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番外編 PVP⑤:ナスターチウム対ワタリガラス

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 ワタリガラスのプレイヤー、渡来九朗は現実では射撃競技をやっていた。
 それは何年も続けていたが、大会には一度も出場していない。競技というものは「技」を「競う」ものだが、九朗はそれに情熱を燃やすことはなく、マイペースに自分の上達のみを楽しんでいた。

 そんな九朗の気性はプラネットソーサラーオンラインでワタリガラスとなったときも同じだった。対人戦を楽しめるアリーナの存在は知っていたが、それよりも仲間たちとの冒険のほうが楽しかった。
 
 現実世界で鍛えた射撃の腕前はサイバースペースでも発揮された。自分と標的がともに動きながらの射撃はなかなか難しかったが、『射撃術』の動作補正系技能に頼らず戦えるワタリガラスは、ゲームを初めてすぐに上級者の仲間入りを果たす。
 
「腕のいいレーザーライフル使いがいると助かる」

 ワタリガラスはギルドやパーティーの仲間たちから、その腕前を信頼されていた。悪い気分はしなかった。
 それからワタリガラスは超高難易度クエストである『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』に挑戦した。クリアしたものが数えるほどしかいないだけあって、何度も敗北したがそのたびに再挑戦した。
 障害を乗り越えるために挑戦し続けるのは楽しかった。クリアに一歩近づくごとに自分の上達を実感する。

 毎日挑戦し続けること1週間。ワタリガラスはついに『R.I.O.T.ラボラトリーの伝説』をクリアした。
 彼はレーザーライフルでクリアしたので、報酬としてTOUTAKUを手に入れた。
 TOUTAKUは『防御力無視』の効果を持つ極めて強力なレーザーライフルだ。安全な距離から敵の頭や心臓を撃つだけで簡単に撃破できる。
 
「すごいじゃないか! 動作補正系技能なしで撃てる上に、最強武器まで持ってるなんて」
「ワタリガラスがいれば怖いものなしだな!」

 仲間たちからの信頼は更に大きくなる。
 
「ああ。任せてくれ!」

 自分の強さを仲間たちが認め、褒め称える。上達とはまた違った喜びがあった。
 そんな折、第1回PVP大会の開催告知がなされた。
 
「ワタリガラスは出ないのか?」
「対人戦は性に合わない」

 仲間から勧められたがあまり乗り気ではなかった。
 
「そう言わずに出てみようぜ。お前ならいい線いけるって。な!」
「しかたないな」

 そこまで言われたら悪い気はせず、ワタリガラスは出場を決める。
 対人戦はプログラム制御の敵キャラを相手にするのと大きく違ったが、ワタリガラスは予選で他のプレイヤーたちを次々と撃破していった。
 その快感は、プログラムで動く敵キャラクターを倒したのとは全く別物だった。
 勝利とはこれほどまでに心地よいのかと、ワタリガラスはその味に酔いしれた。

「このまま優勝を獲ってやる」

 自信に満ち溢れたワタリガラスは意気揚々と大会本選に望んだ。
 戦うプレイヤーたちは予選を突破しただけあって誰もが手強かった。だが、勝ち目は十分にあった。
 一人、また一人と撃破していくうちに、ワタリガラスは優勝に手が届きかけていると感じる。

「あなたは私を倒せるかしら?」

 やがてナスターチウムと遭遇した。他のプレイヤーはまだ残っているが、アリーナのトップを倒せばもはや優勝したも同然だ。
 
「ああ、倒してやるさ!」
 
 TOUTAKUを構え、狙い、そして引き金を引こうとした時には、すでにナスターチウムは懐に飛び込んでマジックセーバーを突き刺していた。
 
「しょせんこの程度ね」

 勝負にすらならなかった。
 心から失望したナスターチウムの表情はワタリガラスの記憶に深く焼き付いた。
 ワタリガラスの技量は素人ではないというだけで、達人には程遠い。それに気づかないばかりか、たまたま手にした勝利に酔いしれて、まるで自分が無敵の超人であるかのように増長していた。

 ナスターチウムの失望はそれを見抜いた上でのことだった。
 ワタリガラスにとって敗北した屈辱よりも、自惚れた自分に対する羞恥心が強かった。
 それが1年間に渡る特訓の原動力となった。

 全てはナスターチウムに勝つため。自分の愚かさに対する羞恥心をぬぐいさるためだ。
 敗北を境にワタリガラスは大きく変わった。
 現実では周囲が戸惑うほどに射撃競技の練習に打ち込んだ。ゲーム世界では仲間との交流を絶ち、より強くなるための特訓に明け暮れた。
 
「絶対に勝つんだ。絶対に!」

 ワタリガラスは自分に何度も言い聞かせた。もはや勝ち負けに執着していなかったかつての彼はいない。
 第2回PVP大会に出場する頃には、ワタリガラスは見違えるように強くなった。射撃の腕はより精密さを増し、更にはスラスターを自力で操る腕を得た。
 予選ではただの一度も敗北せず、2位以下を大きく引き離しての本選入りとなったが、勝利の高揚感はない。それはナスターチウムを倒したときのみ得られるものだ。
 
 そして今、本選の舞台となる火山島でワタリガラスはナスターチウムを探していた。
 途中、何人かのプレイヤーと遭遇したが、ワタリガラスはTOUTAKUを温存し、別のレーザーライフルで彼らを撃破した。
 TOUTAKUの装弾数は25発。その全てはナスターチウムを倒すために使うべきなのだ。
 
「みつけたぞ、ナスターチウム」

 ワタリガラスはついに宿敵を見つけた。
 
「あなたは去年の大会に出ていた人ね」
「よく覚えていたな」
「ええ。他のプレイヤーよりは見込みがあったから……最も期待はずれでがっかりしたけれど」

 ワタリガラスの中で1年前の羞恥心が蘇る。
 
「今年は違う。この1年をお前を倒すために費やした」
「そう」

 無表情で淡々としているナスターチウムだが、ワタリガラスを見下しているわけではなかった。その証拠に、彼女はすでにマジックセーバーを起動して構えている。
 現実ではないサイバースペースにいながら、ワタリガラスは周囲の空気が緊張するさまを感じ取った。
 ナスターチウムのパワードスーツからスラスターの噴射口が生じると、彼女はすでにワタリガラスを射程に捉えていた。

 去年はこの一撃でワタリガラスは倒された。この1年で彼は変わった。
 ワタリガラスはスラスターの逆噴射で後退する。ナスターチウムのマジックセーバーはほんの数センチ届かない。
 ワタリガラスはTOUTAKUの銃口をナスターチウムに向ける。
 狙いは正確だった。しかしそれ以上にナスターチウムは早かった。放たれた光線は回避され、彼女の髪をわずかに焦がすのみ。
 
「やるわね!」

 人形に心が宿ったかのごとく、ナスターチウムはかすかに笑みを浮かべた。
 ワタリガラスはナスターチウムを引き離そうとする。一度でもマジックセーバーが届く間合いに入ってしまえば、その瞬間に敗北してしまう。
 だが彼女はしっかりと追いついてきた。右へ行こうと見せかけて左に動いても、相手はフェイントに引っかからない。

 スラスターを使った激しい機動戦でありながら、二人の間合いはほとんど変わらない。
 まだマジックセーバーはワタリガラスに届かない。
 一方で、TOUTAKUのレーザーも今だナスターチウムを捉えていない。至近距離の射撃をことごとく回避する。
 
「くそっ!」

 ワタリガラスは思わず悪態をつく。焦りが生まれてたのだ。
 ここまでの域に達した戦いは知覚不能なほどのかすかな齟齬が、驚くほど大きな結果につながる。
 気がつくと、ナスターチウムのマジックセーバーはあと数センチから、あと数ミリの間合いにまで迫っていた。

「そろそろ捕まえるわよ」

 ナスターチウムが放った一言。自分は今、逃げているのだとワタリガラスは自覚した。
 距離を取りながらの射撃は接近戦スタイルを相手にした時の定石だが、定石のみで倒せるほど達人は軽くない。
 このまま引き撃ちに徹しても負ける。TOUTAKUの残弾数も5発を切った。
 勝利のためには、敗北のリスクは避けて通れない!
 
 ワタリガラスは左手を握りしめ、パイルバンカーの安全装置を解除した。
 そしてナスターチウムに飛び掛かる。
 マジックセーバーがワタリガラスの肩に突き刺さる。運が彼に味方した。どれほどダメージを受けたとしても、死ななければ安い。
 ナスターチウムの心臓めがけてパイルバンカーを繰り出す!
 
「くっ!」

 ナスターチウムはとっさに後退し、パイルバンカーの一撃を直前で回避する。
 捨て身の攻撃は失敗に終わった。だが、相手の足は一瞬だが確実に止まった!
 ワタリガラスはスラスターを噴射し、真上にジャンプする。
 そして眼下にいるナスターチウムめがけて、TOUTAKUを撃つ。
 
 おそらく彼女はこの一射を避けるだろう。それはワタリガラスも承知している。ならば避けた先を狙って二射目で仕留める!
 だが、ナスターチウムは避けなかった。彼女はマジックセーバーを振るい、降り注ぐレーザーを弾き返したのだ。
 
「馬鹿な!」

 最近になってレーザーを弾き返す敵が実装されていた。だが、それはプログラム制御ならばこそ出来る芸当だ。普通の人間は高速で発射されるレーザーを弾き返せない。
 しかしナスターチウムはやってのけた。なぜなら彼女は常人を凌駕する達人なのだ。
 弾き返されたレーザーがワタリガラスの胸を貫く。致命的弱点への命中だ。
 
「ちくしょう」

 矢で射抜かれた鳥のように、ワタリガラスは墜落した。
 

 戦闘不能となったワタリガラスの体が消滅する。

「見事よ」

 ナスターチウムは倒した相手を称賛した。
 
「たった一年で、そこまで実力を上げていると思わなかったわ」

 ワタリガラスが敗北は極めて単純なものだ。
 
「私が去年と同じままだったら確実に負けていたわね」

 ワタリガラスがそうしたように、ナスターチウムも腕を磨いていたのだ。
 人間性が摩耗し、もはやこれまでと思う絶望の中、ナスターチウムが無為な日々を送らずに研鑽を怠らなかったのは、万が一にでも新しい好敵手が現れるかもしれないからだ。
 
「ワタリガラス、私を倒さんとするあなたの闘志は素晴らしいものだったわ。惜しいのはそこまで上達してもなお、実力が私に届かなかったこと」

 はたから見れば、ワタリガラスはあと一歩でナスターチウムに勝てたように映るだろう。だがその一歩は生半可なことでは決して進まない決定的なものであった。
 仮にあと100回挑戦したとしても、今のワタリガラスでは決してその一歩に届かないだろう。
 
「私を倒そうとする闘志と、私を倒せるだけの実力。その二つが揃わなかえれば、誰も私の好敵手になれない。そんな人は、今は唯一人だけ」

 ナスターチウムはある一点を見る。
 
「そう、あなたよ。ピジョンブラッド」

 赤いパワードスーツの魔法剣士がそこにいた。
 ピジョンブラッドは少し前からいた。そしてナスターチウムとワタリガラスの戦いが終わるのを見守っていたのだ。
 ナスターチウムは自分のメニューデバイスでマップを見た。表示される光点はたった二つ。
 
「もう私とあなたしか生き残っていないわね」
「勝負よ、ナスターチウム」
「もちろんよ、ピジョンブラッド。けどその前に、状況を整えないと」

 ナスターチウムが取り出したのは一枚の魔法カードだった。彼女はそれを手首に巻いた腕輪型カードリーダーに読み込ませる。
 
『デテリオレーション』

 リーダーの電子音声が魔法カードの名を読み上げる。
 するとナスターチウムとピジョンブラッドの防具が消滅し、二人とも防御効果を持たない平服の状態となってしまった。
 無事なのはお互いが持っていた武器のみだ。
 
「この魔法カードは1時間の間、範囲内にいるプレイヤーに対し、装備している武器を除く、全ての装備を解除し、また技能の効果を無力化する。私がなぜこれを使ったか、分かるでしょう?」

 魔法カード『デテリオレーション』は不要なアイテムと評価されている。相手を弱体化させられるが自分も同じ状態に陥ってしまう。使っても何一つ優位点を得られないのだ。
 しかしナスターチウムは何も有利となるために使ったわけではない。有利不利とは別にある、一つの望みを叶えるために使ったのだ。

「今の私達は限りなく現実世界と同じ状態にある。今なら、ただ純粋に剣の腕のみで勝負できる」

 ナスターチウムはニコリと笑った。
 
「ええ。そのとおり」

 十歳にも二十歳にも若返ったような気分だ。アネットと戦っていた瞬間のみに得られていた幸福が、再び舞い戻ってくるのをナスターチウムは感じ取る。
 ピジョンブラッドの出現によって、ナスターチウムの人間性はこの瞬間において完全に蘇っていた。
 
「さあ、始めるわよ!」

 初めて恋に落ちた乙女のように、ナスターチウムの心臓が鼓動する。


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