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暗黒末法都市ネオサイタマ④

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◆第4節 招き蕩うニンジャ劇場 後編

 宝具は英霊にとって最後のヒサツ・ワザ。それを引きずり出すには、ロムルスが繰り出す古代ローマカラテを打ち破らねばならぬ。
 では鷹の構えを打ち崩すにはどうすればよいのか。ウカツに攻撃すれば手痛い反撃を受けるだろう。しかし、攻撃せねば勝利はない。

(余はセイバーだ。ならばチョップだ。チョップあるのみ!)

 セイバーとしての内なるソンケイに従い、ネロは己という剣を打ち込む!

「イヤーッ!」

 ロムルスはどう出るのか。交差させている腕を使ってガード? いや、攻撃だ!

「イヤーッ!」

 ロムルスが交差させた腕を内から外へと開き、鉤爪の指を持ってネロの頸動脈をえぐり出そうとする。
 ひりつくほどに強烈な殺気を喉に受けたネロは姿勢を下げてロムルスの攻撃をやり過ごそうとするが、鷹の構えはそれで終わりではなかった。

「イヤーッ!」

 頸動脈を狙った攻撃を外れるやいなや、ロムルスはネロの顎を狙った蹴りを繰り出す!

「くぅ!」

 ネロは腕を使ってとっさにガードするが、凄まじい衝撃で彼女の体は空中高く打ち上がられてしまう。

「イヤーッ!」

 ロムルスは両腕を開いたまま跳躍。空中蹴りを連続して繰り出す!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 何度も蹴りを繰り出すロムルスの姿はさながら獲物を狩る鷹のごとく。ネロはその攻撃を必死に防御する。

「イィィィィィヤーッ!」

 着地の直前、空中で繰り出す最後となるであろう蹴りをロムルスが放つ。それはこれまでの中で最もカラテが込められている蹴りであり、まともに防御しても大きなダメージを受けるであろう威力を秘めていた。
 その時である。防戦一方だったネロの表情が変わる。

「イヤーッ!」

 空中で姿勢を変えたネロはロムルスの蹴りを紙一重で回避し、カウンターの拳を下顎に叩きつけた。

「グワーッ!」

 反撃を受けロムルスはウケミを取れぬまま硬いコンクリートの地面に叩きつけられる。
 一方、ネロは姿勢を正してしなやかに着地する。
 先程の攻防にて、ロムルスが繰り出した最後の蹴りは、防御し続けるネロに対して守りが意味をなさぬほどの一撃を与えるためのものであったが、それゆえに僅かだが動きが大雑把になっていたのだ。

 それこそがネロの狙いであった。防戦一方にみえてその実違う。防御し続ける事によって極めて僅かだが、ロムルスから焦りを引き出していたのだ。
 焦り。そう、焦りだ。この程度で勝敗など決まらぬが、しかし勝利に向けて一歩前進した。

 ウケミを取れずに叩きつけられたロムルス。戦いの定石に従えばここで畳み掛けるべきであったが、ネロは着地点から動かなかった。動けなかったと言い換えてもいいだろう。
 地面に叩きつけられたロムルスは電撃的速度で立ち上がり、すでに構えをとっている。

 ロムルスの両腕と両足はメビウスの輪めいた軌跡を描いている。古代ローマカラテ第三の構え、馬の構えだ。
 ゆらゆらと相手を惑わすようなその動きは、攻撃の構えのようにも、防御の構えのようにも見える。

「まったく、神祖は底なしか……」

 ひとしずくの汗がネロの頬をつたう。
 二つの構えを攻略し、前進した実感を得ているが、ネロは未だ到達点が見えなかった。まるで分厚い雲で頂上を覆い隠す山に挑むかのようだ。

「ぬぅ」

 ネロは攻めあぐねた。チョップを打ち込むべき場所が見つからない。加えて、あの脚さばきによって間合いもつかみにくくなっている。

「次はこちらからゆくぞ、ローマの子よ」

 緩やかな動きが突如鋭さをましてロムルスが一気に間合いを詰める。

「イヤーッ!」
「ンアーッ!」

 ロムルスのコークスクリューブローが炸裂!
 打撃衝撃でネロの体がワイヤーアクションめいて真後ろにふっとばされようとするが、ロムルスは彼女が完全に離れる前に胸ぐらをつかんだ。アブナイ!

「イヤーッ!」
「ンアーッ!」

 再度、ロムルスのコークスクリューブローが炸裂!

「イヤーッ!」

 三度目のコークスクリューブロー! だがネロとてローマ皇帝の一人。これ以上のブザマはさらさない。

「イヤーッ!」

 ネロはロムルスの手首を掴んで攻撃を阻止し、そのまま彼に背を向けた。
 ゴウランガ! それは投げと肘関節破壊を同時に行う残酷なるジュドーの暗黒カラテ技、逆イポン背負いである!

「イヤーッ!」

 関節を決められて投げ飛ばされる直前、ロムルスはネロを跳び越すようにジャンプ! 空中で上下逆さま状態の蹴りを放つ!

「イヤーッ!」

 ネロはとっさにのロムルスから手を離し、頭上で腕を交差させて致命的カラテを防御する。
 ロムルスは蹴りの反動を利用して再ジャンプ。ネロから大きく間合いをとって着地した。

「ふーむ、やはりサンシタ相手ならともかく、ローマの皇帝相手に出し惜しみしては勝てぬか」

 ロムルスは再び馬の構えをとろうとしたかに思えたが、そこに変化が生じる。左腕を更に大きく動かし、対して右腕は矢を放とうとするアーチャーめいて大きく引き絞っている。
 古代ローマカラテ第四の構え、一角獣の構えである。
 危険な構えだ。

 もし読者に精緻なるカラテ演算技能をお持ちの方がおられるのならば、ロムルスの右腕には対人宝具に匹敵する威力が秘められていると見抜けるだろう。実際、ネロはその危険性を悟っていた。

 かといって、それが繰り出される前に先手を打つことも難しい。ウカツに手を出してしまえば、あの大きく動く左腕に絡め取られ、今度はネロのほうが逆イポン背負いを受けかねない。
 残された手は一つ。相手の攻撃に対してカウンターのみ。

(だが、余にあの一撃をしのげるのか?)

 空気が燃えていると錯覚しそうになるほどの強烈な威圧感がロムルスから放たれている。

「ゆくぞ、皇帝ネロ! イヤーッ!」

 ロムルスのカラテが爆発し、槍めいたチョップ突きが繰り出される!

(だ、だめだ!)

 自分はこのまま心臓を貫かれてしまうと悟ったその時、ネロの視界が急変した。

「何!?」

 そこは夜の砂浜だった。砂は一粒一粒が銀色に輝いている。

「ここは一体……」
「ここは俺のローカルコトダマ空間、言ってしまえば心の中の世界だな」
「何奴!」

 突如現れた銀色のニンジャ装束の男にネロはとっさにチョップを構える。

「ドーモ、ネロ・クラウディウス=サン、シルバーキーです」

 アイサツをしたからにはニンジャなのだろう。しかし、シルバーキーと名乗った男から敵意は感じられなかった。

「……ドーモ、シルバーキー=サン、ネロ・クラウディウスです」

 ひとまずネロはアイサツを返した。

「貴様は何者だ」
「俺は味方だ」
「ニンジャが余に味方するだと?」

 ネロは警戒する。

「別に全てのニンジャが邪悪であんたらの敵ってわけじゃないさ。ニンジャ次元の住民にとっても、今回の事態はかなりヤバイ。なんせ自分も死んじまうからな」
「よかろう。貴様が味方だというのはわかった。では、どう余に味方するのだというのだ」
「ロムルスの倒し方を教える」

 その言葉を耳にした時、ネロの眉が動く。

「ほう?」
「俺は人の心や魂に働きかける力を持っている。それを使って、古代ローマカラテを倒したある男の記憶をアンタに見せる。そうすればアンタが持っている皇帝特権という超能力、いやスキルか。それを使って、その男のヒサツ・ワザを再現できるはずだ」
「よかろう。ならば早くその記憶を見せるが良い」

 ネロは両腕を開いて完全に受け入れ態勢を魅せる。

「え、もうちょっと躊躇するかと思ったんだが」

「余はローマの皇帝だからな!」

 フンスと鼻息荒くネロは胸を張った。

「わかったよ。じゃあ行くぜ? イヤーッ!」

 頭に何かが洪水のごとく流れる感覚の直後、ネロは二人の男が戦っている姿を幻視した。
 一人は古代ローマカラテを構える男、もうひとりは赤黒のニンジャ装束を身にまとっている。

 赤黒のニンジャは「忍」「殺」と書かれたメンポを付けている。彼の全身からは憎悪と怒りがほとばしっている。サーヴァントに例えるならばアサシンではなく、バーサーカー、いやアヴェンジャーがふさわしいか?

『イヤーッ!』

 古代ローマカラテの男が一角獣の構えから赤黒のニンジャを攻撃する。まさにネロが現実世界で置かれている状況そのものだ。

『イヤーッ!』
『グワーッ!』

 赤黒のニンジャが攻撃を受け止めたと思った次に瞬間、古代ローマカラテの男に拳が叩き込まれた!

「見たぞ!」

 ニンジャかサーヴァントでなければ認識すらできない一瞬をネロは両目に焼き付けていた。

「頼んだぞ、ネロ=サン」

 シルバーキーの声が聞こえた後、ネロの意識が現実世界へと引き戻される。
 迫りくるロムルスの一撃。
 ネロは先程見た赤黒のニンジャと同じ構えを取る。左腕を捻りながら肘先を前に突き出し、右拳を腰の横に置く。

「イヤーッ!」

 左の肘先がロムルスのチョップに触れた瞬間、ネロは腕の捻りをもとに戻す!
 チョップが弾かれ、宝具級の威力は外側へと逸らさる。

「なんと!」

 ロムルスは驚愕で目を見開く。
 ロムルスの一撃を無力化したネロ。しかし彼女の技はまだ終わらない。捻りを戻したことで左腕は前へ突き出されている、それを力強く引きながら、入れ替わるように右拳を繰り出した。

「イヤーッ!」

「グワーッ!」

 サツキ・ジキツキ。赤黒のニンジャが古代ローマカラテを倒したヒサツ・ワザである。サツキで敵の攻撃を無力化し、ジキツキによって必殺の一撃を与えるのである。
 ネロは自身の拳から会心を得ていた。このままさらなる攻撃を与え、ロムルスに致命打を与えようとする!

「まだだ、私はローマだ!」

 カラテ超新星爆発とも言える圧倒的な力がロムルスから放たれる。宝具だ!

「すべては我が槍に通ずる<マグナ・ウォルイッセ・マグヌム>!」
「それを待っていたぞ!」

 すかさずネロも宝具発動!

「招き蕩う黄金劇場<アエストゥス・ドムス・アウレア>!」

 ロムルスが宝具で生み出した大樹は、その先端が現れた瞬間にネロの黄金劇場によって上書きされて消滅する!

「しまった!」

 ロムルスは己のウカツを呪う。

「イヤーッ!」

 ネロがチョップ突きを繰り出す! 招き蕩う黄金劇場<アエストゥス・ドムス・アウレア>によってカラテを弱体化させられたロムルスは防御ができない!

「アバーッ!」

 ネロのチョップがロムルスの心臓を貫いた。

「見事だ、ローマの子よ……サヨナラ!」

 ローマ建国の祖は爆発四散し、その魂は英霊の座へと返っていく。
 戦いが終わり、緊張から解き放たれたネロはザンシンもできぬままその場に座り込んだ。黄金劇場も消滅し、もとのマルノウチ・スゴイタカイビル前広場に戻る。

「ネロ!」

 立香がネロに駆け寄る。

「おお、マスターよ。余の戦いは見事であっただろう?」
「うん。かっこよかったよ」
「そうかそうか」

 疲労は隠しきれなかったが、ネロは満足そうに笑みを浮かべた。
 他の戦いもすでに終わっている。武蔵がカリギュラを倒した後、カエサルに苦戦するアビゲイルを助太刀し、二人で協力してカエサルを倒していた。
 マルノウチ・スゴイタカイビルの門番に立香たちは勝利したのだ。


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