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暗黒末法都市ネオサイタマ③

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◆第3節 招き蕩うニンジャ劇場 前編

「うーん」

 アビゲイルが目覚めると、目の前に立香の顔があった。

「よかった。気がついたのね」

「立香=サン? ……そうだ、ヴラド・ニンジャは!?」

 アビゲイルは急いで体を起こす。今いる場所は、先程ヴラド・ニンジャと戦ったところではなく、何処かの公園のようだった。

 立香の隣には武蔵とネオサイタマのサラリマンが座っている。

「武蔵ちゃんが助けてくれたのよ」
「そうだったのね。ありがとうございます」

 アビゲイルは二刀の剣士に礼を言う

「いいのいいの。カワイイな女の子を助けるのは当然です」

 武蔵は笑顔で返した。
 しかし、アビゲイルの表情は今にも泣き出しそうなほどに曇くもりだす。

「ごめんなさい、私がフォーリナーの力を使いこなせないばかりに、立香=サンを守りきれなかった」

 アビゲイルは外なる神をその身に宿す超人だが、以前に外なる神の力に支配されてしまったことがある。その時は、立香と彼女のサーヴァントがアビゲイルを助け出し、今は制御しやすいように力を制限している。今は全力の状態と比べて三分の一ほどになっているはずだ。

「そんなに気にしなくていいのよ? アビーは自分ができる精一杯で戦ってくれたんだから」
「違うわ、そうじゃないの」

 アビゲイルは首を横に振る。

「その気になればフォーリナーの力を全て出しきれた。でも、私は外なる神に心を支配されるのが怖かったから出来なかった。私は、立香=サンを守ることよりも、自分が悪い子にならないようにする方を優先してしまった」

 アビゲイルの宝石のように美しい青い瞳に涙が滲み、彼女は両手で顔を覆った。

「アビー、悪い子になってまで敵を倒そうとしなくてもいいのよ」

 立香はアビゲイルの頭を優しくなでながら言った。

 アビゲイルは胸に暖かなものを感じるが、しかし心が完全に晴れ渡ることはなかった。

「ところで、アビーはどうしてここに?」
「そうだったわ。今、世界は恐ろしい危機に瀕していて、私はそれを止めるためにやってきたの」

 そこでアビゲイルは現在の状況について、ザ・ヴァーティゴというニンジャから聞いたことを立香に伝えた。黒布の男が次元マンゴー聖杯によってニンジャ次元と英霊次元を融合させようとすることと、次元融合がもたらす破滅について語る。

「次元融合はもう始まっていて、すでにネオサイタマは融合の基点として一種の特異点とかしているの。ヴラド三世がニンジャとして現れたのもその影響。次元融合はとても危険な現象で、完全に混じり合って一つの次元となってしまえば、融合前にそれぞれの次元に生きている人たちはみな死んでしまうわ」

「聖杯がもたらす破滅……やっぱり私がここにいるのはそれを防ぐためだったのね」

 カルデアのマスターとなってからというもの、人理焼却とは別の事件に巻き込まれることがしばしばあった。なぜなのかは未だに理由ははっきりしていないが、それが自分の使命であることはなんとなく立香は理解していた。

「ところでカーター=サンは一緒じゃなかったの?」
「おじさまは邪悪な力の持ち主と戦って傷ついたニンジャさんの手当をしているわ。だからしばらくは来られないと思う」
「そうなんだ……」

 この手の事象に詳しいであろうカーターがいないのはいささか心細い立香であったが、どうにかするしかないと気持ちを切り替える。

「それで、アビーがここにいるってことは、黒布の男もネオサイタマにいるってこと?」
「ええ、そうよ。私はザ・ヴァーティゴ=サンが貸してくださったこれを使ってここにやってきたの」

 そう言ってアビゲイルが取り出したのは、マンゴー色の宝石を円錐状に加工した振り子<ペンデュラム>だった。

「これは?」
「次元マンゴーの探知機よ。ザ・ヴァーティゴ=サンは次元マンゴーが悪い人に盗まれたときに備えて、その在処を調べられる道具を使っていたの。これを使えば、次元マンゴーのある場所を指し示してくれるの。それに地図の上で使えばもっと詳しい場所もわかるそうよ」
「地図なら私が持っています」

 ネオサイタマのサラリマンがポケットサイズのネオサイタマ地図を持っていたので、それをベンチの上に広げる。

「それじゃ、使ってみるわ」

 アビゲイルがペンデュラムを地図上にそっと置く。するとマンゴー色の宝石が静かに動き出し、ある場所を指し示して静止する。

「マルノウチ・スゴイタカイビル……」

 立香は地図に印字されている名を読み上げる。そう、記憶を失っているネオサイタマのサラリマンが向かおうとしていた場所だ。

「藤丸=サン、私もあなた達に同行させてください。どうか、お願いします」

 ネオサイタマのサラリマンは深くオジギをして懇願した。

「ただのサラリマンに過ぎず、ましては自分のことが何もわかっていない私がついていったところで足手まといになるのはわかっています。ですが、私はどうしてもマルノウチ・スゴイタカイビルに行かなくてはならないのです。いざとなれば身代わりに使ってもらっても構いません」

 その熱意を見て、少なくとも立香は彼がなにか陰謀めいたものを企んで自分たちに付いていこうとしているわけではないと思った。

「わかりました。ただし、絶対に私のそばから離れないでください」
「ありがとうございます」

 ネオサイタマのサラリマンは立香の手を両手で包み込みながら感謝した。

 その時、右手に宿っている令呪が熱を持ったかのように感じた。それはサーヴァントと契約した時に似ている。

(たぶん、気のせいね。この人がサーヴァントなわけないし)

 多分、ネオサイタマのサラリマンの体温を令呪の熱と錯覚したのだろうと立香は結論づけた。
 

 
 マルノウチ・スゴイタカイビルに近づくと明らかな異変があった。

「アイエエエエエ!」
「アイエエエエエ!」
「アイエエエエエ!」

 ビルの方角から狂乱状態となった人々が、なにかから逃げるかのように走ってきたのだ。それは立香たちの向かう先にニンジャが待ち構えている他ならない。
 マルノウチ・スゴイタカイビルの正面入口は野外コンサートが開催できそうな広場があった。
 ビル入口には立香たちの行く手を遮るかのように立つ三人の男たち。ロムルス、カエサル、そしてカリギュア。ローマ建国の男と、後の時代でローマを支配した男たち。そのいずれもがニンジャの象徴たるメンポを付けていた。

「ドーモ、ローマのロムルスです」

 ロムルスがアイサツをする。多人数でのイクサでは代表者がアイサツを行う事になっている。

「ドーモ、ロムルス=サン、カルデアの藤丸立香です」

 立香はアビゲイルから教わった通りの作法で挨拶を返した。

「まさか、三人がニンジャ英霊になっていたなんて」

 読者の中に古代ローマ史を研究された方はおられるだろうか? ニンジャ次元において、ローマ建国の神祖であるロムルスはリアルニンジャであり、なおかつ古代ローマカラテの開祖である。

 ならば、彼に続くローマ支配者の中に古代ローマカラテを使うニンジャが存在するのは歴史上の必定! それゆえに三人はニンジャ英霊となったのだ。
 両者の間に生じた緊張がみるみるうちに強くなっていく。いつイクサが始まってもおかしくないアトモスフィアだ。

「武蔵ちゃんはロムルスを、アビーは武蔵ちゃんが一対一で戦えるよう他の二人の妨害を……」

 立香が二人に作戦を伝えようとしていた時、その声を遮る者がいた。

「待てーい!」

 真っ赤なドレスに身を包んだ金髪の少女が姿を現し、アイサツを繰り出した。

「ドーモ、ネロ・クラウディウスです」

 金髪の少女はローマ第五代皇帝! 彼女が挨拶した相手は立香……ではなく、なんとロムルスである!

「ネロ!」

 立香が驚きの声を上げたのは、なにもネロが乱入してきただけではない。彼女の顔にはメンポが無かったのだ。

「マスターよ! 神祖ロムルスとの戦い、余に任せてもらおう!」

 ネロはニンジャ英霊ではなかった。アイサツをしたのはニンジャ次元の影響を少なからず受けているためだが、彼女は紛れもなく藤丸立香のサーヴァントであった。

「ネロ、剣はどうしたの?」

 セイバーであるネロはドレスと同じ色の剣を愛用していたが、今の彼女の手にはなかった。

「無くした! しかし問題ない。余はサーヴァント最優のセイバー。ならばこの身そのものを剣とするまで」

 そう言ってネロはチョップの構えを取る。今の彼女にとってチョップこそが剣なのだ。
 鋭い視線をネロはロムルスへと向ける。対してロムルスは改めてネロにアイサツを返した

「ドーモ、ネロ・クラウディウス=サン。ロムルスです」

 ブッダに匹敵するソンケイがロムルスから放たれる。並のローマ市民であったのならば、しめやかに土下座していただろう。

「余に頭を垂れぬか、ローマの子よ」
「当然だ」

 ネロはカラテを構えたまま断言する

「なぜなら余はローマの皇帝であり立香のサーヴァント。頭を垂れてしまえば、ローマとマスターの名誉を汚す」
「お主のソンケイは見せてもらった。ならば次はカラテを見せよ」
「言われるまでもない」

 ネロはカラテをみなぎらせてチョップを繰り出す。

「イヤーッ!」

 ネロのカラテシャウトが開始の合図となり、カリギュラと武蔵、カエサルとアビゲイルもそれぞれのイクサをはじめた!
 
 ネロのチョップに対し、ロムルスは中腰で両手を前に出す構えで迎え撃つ。
 ニンジャ次元からの影響でネロはその構えを知っていた。古代ローマカラテ第一の構え、獅子の構えだ!
 ネロは自らの第六感が警報を鳴らすのを感じ取る。

「イヤーッ!」

 ロムルスがネロのチョップを受け止めるとそのまま彼女の腕を捻って関節技を極めようと……いや! 腕をねじ切ろうとする!

「イヤーッ!」

 ネロはロムルスが腕をひねる方向に合わせて体を回転させて腕のねじ切りを防ぐ。同時にその遠心力を利用した回し蹴りをロムルスのこめかみめがけて叩き込んだ。

「ヌゥー!」

 ロムルスはネロの腕を離して即座にカラテ防御する。
 開放されたネロはウケミを取りながら地面を横向きに転がってロムルスから離れた。

「見事だ、ローマの子よ」

 ネロを称賛するロムルスは新たな構えを取る。両手の人差し指と中指を鉤爪のように曲げ、腕を交差させるその姿勢は古代ローマカラテ第二の構え、鷹の構え! ニンジャ次元において、ロムルスはこの構えを用いて弟レムスの心臓を抉って殺したのだ。
 獅子の構え以上の威圧感がロムルスから放たれている。

(宝具で一気に攻めるか? いや、それはまずい)

 ネロは自分の宝具を使おうと考えたがすぐに改める。『招き蕩う黄金劇場<アエストゥス・ドムス・アウレア>』は生前のネロが作り上げた黄金劇場を具現化し、劇場内にいる敵のカラテを削ぐ効果を持っており、ロムルスのワザマエはホワイトベルトまで弱体化するだろう。

 しかし宝具があるのはロムルスも同様。彼の宝具、『すべては我が槍に通ずる<マグナ・ウォルイッセ・マグヌム>』はローマを象徴する巨大な樹木を呼び出して攻撃する。ネロが先に宝具を使ってしまえば、ロムルスはカウンターで宝具を使って黄金劇場を破壊するのは目に見えている。

 ネロが宝具を使うべきタイミングは、ロムルスが先に宝具を使ったときのみだろう。『招き蕩う黄金劇場<アエストゥス・ドムス・アウレア>』はその場の空間に劇場を上書きする。よって、ロムルスに宝具を先に使わせた上で、ネロも宝具を発動させてしまえばローマの大樹を打ち消せる。
 ゆえに焦って先に宝具を使ったほうが負ける。それがこのイクサの核心。


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