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第22話 大妖怪九尾 後編

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 二つの風が戦っている。武闘姫以外の者が闘技場の有様を見たらこう思うでしょう。
 その二つの風とはもちろんシンデレラと九尾です。
 シンデレラはガラスの時間を、九尾は身体強化の魔法を使って常人では目にも留まらぬ速さで戦っているのです。
 
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」

 九尾が流れるように回転しながらの四連蹴りを繰り出します。
 ですがシンデレラは全ての攻撃を防御しました。それも完璧に。
 こんなはずはないと九尾は納得がいきませんでした。
 
 自分は大妖怪。それに加えて3人の武闘姫の魂を食らい、ドレス・ストーンまで使ったのです。
 不思議の国、グリム大陸、いやこの世で最強の存在であるはずなのに、どうして小娘一人倒せないのかと。
 九尾は憤りました。同時にそれが隙きを作ってしまいます。
 
 シンデレラの拳が九尾の鳩尾に叩き込まれました。
 九尾はすぐさまシンデレラの腕を掴んで関節技に持ち込もうとしますが、間髪入れずに打ち込まれた掌底を顎に受けてのけぞってしまいます。
 無論、相手の体勢が崩れたのをシンデレラが見逃すはずもありません。強烈なハイキックを放ちました。
 
 九尾は腕で防御しますが、衝撃を殺しきれずにふっとばされてしまいます。
 彼女が空中で姿勢を取り戻して着地したのは、無様に転がらないようにする大妖怪としての意地でした。
 
「人間ごときが……」

 調子に乗るなと九尾が罵ろうとした時、シンデレラはもう間合いを詰めてきました。
 蹴りを繰り出す余裕がないほどの至近距離での攻防! 必然的にコンパクトな打撃の応酬や、関節技を仕掛けるためのつかみ合いになります。
 膨大な魔力と妖怪ゆえの身体能力を持つ九尾ですが、このような状況ではパワーよりもテクニックの勝負どころです。
 
 はたから見ると互角のようですが、注意深く観察すると九尾は打撃の殆どを防御しそこねて、妖怪ゆえのタフネスで耐えているだけに過ぎず、腕を掴まれても力ずくで引き剥がしているにすぎません。
 テクニックでは明らかにシンデレラが上でした。
 
(こんな……こんなはずが!)

 自分は力を手に入れた。今ならば神代の武闘姫ですら倒せる。そう思っていた九尾ですが、実際はシンデレラ一人にいつまでも手こずっています。
 
「今の時代の武闘姫なら簡単に倒せると思った?」
「!?」

 シンデレラが放った言葉は見えない拳となって九尾の心を殴りつけました。
 武闘姫とは拳で語り合うもの。九尾が何を思っているのかすでにシンデレラは知っていたのです。
 
 直後、本当の拳が九尾に叩きつけられました。心を見透かされた動揺で完全に無防備な状態でその攻撃を受けてしまいます。
 九尾は闘技場を転がり、彼女の武闘礼装が砂埃にまみれます。
 
「私は九尾だ! 神代において恐怖そのものである大妖怪だ!」

 立ち上がりながら叫ぶその言葉は、自分を鼓舞しているかのようです。
 
「九尾、九尾とその名前を連呼すれば誰もが怖気づくと思ったら大間違いよ」
 
 そんな九尾にシンデレラが向けているのは軽蔑の眼差しでした。まるで虎の威を借る狐を見るかのようです。
 
「私は少し怒っている。つまらない嘘をついたあなたに」
「いったい何の……っ!」
「私はドレス・ストーンが本当は何のための道具であるのか知っている。それを使ったあなたは……」
「黙れ!」

 九尾はとっさに炎の魔法:鳳の型を放ちます。
 シンデレラは言葉を中断し、魔法攻撃をチョップで斬り裂きました。
 
「そこまで知っているのなら、お前を生かしておかない! この場で殺してやる! 絶対にだ!」

 九尾は手のひらを天へを掲げると、自分が出しうる魔力の全てを注ぎ込みます。
 それだけでなく、体内に取り込んだ3人の武闘姫の魂を全て魔力に変換して消費しました。
 それは彼女にとって余力を一切残さない、まごうことなき全力全開でした。
 膨大な魔力はやがて小さな太陽となって九尾の手のひらの上に現れます。
 
「見なさい! これこそ鳳の型を超える炎の魔法の極地! 一撃で国を滅ぼすために編み出された、炎の魔法:太陽の型よ!」

 何ということでしょうか! それは神代の最終戦争で使われた禁断の魔法! ハンスの街がある爆心湾は、この魔法が大地をえぐって作り出したのです。
 もしこの魔法の威力が発揮されれば、この王都は跡形もなく消滅するでしょう。
 九尾は勝利を確信した笑みを浮かべながら叫びます。
 
「人の身でこの魔法に太刀打ちできないわ!」

 いいえ……いいえ!
 出来ます!! 出来るのです!!
 彼女ならば!!! シンデレラならば!!!
 
 破滅の太陽がついに放たれました!
 しかし! シンデレラは小さな太陽にそっと触れると! 赤ん坊を撫でるかのような優しさで攻撃の軌道を空に向かってそらしたのです!
 もしこの時! 小さな太陽にわずかでも衝撃を与えていたのなら、大爆発を引き起こしていたでしょう
 
「うそ……」

 九尾は空に消えていく小さな太陽を唖然として見ていました。
 そして崩れ落ちるように膝をつきます。立っていられる力が残らないほど、あの魔法には本当に全てを注ぎ込んでいたのです。
 輝きを放っていた九尾の尾は花が散るように消滅していき、みすぼらしいキツネの尻尾が一つだけ残ります。
 
「それがあなたの本当の姿ね」
「……ええそうよ。復活した九尾だなんて真っ赤なウソ」

 そう。本物の九尾はすでに倒されているのです。シンデレラの先祖であるロードビスによって。いかに大妖怪と言えども、死後の復活は不可能です。
 
「まがい物だらけのこの時代なら、神代では木っ端妖怪だった私でも覇権を握れると思った。お前さえ……お前さえいなければ……!」

 偽九尾はさめざめと泣きながら、シンデレラを恨みがましくにらみます。
 
「もういいわ、殺しなさいよ」
「私は殺すために戦っているわけじゃない。ましてや無抵抗の相手を手に掛けるなんて」
「殺しなさいよ! 私が生き恥で苦しむのを楽しむつもり!?」
「……」

 なんと身勝手なのでしょうか。偽九尾によって大勢の人々が苦しみ不幸に落ちました。にもかかわらず、彼女は恥の一つ受け入れる事もできないのです。
 対してシンデレラにあるのは迷いでした。偽九尾がしてきたことを考えれば、この場で殺すべきでしょう。生かしておいても、またおぞましい悪事を企むかも知れません。

 それでもシンデレラは殺す決断は出来ませんでした。
 彼女に弱さがあるとするならば、それはどのような悪であろうとも、心を持つ存在を殺せないことなのです。
 
 それゆえにシンデレラは”ドレス・ストーンを使っていた”のです。
 シンデレラが迷っていると、どこからか飛来してきた魔力の槍が偽九尾の心臓を貫きました。
 
「あう……」
 
 偽九尾が最後に浮かべた表情は、苦痛と悔しさが混ざりあったものでした。
 
「よくやったわ、シンデレラ」
「あなたは、私にかぼちゃの道場を与えてくれた……」

 偽九尾にとどめを刺したのは宮廷魔法使いでした。
 
「あなたが弱らせてくれたおかげで、九尾を倒すことが出来た。あなたこそ最強の武闘姫よ」

 ですが称賛の言葉を受けたにもかかわらず、シンデレラは落ち込んでいるようでした。
 
「他の武闘姫たちの戦いも決着がついたようね。みんな無事よ」

 宮廷魔法使いが水晶玉を使って王都の外の様子を確認します。
 アリス、白雪姫、かぐや姫、赤ずきん、眠り姫、人魚姫、そしてグレーテル。彼女たちはそれぞれの敵を見事撃破していました。
 
「これでもう安心ね。それと、チャーミング王子からこれをあなたに」

 シンデレラは宮廷魔法使いが差し出した手紙を受け取ります。そこにはこう書かれていました。
 
『戴冠式に君の願いが叶う』
 
 ただ一言書かれているだけで、シンデレラはチャーミング王子の意図がわかりませんでした。
 何れにせよ、戴冠式で全て明らかになります。
 そう、全てが。
 

 九尾と魔物の襲撃から数日後、ようやく王都に落ち着きが戻ってきたのでいよいよ戴冠式が行われることに成りました。
 今回の武闘会の優勝者はシンデレラです。たった一人で九尾を倒した彼女の力を他の武闘姫たちは認め、彼女こそ女王にふさわしいと全員が推薦したのです。
 
 戴冠式の当日は雨が降ってあいにくの天気でした。
 ですが人々は新たな女王の誕生に沸き立っており、その熱気は雨で消されることはありません。
 
「チャーミング、分かっていると思うけど」
「安心してください、母上」

 余計なことをしないよう釘を指してきたアレクシア前女王に対し、チャーミング王子は笑顔で答えます。
 
「僕が母上の用意した傀儡を脱落させたのは、ちゃんと実力で新しい女王が決まってほしいからです。それがかなった以上、僕は全て母上に従います」
「そう。ならいいわ」

 もしアレクシア前女王が自分の子を政治の道具ではなく、一人の人間として見ていたのならば、この時のチャーミング王子の真意に少なからず気づいたかも知れません。
 チャーミングは喜びに満ちた気持ちで戴冠式の会場へと向かいます。なぜならずっと願い、求めていたものが今日この日、ようやく成就するからです。
 
 会場では大勢の人々と、最終日まで残っていた武闘姫達、そしてシンデレラがチャーミングとアレクシア前女王を待っていました。
 戴冠式ではまず王子が称賛の言葉を述べた後、前女王から王冠を受け取り、そして新しい女王にかぶせるのが決まりとなっています。
 
「これより、チャーミング王子殿下より武闘会優勝者に祝福の言葉が送られます!」

 兵士の号令により、それまで歓声を上げていた列席者達が一斉に静まります。
 チャーミングは自分の心臓がドキドキを鼓動するのを感じていました。ああ、ついにこの瞬間が来たと。
 
「残念だったね」

 誰もが耳を疑いました。
 チャーミングが口にしたのは祝福などではなく、慰めの言葉だったからです。
 
「結局、君が求めていた人はこの武闘会にいなかった。出会う武闘姫は皆まがい物で、最後の対戦相手ですら九尾を騙る偽物だった」
「チャーミング! 一体何を!」

 異常を感じ取った女王を無視して、チャーミングは言葉を続けます。

「でも安心して、君が求めている人はここにいるよ」

 チャーミングはニコリと笑います。
 
「ドレスアップ」

 チャーミングの体が光りに包まれたかと思うと、次の瞬間、彼の……いいえ”彼女”の体は白と黒が混ざりあった灰色の武闘礼装に包まれていたのです。
 
「お、王子が武闘姫に変身した!?」
「なら本当は王女だったというの?」
「いや、それよりもドレス・ストーンを使わずに武闘姫になった!?」

 戴冠式に列席していた武闘姫たちや他の者達はみな困惑します。

「そうだよ! 僕は女の子だったのさ! 男の子を産めなかった母上がベアトリクス家を宗家として維持するために、僕は王子に仕立て上げられた!」
「チャーミング!!」

 アレクシア前女王はチャーミングを黙らせようとします。
 ですがチャーミングがトンと軽くチョップで前女王の首に触れると、彼女は気を失って倒れてしまいました。

「次に、僕がドレス・ストーンなしで変身したことだけど、どうとういことはない。ドレス・ストーンはね、本来は常人が擬似的に武闘姫へ変身するための道具だ」

 チャーミングは「つまり」と言葉を続けます。
 
「真の武闘姫は、そんな道具なんて必要ないのさ」

 それからチャーミングは情熱的な眼差しをシンデレラへ向けます。
 
「君も真の武闘姫だ。君のお母さんであるサンドリヨンが教えてくれたよ」

 シンデレラが真の武闘姫である。それが事実ならば一つの疑問が生まれます。
 その疑問はアリスが問いました。
 
「シンデレラ、お前がドレス・ストーンを必要としないのなら、なぜあえて使った」
「……それは」

 シンデレラは言いよどみます。そこでチャーミングが代わりに答えました。
 
「対戦相手をうっかり殺さないようにするためさ。シンデレラは優しすぎるからね。彼女は自分の力を抑えるために、ドレス・ストーンが作る劣化品の武闘礼装を身に着けて戦った」
「な!」

 アリスは驚愕します。それはシンデレラと対戦したことがある武闘姫たちも同じでした。
 
「貴様は真剣勝負でありながら、手を抜いていたということか!?」
「……ごめんなさい」

 シンデレラは申し訳無さそうにアリスから目をそらします。
 
「アリス、君がシンデレラを責める筋合いがあるのかい? 手加減されていたことに気づけ無い未熟者の君が」

 ギリという音はアリスが歯噛みする者でした。他の武闘姫も同じように悔しい思いを抱いています。
 
「さて、おしゃべりの時間はここまでだ。そろそろ君の本当の姿を見せてくれ!」
「ええ…分かったわ」

 シンデレラは武闘姫に変身します。ドレス・ストーンという道具を使わず、自らの力を持って。
 
「ドレスアップ!」

 真の武闘姫に変身したシンデレラの武闘礼装はチャーミングと同じく白と黒が混ざりあった灰色でした。
 
「僕と君はサンドリヨンからロードビス流の技を教わった。どちらが最強か、ここで決めよう!」

 こうして武闘会最後の戦いが始まりました。


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