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最終話 武闘姫シンデレラ

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 シンデレラとチャーミング、二人の武闘姫が放つ闘志は、この場にいる者たちの殆どを失神させてしまいました。
 意識を保っていられるのは、シンデレラと戦った事がある武闘姫のみ。それでも気を強く保たねばなりません。

「お待ち下さい、チャーミング殿下! すでに武闘会は終わりました。シンデレラと殿下が戦う必要など無いはずです」
「そのとおりです。今は他にするべきことがあるはずです」

 不思議の国を思う気持ちが強いアリスとかぐや姫が戦いを止めようとします。
 他の武闘姫も戦闘態勢に入ります。
 
「うるさいなあ」

 チャーミングはうんざりした表情で武闘姫達を見ます。
 
「目障りだよ」

 チャーミングが武闘姫たちに魔力弾を放ちます。それは軽い攻撃のように見えて、秘められた力は偽九尾が使った炎の魔法:太陽の型を遥かに超えていました。
 シンデレラが動きます。彼女はかばうように武闘姫達の前に立ち、魔力弾をそっと真上へそらしました。
 
 空の彼方へと飛んでいった魔力弾はやがて大爆発を引き起こし、王都上空の雨雲に大穴を開けました。
 ポッカリと空いた雨雲の大穴から太陽の光が差し込み、王都を照らします。
 
「チャーミング、今は私だけを見て」
「ああ、そうだったね。ごめんよシンデレラ。ここじゃ外野がうるさいから場所を移そうか」
「ええ」

 シンデレラとチャーミングの体がふわりと浮き上がります。真の武闘姫にとって空を飛ぶのは、拳を握るのと同じくらいできて当たり前なのです。
 彼女たちはあっという間に王都のはるか上空まで達しました。

「さあ、今度こそ始めよう!」

 ついに真の武闘姫の戦いが始まりました
 それは武道の基礎の基礎。突きや蹴りの打ち合いでした。
 シンデレラの拳をチャーミングが裏拳で弾きます。
 チャーミングの回し蹴りをシンデレラは腕で防御しました。
 
 二人の手足には鋼のガラスで造られた手甲とすね当てがあります。それが打撃の際にぶつかり合うと、甲高い声が天に響き渡ります。
 なんということはない、ともすれば単なる組手のように見える一撃一撃は、常人が受ければ肉片一つ残らず血煙となってしまうほどの威力を秘めていました。

 なぜならシンデレラはもちろんのこと、彼女と同じくロードビス流の使い手であるチャーミングもガラスの時間を使っているからです。全力の100%の出力で。
 これまでシンデレラがガラスの時間を十全に使えなかったのは、ひとえにドレス・ストーンを使っていたからです。劣化品の武闘礼装がもたらす力と、シンデレラ本来の力の差が歪みとなり、ガラスの時間を使うと途方も無い負担がかかっていました。
 
 ですが真の武闘姫となった場合は、そのような無駄な負担はありません。
 二人は何かに縛られることなく自分の実力を完全に発揮しています。 

「”慣らし”はこれくらいでいいだろう。そろそろ本気を出すよ」
「ええ来なさい、チャーミング」

 チャーミングは無数の魔力弾を周囲に展開します。数を優先して質を下げてはいますが、それでもなお一発一発が破滅的な威力を秘めています。
 
「行け!」

 チャーミングがシンデレラを指差すと、それに同調して魔力弾が一斉に襲いかかります。
 無数の魔力弾の密集包囲網。そこに回避の余地はありません。
 そこでシンデレラは広く薄く伸ばした魔力の波動を放ちました。それによりチャーミングの魔力弾は命中前に一斉爆発します。
 

 
 全てを光で飲み込むほどの魔力爆発。それは地上からもはっきりと見ることができました。
 
「あれが、真の武闘姫の力……」

 アリスを始めとして、戴冠式に出席していた白雪姫、かぐや姫、赤ずきん、人魚姫は空に現れた無数の光のみの爆発を見上げていました。。
 彼女たちは自分が無敵だと驕るつもりはありませんが、それでも一流の自負はありました。そのために日々研鑽を怠らなかったのです。
 
 ですが、目の前で繰り広げられている真の武闘姫の戦いを見れば、彼女たちのこれまでは児戯としか思えませんでした。
 否。そうであってたまるものか。一つのある決意が、彼女たちの胸に宿っていました。
 今は触れることすら叶わぬ高みだが、必ずたどり着いてみせる。それは炎にも似た固い決意でした。
 
 そしてその決意は戴冠式に出席していなかった眠り姫とグレーテルにもありました。
 彼女達は王都の外へ繋がる門の前にしました。
 先の魔物大襲撃で知りあった眠り姫とそのパートナーであるペロー、そしてグレーテルは一時的に手を組んで冒険者の仕事をこなすために出発しようとしたところでした。
 
「な、なんだあれは!? せっかく魔物を退けたのに世界の終末がきたのか!?」

 常人であるペローを始めとして、周囲にいる人々は上空で起こっている光景を見てそのように誤解していました。
 
「ペロー、おちついてください。あれは本来の武闘姫同士の戦闘によるものです」

 眠り姫はペローを落ち着かせるために状況を正しく教えます。機人である彼女の瞳には望遠機能が備わっており、彼女は地上にいながら上空の戦いをはっきりと見えていました。
 
「眠り姫、ペロー、いきなりで悪いけど一緒に仕事をする件は無しにしてくれない?」
「もし真の武闘姫になるための訓練を行うつもりなら、お手伝いします」

 眠り姫の言葉にグレーテルは少し驚きます。
 
「どうしてそこまで? 出会ったばかりの仲じゃないか」
「私は人の良き友人となる存在です。あなたの成長はこの国にとって有益だと判断しました。私は機械の体ゆえにこれ以上成長できません。ですがあなたは違います」
「そうかい。だったらとことん付き合ってもらおうか」
「もちろんです」
 
 人の行いには必ず報酬があるべきと考えるグレーテルは、この借りを必ず返そうと思いました。
 

 
 このようにシンデレラとチャーミングの戦いはそれを目撃した人々に少なからず心の変化をもたらしました。ですが、当人たちにはそのような自覚は一切ありません。
 御覧ください! シンデレラとチャーミングの表情を! まるで恋人と戯れているかのような笑みを浮かべているではありませんか!
 
 二人の心は今、この上なく満たされていました。人生において最上の、あるいは生まれてはじめての幸福が彼女たちの心を満たしているのです。
 それはなぜか? 二人はようやく運命の相手と出会えたからです。自分の才能と努力の結晶を全力でぶつけるに値する好敵手愛しい人に。
 
「こういう攻撃はどうかな!?」

 チャーミングが嬉々として放ったのは魔力弾の連射でした。
 衝撃を与えれば大爆発を引き起こすそれを、シンデレラは信じられないほど早くかつ、恐ろしいほど優しい手付きで受け流していきます。
 さらにシンデレラは連射される魔力弾を受け流しつつ、チャーミングに近づいていきます。
 
 チャーミングは更に連射速度を上げていきますが、シンデレラの進みは少しも止まりません。
 二人の間合いが至近となった時、シンデレラは拳を繰り出します。同時にチャーミングも拳を繰り出しました。

 シンデレラの拳はチャーミングの顎に、チャーミングの拳はシンデレラの鳩尾に命中します。
 二人の体は凄まじい速度でふっとばされ、互いに離れていきました。

 力は互角。二人は一瞬だけ気を失ってしまいます。
 シンデレラなんと王都上空から自分の故郷までふっとばされました。
 彼女は隕石のごとく故郷の町の広場に叩きつけられたあと、そのまま大通りを転がり、実家の屋敷の玄関に突っ込みました。
 
「な、なんだ!? 何事だ!?」

 屋敷全体を震わせるほどの振動にシンデレラの父や継母、義姉たちが現れます。
 
「し、シンデレラ!? 帰ってきたのか」

 しかしシンデレラは家族がまるで目に入っておらず。そのまま扉が粉砕された玄関から外へ飛び出していきます。
 そして全速力で王都へ向かって飛びます
 早馬でも数日はかかりますが、シンデレラにとっては数分の距離です。
 
 そして再び王都上空に近づくと、向こう側からチャーミングが飛んできました。
 二人はそのまま速度を落とさずにチョップを繰り出します。
 チョップとチョップがぶつかりあった瞬間、空気が破裂したかのような音が鳴り響きました。
 
 シンデレラもチャーミングも先程ふっとばされたときに、武闘礼装がずいぶん汚れてしまいまいた。髪も砂まみれです。
 ですがチョップの鍔迫り合いを行っている二人の顔は、この世のどんな美しい宝石よりも輝いていました。
 
 なぜなら二人の本当の人生は今日始まったからです。
 それまでシンデレラの心はガラスのように透明で空虚でした。チャーミングの心はねじれて歪んでいました。
 ですがようやく好敵手と出会えたことで、シンデレラの心は動き出し、チャーミングの心は清められたのです。
 
 二人にとって、目の前で拳を交わしている相手は家族よりも愛しい存在なのです。
 チョップの鍔迫り合いが弾かれ、再び二人の間で激しい攻防が繰り広げられます。
 突き、蹴り、裏拳、掌底、チョップ。当然、投げや関節技もお互いに狙っていきます。
 それだけではありません。魔力弾による至近射撃もそこに織り込まれていきます。
 
 外れた魔力弾がシンデレラとチャーミングの周囲で爆発し、二人を照らします。
 ああ! なんと美しいのでしょうか!
 
「まさかここまで僕と君が互角だったなんてね!」

 チャーミングは打撃を続けながら嬉しそうにいいます。

「ええ! そうね!」

 二人は愛を語り合うかのように拳を打ち合います。
 この時間が永遠に続けばいいとすら、シンデレラとチャーミングは互いにそう思っていました。
 ですが二人は武闘姫です。戦うからには決着をつけなければなりません。
 とはいえ、このままでは千日手です。

「僕と君に違いがあるとすれば、そう! 万人に対する優しさだ」

 チャーミングは突きを繰り出すと思わせて、拳の中に隠した極小の魔力弾を放ちました。
 それは殺傷力を持ちませんでしたが、シンデレラの至近距離で激しい閃光を発します。
 シンデレラが視界を失った一瞬のあと、チャーミングの姿が消えます。
 ですがすぐに上からで強烈な魔力を感じ取りました。
 見上げてみると両手に魔力の輝きを抱えているチャーミングの姿が!
 
「君の優しさが”弱み”か”ガッツ”か、試させてもらうよ!」

 チャーミングが両手から魔力波を放ちます。それは柱のような極太の光線となってシンデレラに襲いかかります。
 この攻撃を回避するのは容易でした。しかしシンデレラが避けてしまえば、チャーミングの魔力波が王都に命中します。そうなれば王都は痕跡すら残さずに消滅するでしょう。
 シンデレラが取るべき行動は唯一つでした。
 彼女もまた、チャーミングと同じく魔力波を放ちます。
 
 二つの魔力波がぶつかりあいます。それは純粋な力比べでした。
 そして……おお! 御覧ください。紙一重の差でありますがチャーミングが優勢です!
 シンデレラの魔力波が徐々に押し戻されていきます!
 敗北の二文字がシンデレラの脳裏をよぎります。
 
 負けること事態はそれほど悔しくはありません。真のライバルたるチャーミングとの戦いで得られる幸福に比べれば、一度の敗北など何の抵抗もありません。
 それでも勝たねばならぬという気持ちがシンデレラにありました。
 もしここで負ければチャーミングの魔力波が王都の全てを消し去ります。
 
 無辜の人々もそうですが、シンデレラが何よりも死なせたくないのは武闘会で戦った武闘姫たちです。
 アリス、白雪姫、かぐや姫、眠り姫、赤ずきん、人魚姫、グレーテル。彼女たちは素晴らしい武闘家でした。いずれ自分と同じように真の武闘姫に目覚めるという確信がシンデレラにあったのです。
 
 成長した彼女たちともう一度戦いたい。そのために今は死なせるわけには行きませんでした。
 チャーミングはシンデレラとの勝負のみに執着し、それを生きがいとしています。
 ですがシンデレラは少し違います。強き武闘家との全ての勝負を愛していました。
 
 彼女が戦うのは正義のためでもなく、欲を満たすためでもありません。
 自らの力を日々高め、それを他者と競い合う。
 邪念のないガラスのように透き通った純粋な勝負! それをシンデレラは愛しているのです!
 
「うわあああああ!!」

 シンデレラが叫びます。すると彼女の魔力波が少しずつチャーミングのを押し返していきました。
 
「ぐぅぅぅ!」

 チャーミングは歯を食いしばってこらえようとしますが、シンデレラの魔力波が完全に押し切ります!
 そしてチャーミングは光に飲み込まれました。
 
 シンデレラは力を全て使い果たし、チャーミングは魔力波の直撃を受けました。
 お互いに飛行を維持できなくなり、王都へと真っ逆さまに落ちていきます。
 その先にあるのは闘技場でした。
 まずシンデレラが、続いてチャーミングが墜落します。
 
 さすがは真の武闘姫といったところでしょうか。はるか上空から叩きつけられたにもかかわらず、彼女たちは無事でした。
 最も力の殆どを使い果たし、二人の武闘礼装は形を維持できずに消滅します。
 それでもなお、二人は立ち上がりました
 もはや武闘礼装はありません。
 
 ですが! 二人は立ち上がれます! 拳を握れます!
 ならば!
 勝負を止める理由など! どこにもありません!!
 
 彼女たちは少女である前に武闘姫です。指一本動かせなくなるまで勝負を続けるのは当然!
 シンデレラもチャーミングも、今にも気を失いそうながら拳を繰り出しました。
 本当に、本当に最後の力を振り絞った一撃でした。
 
 どちらも防御すらせず互いの攻撃をありのままに受け止めると、この世の時が停止したかのような静寂が訪れます。
 倒れたのはチャーミングでした。
 
「ああ、楽しかったよ」

 この世で最も素晴らしい幸福を得たかのような笑みを浮かべながら、チャーミングは気を失いました。
 20年に一度行われる武闘会。
 全ての武闘姫の頂点に立ったのはシンデレラでした。
 

 ガドレルン大監獄は不思議の国で最も厳重な監獄です。
 神代の地下防空壕を再利用して造られたそこは一度も脱獄を許しておりません。
 その最深部にはチャーミングの姿がありました。シンデレラとの戦いのあと、彼女はここに投獄されているのです。
 そこに新しい女王となったシンデレラが面会しに来ました。
 
「やあ、シンデレラ」

 チャーミングは薄っすらと光る透明な壁に囲まれていました。
 それは封印の魔法で造られた壁です。不思議の国で一流の魔法使いたちが交代で昼夜を問わずこの魔法を維持しているのです。
 さらにはこの場所から地上の出口まで1000人もの兵士が常駐し、チャーミングを逃さないようにしています。
 
「いつまでそうしているの?」
「いやね。僕も一応女の子なんだよ。囚われのお姫様気分を味わいたかっただけなんだ」

 シンデレラとチャーミングの会話がどこかおかしいと、周囲にいる兵士や魔法使いは思いました。
 そう。まるでチャーミングがわざと捕まっているかのようです。
 
「もう気が済んだ?」
「うん。もう十分堪能したよ」

 チャーミングはすっと立ち上がり光の壁を突くと、それは粉々に砕けてしまいました。
 
「そんな!」

 それからしばらくして、シンデレラとチャーミングは1000人もの兵士を一人も殺さずに無力化してゆうゆうと牢獄から出てきました
 
「さて、シンデレラ、これからどうしようか?」
「あなたと一緒ならどこでも構わない。でも、できれば静かな所が良いわ」

 こうして二人は何処かへと旅立っていったのです。
 

シンデレラ武闘伝 完


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