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番外編 暗黒武闘姫帝国

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 シンデレラたちが生きる時代よりはるか昔に存在した神代。極めて高度な文明であったにもかかわらず、その繁栄は永遠ではありませんでした。
 伝承において神代の繁栄は神に愛されたとされており、滅亡したのはその神から見捨てられたとされています。
 ですが真実は違います。こたびはそれを皆様にお伝えいたしましょう。

 神代の末期、世界を恐怖に陥れた大妖怪九尾がロードビスという武闘姫に倒されました。
 しかし平和な時代は訪れませんでした。
 人を弄ぶ九尾によって人心はもはや後戻りできないほど荒みきっていたのです。

 もはや九尾が存在していないにもかかわらず、あちこちの国で戦争や内紛が起きていました。
 もはや人の良心は当てにできない。武力を持って世を統一せんとする者が現れるのは当然とも言えました。

 その者はシバ。彼女は自らを武闘姫を超える武闘姫、すなわち武闘女帝《エンプレンス》と名乗り、暗黒武闘姫帝国《ダークプリンセスエンパイア》を立ち上げたのです。
 暗黒武闘姫帝国はその武力を持って次々と国を征服し、支配していきました。

 もちろん必死に抵抗する国もありましたが、いずれも敵わず、滅亡してしまいます。
 シバの実力はもちろんのこと、彼女の下には四天将軍と呼ばれる恐るべき武闘姫たちがいました。

 空手、柔道、合気道の全てを極めた拳法将軍カーリー
 刃を持つ全ての武器を使いこなす刀剣将軍アテナ
 放つ矢が意思を持つかのように必ず的に当てる弓道将軍巴御前
 そして最強の魔法使いたる魔法将軍キルケー

 武闘女帝と四天将軍。戦力はたったの5人。帝国を名乗るにはあまりに少数ですが、しかしわずか1年で世界の9割が彼女たちに征服され、弱肉強食のみが唯一の法となる地獄と化しました。
 暴力を是とするものは武闘女帝に忠誠を誓い、その欲望を好き勝手に満たしていました。

 一方、九尾を倒したロードビスは俗世から離れて、一人静かに研鑽の日々を送っていましたが、やがて暗黒武闘姫帝国の存在を知ります。
 そしてロードビスは帝国と戦うために旅立ちました。
 その理由は単なる義憤に駆られたからではありません。少なからず正義感もありましたが、ロードビスの心にあるのは自由と強さです。

 このまま帝国がのさばればロードビスの自由で静かな生活は脅かされます。
 そして九尾との戦い以来、ロードビスは新たなライバルを求めていました。
 その二つが帝国と戦う理由だったのです。

 まずロードビスは帝国に与する兵士や武闘姫と片っ端から戦っていきました。
 全員倒してしまえば最終的に武闘女帝にたどり着くと考えたからです。

「貴様が我らに与するものを手当り次第叩きのめす狂人か! 私は拳法将軍カーリー! その狂った性根をこの拳で叩き直してやる!」

 山すら粉砕するカーリーの拳に、ロードビスはかつて戦った九尾以上の力を感じ取りました。
 カーリーが繰り出す必殺の拳を前に、ロードビスの脳裏に死の予感がよぎりますが、同時に強者と戦える喜びもありました。
 九尾との戦い以降も研鑽を怠らなかったロードビスは激しい戦いの末、カーリーを倒します。

 それから次の相手を求めて旅を続けるロードビスは、抵抗軍と呼ばれる者たちと出会います。複数の武闘姫によって作られたこの集団は、世界で唯一帝国に立ち向かう者たちでした。
 ロードビスは抵抗軍と共に次なる相手、刀剣将軍アテナと戦います。

 アテナはあらゆる刀剣類の扱いに長けるだけでなく、軍隊の指揮に置いては四天将軍で最も優れている武闘姫でした。
 敵の恐るべき兵法に抵抗軍はあわや壊滅の危機となりますが、どうにか本陣にいるアテナのもとにロードビスを送り出すことに成功します。

「貴様がカーリーを倒した武闘姫か! 久々に兵法ではなく武術で戦えることを嬉しく思うぞ!」

 剣、槍、斧、ナイフ。瞬時に武器を取り替えるアテナに苦手な間合いなど存在しませんでした。
 相手の苦手な間合いで戦うのは勝負の基本ですがアテナにはそれが通用しないのです。
 そこでロードビスは考えました。ならば相手の得意を上回れば良いと。
 紙一重の差ではありましたが、ロードビスは相手の苦手を付くということはせず、堂々とアテナを上回って倒しました。

 二人目の四天将軍を倒して抵抗軍は活気に満ちましたが、その直後に何者かによって本拠地を爆撃されてしまいます。
 その爆撃はたった1本の矢によってもたらされました。
 弓道将軍巴御前の一射によるものです。

 巴御前は大陸間弾道弓道で海の向こう側から抵抗軍の本拠地を攻撃したのです。
 かつて遠くの地を滅ぼすのにはICBMと呼ばれる兵器が使われておりましたが、大陸間弾道弓道が編み出されたことによって完全に廃れてしまいました。

 ロードビスは海の向こう側にいる巴御前に戦いを挑みます。
 神代の武闘姫にとって空を飛んで海を超えることなど誰でもできますが、相手は弓道将軍なのです。破滅的威力を秘めた矢が、針の穴を通すかのような恐るべき精度で次々と襲いかかります。

 一度でも避け損なえば即、死!
 極限まで集中力を高める必要があり、海を超える数分が何時間にもロードビスは感じましたが、ついに巴御前の眼前にたどり着きます。

「お見事! 私の目の前に立ったシバ様と四天将軍以外にいなかったぞ!」

 目視できる間合いでもなお巴御前は最強の弓道家でしたが、ロードビスは見事彼女を撃破します。
 それから最後の四天将軍である魔法将軍キルケーとロードビスは戦います。
 彼女は帝国の中で最も狡猾な武闘姫でした。
 なんとキルケーの魔法によって、これまで共に戦ってきた抵抗軍の武闘姫が操られてしまったのです!

「私をただの卑怯者と侮らないことね!」

 通常、このような卑劣な戦法を取る者は、直接戦う力に乏しいものですがキルケーは違いました。
 彼女は操った武闘姫と共に自らも前に出てロードビスに襲いかかったのです。
 一対多数! しかも相手は全員が一流を超えた一流! ロードビスは最大の窮地に陥ります。

 しかし彼女にとって幸いだったのは、抵抗軍の武闘姫とは毎日のように組手を交わしていたことです。
 ロードビスは操られた武闘姫たちの全ての癖を知っていたので、それを切り口として一人ひとり無力化し、ついにキルケーを追い詰めます。

 キルケーはたった一人でも恐ろしい魔法使いですが、それでもロードビスは相手を倒すことに成功します。
 こうして全ての四天将軍を倒したロードビスはついに武闘女帝シバと対峙します。

「やっときわたわね。全て私の目論見どおりよ。世界征服をしようとすれば、かならず抵抗するものが現れる。それはきっとこの世で最も強い人。つまりはあなたよ」

 なんと! シバに征服欲や権力欲などなかったのです。最強のライバルをあぶり出す。ただそれだけのために暗黒武闘姫帝国を立ち上げたのです。

「やはりね。少し前からそうではないかと感じていたわ。帝国に支配された場所は圧政どころか統治そのものがされていなかった。あなたにとって世の中などどうでもいいのね」
「それはあなたもでしょう」
「ええそうよ。武闘姫が拳を握る理由は、それが正義であれ悪徳であれ、全て強敵と戦うためにある」

 あとはもう二人の間に言葉は必要ありませんでした。語るべきことがあれ拳で語る。それだけです。
 ロードビスとシバの戦いは立会人がおらず、どのようなものであるのか後世には一切伝わっておりません。
 ただ一つとの事実としてあるのはロードビスが勝利したというだけです。
 
 シバと四天将軍が倒れたことで暗黒武闘姫帝国は瓦解しました。
 九尾の厄災から続き、ようやく世界に平和が訪れましたが、しかし文明としては致命傷を負っていました。

 人々は生きることが精一杯で、文明を初めからやり直さなければならなかったのです。
 これが神代と呼ばれた文明が滅びた真実です。

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