指していたのか?」

 ネオサイタマのサラリマンは店内へ入ろうとするが、何故か足が動かない。

「頭が痛む……この感情は恐怖?」

 自分は何を恐れているのか。ネオサイタマのサラリマンはわからない。
 最終的にはダイコクチョを忌避する恐怖心よりも、行かねばならぬという衝動が上回った。
 ネオサイタマのサラリマンは店内と足を踏み入れる。

 店内は凄まじい破壊にさらされた後であった。あちこちが焼け焦げているので、この破壊は何かが爆発したためにもたらされたのだろう。夜景を楽しむために設けられたであろう窓は跡形もなく砕かれており、薄ら寒い風が入り込んでくる。
 ふらふらと危うい足取りでネオサイタマのサラリマンは店内の更に奥へと向かう。
 そして、ある場所で足を止めた。

「これは、ヌンチャクのオモチャ?」

 ネオサイタマのサラリマンは両膝をついてそれを間近で観察する。
 ブラド・ニンジャが使っていたものとは明らかに違っている。子供の手でも握りやすいように小さくて、全体的に丸みを帯びていた。
 ヌンチャクのオモチャにぽたりと水滴が落ちる。ネオサイタマのサラリマンは自分の瞳から涙が流れていることに気がついた。

「ああ、悲しい。なぜだ? ただのヌンチャクのおもちゃを見て、私はなぜこうも悲しくなるのだ」

 胸を貫く悲しみに、ネオサイタマのサラリマンは涙が止まらない。

「思い出したか?」

 ふいに投げかけられた言葉にネオサイタマのサラリマンははっと顔を上げる。
 いつの間にかコートを着た青年が目の前に立っていた。

「あ、あなたは?」
「ドーモ、アヴェンジャーです」
「ドーモ……すみません。スゴイシツレイなことですが、私は自分の名前がわからないので正しくアイサツを返せません」
「かまわん。俺はお前が何者か知っている」
「エッ!? それは、本当ですか! お願いします、教えてください! 私は一体誰なのですか?!」
「いいだろう。教えてやる。ただし、お前たちが言うところのカラテを持ってな! イヤーッ!」

 コートの青年はネオサイタマのサラリマンを殴りつける

「グワーッ! 何を!?」

 殴り飛ばされたネオサイタマのサラリマンが床に叩きつけられる。

「思い出せ! お前に宿る怒りの炎を! 妻と子を奪ったニンジャへの憎悪を!」

 その直後、立香とサーヴァントたちがダイコクチョ店内に入ってきた。

「巌窟王!? なぜあなたがここに」

 このコートの青年は巌窟王。またの名をエドモンド・ダンテス。英霊次元における、復讐者アヴェンジャーのサーヴァントである。

「立香か。だが、今回に限ってはお前に用はない。あるのはこの男だ」
「その人とあなたに一体何の関係が?」
「同じ復讐者としてこの男の醜態を無視できないからだ!」

 巌窟王は飛び上がると、倒れたままのネオサイタマのサラリマンにストンピング攻撃を繰り出す。
 ナムアミダブツ! このままではネオサイタマのサラリマンは巌窟王に命を奪われてしまう!

「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンは跳ね起きて巌窟王の攻撃を回避する。

「えっ!?」

 立香とサーヴァントたちが驚愕する。記憶をなくしているサラリマンに過ぎない彼が、巌窟王の攻撃を避けたのだ。常人では決して不可能なはずである。

「これは一体……私にこれほどのカラテがあったのか?」

 ネオサイタマのサラリマンは巌窟王の攻撃を避け、今はジュージツを構えている自分に驚く。

「ふむ。思い出してきたようだな」

 しかし、攻撃を回避された本人である巌窟王に驚きはない。

「お前は火を失った薪だ。俺の炎を持って、お前という憎悪の薪を再び燃え上がらせよう」

 巌窟王の両手にどす黒い炎が宿る!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 巌窟王が暗黒カラテミサイルを三連射!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンはそれを連続バク転で回避!

「イヤーッ!」

 巌窟王が一瞬で間合いを詰め、黒い炎を宿した暗黒カトンチョップを繰り出した。

「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンもチョップ迎撃!
 チョップとチョップのつばぜり合いが始まると、巌窟王の黒い炎がネオサイタマのサラリマンへと燃え移る。炎は一瞬でネオサイタマのサラリマンを包み込むが、彼は苦しむどころか炎に触発されたかのように闘志を燃え上がらせた。

「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンが巌窟王の腕を弾き、後退しながら跳躍し、さらにはスリケンを連続投てきする!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 放たれたスリケンを巌窟王が暗黒カラテミサイルで撃ち落とす。
 スリケン投てき後、ネオサイタマのサラリマンを包んでいる炎が消えた。
 彼の姿はいつの間にか変わっていた。今まで身につけていた背広ではなく、漆黒のニンジャ装束に身を包み、「殺」「伐」の二文字が彫り込まれたメンポを付けていた。
 なんと! ネオサイタマのサラリマンはニンジャだったのだ!

「そうだ。思い出したぞ。私はサツバツナイト……ニンジャだ」

 巌窟王の目的は、ネオサイタマのサラリマンを自身がニンジャであると思い出させることだったのだろうか。

「何がサツバツナイトだ!」

 突如、巌窟王は激昂し、暗黒カトンをまとった拳を叩きつける。

「グワーッ!」

 漆黒のニンジャが暗黒カトンパンチの直撃を受け、ワイヤーアクションめいてふっとばされる。

「ニンジャネームを思い出したところでなんになる! 思い出すべきは貴様の真名!」

 巌窟王が黒い風となってネオサイタマのサラリマンに襲いかかる!

「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンは致命的な一撃こそ避けているが、巌窟王の攻撃を防御しきれない。

「思い出せ! 貴様のイクサを! 暴虐の王、ラオモト・カンを殺し! 虚飾の貴族、ロード・オブ・ザイバツを殺し! 自由の簒奪者、アガメムノンを殺し! 力なきものを踏みにじるニンジャたちを、むごたらしく殺していった貴様のカラテを思い出せ!」

 巌窟王の攻撃を受け続けるネオサイタマのサラリマンの黒いニンジャ装束から薄っすらと橙の光が現れる。

「イヤーッ!」
「ヌゥーッ!?」

 ネオサイタマのサラリマンが反撃の拳を繰り出し、巌窟王が受け止める。

「私は、私は誰だ? サツバツナイト……ダイ・ニンジャ……ニンジャスレイヤー……いや、違う」

 ネオサイタマのサラリマンは自らの脳裏に浮かび上がる名前をつぶやく。それは確かに自分が使っていた名前という実感はある。しかし自らの真実の名であるという確信はない。

「サラリマンよ、貴様の何者は何だ! イヤッー!」
「グワーッ!」

 暗黒カトンパンチを繰り出しながら巌窟王は問う!

「サツバツナイトか!? イヤッー!」
「グワーッ!」

 暗黒カトンパンチを繰り出しながら巌窟王は問う!

「ダイ・ニンジャか!? イヤッー!」
「グワーッ!」

 暗黒カトンパンチを繰り出しながら巌窟王は問う!

「それともニンジャスレイヤーか!? イヤッー!」
「グワーッ!」

 顔面に拳を受けたネオサイタマのサラリマンがよろめく。

「おまえの真名を思い出せ! それが出来ぬのなら……ここで死ね! イヤーッ!」

 巌窟王が暗黒カトン断首チョップでネオサイタマのサラリマンをカイシャクにかかる!

「イヤーッ!」

 その時である、ネオサイタマのサラリマンが肘を前に突き出した構えで巌窟王のカラテを外側へと受け流す。

「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンは間髪入れず拳を繰り出す!

「グワーッ!」

 ここで初めてネオサイタマのサラリマンは巌窟王に一撃を入れた。
 黒コートの青年はワイヤーアクションめいて後方へ跳ばされるが、即座に空中で姿勢を整えて着地する。

「あれは余が神祖ロムルスに使った技?」

 イクサを見ていたネロがつぶやく。
 そう! ネオサイタマのサラリマンが繰り出したのは紛れもなくサツキとジキツキであった。

「ネロ、それってシルバーキーってニンジャから教えてもらった?」
「うむ。シルバーキーなるものは赤黒のニンジャがあの技を使う光景を余に見せた。改めて見ると、装束の色こそ違ってはいるが、余がみたニンジャと眼の前のサラリマンだった者は同一人物のようにも思える」

 記憶を失っているニンジャであった男。何者なのだろうか。
 イクサはまだ続く。強烈なヒサツ・ワザを受けても巌窟王は未だ健在だ。

「その技を使うか。ならもう思い出したか? お前は誰だ?」

 おそらくはこれが最後であろう。巌窟王はネオサイタマのサラリマンに真名を尋ねる。

「ああ、全て思い出した。なぜ私がニンジャであるのかを……フユコ……トチノキ」

 ネオサイタマのサラリマンは自分の頭巾とメンポを剥ぎとり、素顔を晒す。

「私は……だ」

 その時、外から吹いてきた風で立香は彼の真名を聞き取れなかった。しかし、ネオサイタマのサラリマンはもう二度と忘れないよう、自らの心に刻みつけるがごとく自らの真名を口にしていた。

「真名を思い出したのならば、貴様がするべきことは一つ! 憎悪の炎を燃やせ!」

 巌窟王から強烈なカラテ反応! 宝具を使うつもりだ!

「虎よ、煌々と燃え盛れ〈アンフェル・シャトー・ディフ〉!」

 いくつもの黒炎の塊が巌窟王の分身へと姿を変え、ネオサイタマのサラリマンを包囲する!

「「「「イヤーッ!」」」」

 全方位からの暗黒カラテミサイル同時攻撃。直撃すれば爆発四散は必至!

「イヤーッ!」

 ネオサイタマのサラリマンがコマめいて高速回転すると、彼に触れた暗黒カラテミサイルのことごとくが弾き飛ばされた!
 読者である貴方なら何が起こったか理解できるはずだ。

 なぜなら貴方はニンジャだからだ!

 巌窟王の宝具は一見すると無数の攻撃を同時に放っているかのようだが、それは常人がそう見えているにすぎない。実際は尋常ならざるスピードの連続カラテ攻撃だ。
 そこでネオサイタマのサラリマンは同じように超スピードで高速回転しつつ、全方位暗黒カラテミサイルを一つ一つサツキで無力化したのだ

 ゴウランガ! おお、ゴウランガ! これがニンジャと英霊との戦い!
 巌窟王の分身は宝具発動によって大量にカラテを消費したことで霧散していった。
 残るのは巌窟王本人ただ一人。

「クハハハハハ!」

 巌窟王は高らかに笑う。その哄笑には歓喜すらあった。

「貴様に宿る憎悪の力。しかと見せてもらった」

 巌窟王はコートを翻す。

「待って!」
「さらばだ、立香! そしてニンジャ次元の復讐者よ! 己の憎悪を忘れるな!」

 立香の制止を聞かず、巌窟王は割れた窓から飛び出して夜のネオサイタマへと消えていった。

「巌窟王……」

 彼は自らの考えを詳しく説明しない人物だ。立香は思わず引き止めたが、彼が素直に答えるとは思えない。わかるのはネオサイタマのサラリマンの記憶を戦いを通じて戻そうとしていたということだけだ。

「みなさん、私はようやく自分が誰なのかを思い出しました」

 立香たちの前には薄っすらと橙色の燐光を放つ黒きニンジャがいる。

「改めて聞かせてください。あなたの名前を」

 立香の問いに彼は静かに答えた。

「フジキド・ケンジ。私はフジキド・ケンジです」

 今ここに、ネオサイタマのサラリマンの真名が明らかとなった。


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