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番外編 愛の試練 後編

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『さあ、次は第2の試練です』

 グラントの状況がわからないのは不安だが、クエスト失敗になってないなら自分同様に敵を倒したのだろうと白桃は信じる。
 次の部屋は最初と同じくらい小さな場所だった。中央には目盛り付きのシリンダーがある。
 
『まずはあなたに血を捧げてもらいます。その量に応じて、あなたのパートナーと戦う敵を減らしましょう』

 シリンダーの台座にはプレイヤー向けた注釈があった。台座にある穴に腕を入れ、最大HPの何パーセントまで捧げるのか設定するよう書かれている。最大HPの減少量で血を捧げることを表現しているようだ。

『真実の愛をお持ちなら、パートナーのためにこの程度の犠牲は払えますよね?』

 いやらしいのは単純にダメージを受けたのではなく、最大値が減少したという点だ。これでは回復の魔法を使ってもHPは戻らない。
 白桃は腕をつっこみ、迷うこと無く最大HPの99%を捧げた。今の状態では1度でも攻撃を受けたら戦闘不能になってしまうだろう。
 それでも迷わず99%も捧げたのはグラントを少しでも有利にするためだ。
 
『血を捧げましたね? では先に進んでください』

 小部屋の扉が開き、白桃は先へと進む。
 次の部屋も前と対して変わらない構造をしていた。せいぜい犠牲者の血痕の位置が違うくらいだ。
 部屋で待ち構えている相手は、機関銃に動く足を取り付けた、自動砲台《セントリーガン》だ。前の敵と比べて随分ランクダウンしているが、代わりに3体いる。
 
『さて、パートナーはあなたのためにどれだけの犠牲を払ったでしょうか?』

 グラントは最大HPの99%を捧げている。
 白桃は敵の数からそれを判断したのではない。そうであると知っているからだ。確かめる必要すらない。

『それでは第2の試練を始めます』

 女の言葉の直後、セントリーガンが動き出す。
 白桃はロングロッドから守りの魔法:盾の型を発動させた。彼女の前に光の盾が発生し、セントリーガンたちの一斉射撃を防御する。
 白桃は素早く反撃し、1発も被弾せず敵を全滅させる。

「前より楽で良かったわ」

 グラントが最大HPの99%を捧げてくれたおかげだ。HPが1%の状態で敵が3体だったのなら、まったく血を捧げていなかったら、襲いかかってくるセントリーガンの数は100倍の300体となっていただろう。
 
「ありがとう、グラントさん」

 白桃はどこかにいる愛する者に感謝した。
 
『良いですね! 次の試練も頑張ってください。期待してますよ』

 女の声は心から白桃たちを応援しているような雰囲気だが、ゆえに狂気を感じる。まだ悪人らしく振る舞っていたほうが普通に思える。
 第2の試練をクリアした後はまたしても小部屋だ。血で満たされたシリンダーがある。
 
『さきほど頂いた血をお返しします』

 捧げたときとなじように腕を台座の穴に突き入れると、HPの最大値が元通りになる。
 次の試練はどのような内容かと白桃は考える。第1,第2の試練はともにパートナーよりも自分を優先するように働きかける内容だった。パートナーを決して見捨てない、パートナーのために自分を犠牲にする。そういうことを謎の女ははかっているのだろう。
 
『さて、第三の試練ですが。私は第1と第2の試練で取得したデータをもとに、あなたのパートナーのコピーを作り出しました。それを3分以内に倒してください。時間を過ぎたらあなたの首輪爆弾は爆発します』

 小部屋の扉が開く。
 
『あなたに真実の愛があるのなら、相手のことを深く理解しているはず。コピーなんて簡単に倒せますよね?』
 
 白桃は第3の試練の間に足を踏み入れた。
 白桃が入ってきたのとは反対側の扉からは、剣と盾を持ったマネキンがやってきた。あれが謎の女が言っていたグラントのコピーなのだろう。
 
『それでは試練を開始してください』

 試練の間の壁にタイムリミットが表示された。
 先手は白桃だ。短機関銃でマネキンを射撃する。
 マネキンは盾で防御しながら前進する。白桃に自力で弾丸を当てられる腕前があったら、盾で覆い隠せてない部分を狙えるだろうが、動作補正系技能はそこまで細かく対応してくれない。
 マネキンが至近距離に達し、剣を振るう。
 白桃が取得した『自動回避』の動作補正系技能が後ろに下がって回避させようとするが、彼女はそれにあえて逆らった。単に距離をとって撃ち続けても勝てない。
 白桃はマネキンにタックルを繰り出す。
 敵にとっては想定外だったのか、タックルを躱せなかった。
 白桃も動作補正系技能による動きに逆らったせいか、バランスを崩してマネキン共々倒れてしまう。
 だが、これはチャンスだ。短機関銃をマネキンの頭に向ける。
 対してマネキンは剣を手放し、短機関銃の銃身を掴んで狙いを無理やりそらす。
 
「えっ!?」

 白桃は敵の行動に驚いた。そして、もしかしてと考える。
 白桃は両手にそれぞれ持っていた短機関銃とロングロッドを手放す。
 するとマネキンも動きを止めた。そして白桃同様に剣と盾を手放す。
 白桃とマネキンはそれぞれ立ち上がり、そのまま何もせずに向き合う。
 
『時間が半分を過ぎましたよ。早くコピーを倒してください』

 謎の女が急かすが白桃はそれを無視する。
 もし予想が正しいのならば、ここでマネキンを倒すとその時点でクエスト失敗だ。
 それから時間は経過し、残り10秒を切る。
 
『おめでとうございます! 第3の試練はクリアです。あなた達は幻にとらわれず愛する人がちゃんと分かるのですねね!』

 興奮した女の声が聞こえた瞬間、マネキンの姿が変わる。

「やっぱり、コピーなんかじゃなかったのね」

 先程まで戦っていたのはコピーではなく、本物のグラントだったのだ。なんらかの魔法で彼が別の姿に見えるように仕向けられていたのだ。
 
「よく僕がコピーなんかじゃないってわかったね」
「グラントさん、私の銃を掴んだからね。プログラムで動く敵キャラはそういうの出来ないもの。それで目の前にいるのはコピーなんかじゃなくて、姿を変えられたグラントさんだってわかったの」

 だから白桃は目の前で武器を手放したのだ。そのような動作はプレイヤーしかやらない。
 
「僕も君が武器を手放したから敵キャラじゃないってわかったよ。それにしても本当にこのクエストは陰湿だな。僕たちを騙して戦わせるなんて」
「ホントね。きっと底意地の悪い開発者がこのクエストを作ったのよきっと」

 天井から光が2つ降りてきた。その光は白桃とグラントの左手に宿る。
 光が消えると、二人のそれぞれの左手の薬指に薄い桃色の金属で作られた指輪があった。
 
『それは愛の指輪です。あなた達に挑戦していただいた3つの試練を乗り越えることで完成しました。それはあなた達に宿る愛の心を力に変換する魔法の指輪なのです』

 白桃はメニューデバイスでたった今装備されたアイテムを確認する。
 
「うわ! すごいわグラントさん。全ステータス30%アップだって」
「強力だと聞いていたがここまでとは」

 100や200といった固定値の加算ではなく、割合の加算だ。プレイヤーのレベルが、すなわち元となるステータスが高いほど比例して効果も上昇する。大抵の装備は、敵が強くなれば性能が陳腐化するものだが、愛の指輪にはその心配はない。
 もちろん、白桃はグラントが、グラントは白桃が近くにいなければ効果を発揮しないが、二人はいつも行動を共にしているので関係ない。
 
『試練は終わりました。ですが、私の証明はここからが本番です。あなた達には愛の指輪を使って、私と戦っていただきます』

 壁が動き、新しい扉が現れる。
 この先に待ち構えている謎の女を倒さなければクエストのクリアとならないだろう。
 白桃とグラントに装備されていいるアイテムは『クエストアイテム』扱いとなっており、正式な所有物にはなってない。ここで負けて、クエスト失敗となれば手元から消えてしまうだろう。
 
「グラントさん」
「ああ、最後まで油断せずいこう」

 白桃とグラントは扉をくぐる。
 
「お待ちしておりました」

 謎の女は機人族だった。
 白桃の視界に彼女の名前が表示される。『愛を証明する者フレイア』とあった。

「まずは感謝します。あなた達のおかげで私の儀式は完遂され、愛の指輪が完成しました。本当にありがとうございます」

 フレイアは丁寧に頭を下げてお礼の言葉を口にした。
 
「あとはあなた達に真実の愛が宿っているかを確かめるだけです」

 天井から何かが降ってきてフレイアの背後に着地した。
 それは4脚型の戦闘メカだった。ロボットアームに接続された大型機関銃とチェーンソー大剣が白桃とグラントを威圧する。

「さあ、私を倒してください! あなた達に真実の愛があるのなら、指輪が私を倒す力を与えてくれるはず!」

 フレイアは戦闘メカにあるソケットに下半身を滑り込ませで合体する。

「行きますよ!」

 戦闘メカと一つになったフレイアが腕を振り上げると、それに連動してロボットアームのチェーンソー大剣が動く。

「僕の後ろに!」
「ええ!」

 グラントは盾を掲げてチェーンソー大剣を受け止める。耳をつんざくような金切り音と共に火花が散る!

「ふん!」

 グラントはチェーンソー大剣を弾く。愛の指輪で身体能力値が上昇したおかげだ。
 剣を弾かれたフレイアは、後退しながら機関銃でグラントを牽制する。
 その時、フレイアの四脚の一つに弾丸が叩き込まれる。
 白桃の攻撃だ。グラントが防御しているうち背後に回ったのだ。
 どす黒い剣の効果でフレイアはまだグラントに攻撃を続けている。白桃は攻撃を続けた。
 弾切れとなり白桃は腰のアームに素早く再装填させる。
 再び攻撃。
 しかし2本目の弾倉を使い切るほどの攻撃を与えると、さすがにフレイアのヘイトが白桃へ向けられる。
 水平に振られるチェーンソー大剣を白桃はジャンプして避ける。
 フレイアが機関銃を空中の白桃に向ける!
 
「させるか!」

 グラントが側面から機関銃に剣を叩きつけて強引に狙いをそらす。
 白桃は着地し、そのまま弾倉の交換に入る。
 フレイアのヘイトはグラントに戻った。
 グラントはフレイアの攻撃を防御しつつ、足を狙って攻撃する。大きな敵は足に一定以上ダメージを受けると僅かな時間、動けなくなる場合があるのだ。
 白桃もグラントが狙っているのと同じ足を射撃する。
 二人の攻撃が重なり、フレイアの足に小爆発が生じる。
 
「ああっ!」

 足を一本破壊されたフレイアが膝をつく。
 
「今だ!」

 グラントがかける。動けない今なら、フレイアの致命的弱点を攻撃して倒せるだろう。
 だが、愛の指輪という強力な装備を手に入れてグラントは油断していたのかもしれない。少々、うかつだった。
 フレイアがグラントをにらみつけると、人差し指を突きつける。その指には魔法発動のための指輪があった。

「アクティブ!」

 フレイアが叫ぶ。光弾の魔法:レーザーの型が発動し、彼女の指から放たれた魔力光線がグラントの体を貫く。
 
「グラントさん!」

 白桃は一瞬どきりとした。
 
「大丈夫だ! 心臓には当たってない!」
 
 グラントは倒されておらず、すぐに起き上がった。
 視界に映るグラントのHPはわずかだ。もし愛の指輪の効果でHPと防御力が上昇していなかったら、致命的弱点に当たらなくとも倒されていただろう。
 白桃はロングロッドの引き金を引き、回復の魔法を発動させる。グラントのHPはたちまち全快した。
 代わりにフレイアのヘイトが白桃へと向く。グラントがヘイト集中効果を持つどす黒い剣を装備しているとはいえ、流石に味方を回復すればヘイトが白桃に向いてしまう。
 機関銃が白桃を狙う。
 白桃は射線から逃げるように駆ける。風切り音とともに、すぐ後ろを弾丸が通り抜ける気配を感じる。
 走りながら白桃はフレイアの残りの足を攻撃する。グラントも同じく足を攻撃し始めた。
 二度フレイアの足の破壊に成功した。
 
「今度こそ!」

 グラントがフレイアに飛びかかる。
 
「アクティブ!」

 フレイアの魔法攻撃! だが二度目ゆえにグラントの油断はない。
 盾で魔力光線を防御しつつ、グラントは剣でフレイアの胸を貫いた。
 
「ああ!」

 フレイアは力尽き、彼女と合体していた戦闘メカも動かなくなる。
 
「これで、証明されました。私の夫が他の女と一緒に姿を消したのは、真実の愛がまやかしだったからではなく、単に私の運が悪かっただけ。真実の愛は確かにある。私の目の前に!」

 フレイアは白桃とグラントを愛おしそうに見る。
 
「ああ、良かった。本当に、本当に良かった」

 愛を証明するために正気を失った機人族の女は満ち足りた表情のまま絶命した。
 ボス敵を倒したことで脱出用のポータルが出現した。
 ポータルに入ると、二人はプランツェル市街にある教会の前に転送される。
 
「どうにかクエストをクリアしたね」
「そうだね。これなら僕と白桃の二人でも、もっと難しいところに挑戦できるはずだ」

 強力なレアアイテムを手に入れた喜びはある。しかし、クエストの結末は苦いものであった。
  
「ゲームのお話とはいえ、私達はあんなふうになりたくないわ」
「ならないよ。僕たちは絶対にああはならない」
「そうね」

 白桃はグラントにほほえみを向ける。
 フィクションはフィクション。自分たちは自分たちだ。

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