見出し画像

伝説のサンダーライフル 前編

本作は2021年逆噴射小説大賞に投稿した作品に加筆したものです。

 奇妙な依頼だった。良家のお嬢さんらしき少女が突然現れて、銀河魔法帝国の宇宙ステーション遺跡にはびこる敵を全滅させろと言ってきたのだ。

 十歳ちょっとくらいの幼さにしか見えないのに妙に大人びた雰囲気の彼女は、自分の正体もクエストの意図も語らない。

 怪しいと思ったさ。普通なら受けない。だが、前金がもらえるなら背に腹は代えられない。仲間から捨てられた俺は、今日の食事にすら困っていたからな。

 件の宇宙ステーション遺跡で待っていたのは無知性型ドロイドだ。俺は相手の先を読み、リボルバー銃で倒す。

 床に転がるおびただしいドロイドの残骸。だが、俺に勝利の高揚感はなく、心にあるのは虚しさだけ。

 銃の腕に自信はあるが、こんなのより魔法のほうが高威力で弾代もかからない。それなのに銃を使っているのは、俺に魔法の才能がないためだ。

 魔法が使えない冒険者など、この銀河じゃ無能の代名詞だ。パーティーから追放されても文句は言えない。それでもあの夢を諦めきれないから冒険を続けている。

「一次試験は合格ですね」

 いつの間にか俺に依頼をよこした少女がいた。

「試験? お前は何がしたいんだ?」

「私はこのサンダーライフルの精霊です。私は、私を正しく使ってくれる人を探しています」

 少女は神秘的な銃を俺に見せる。


「サンダーライフルだって? 魔法と科学の夫婦神が作った? あれは単なる伝説じゃ……」


 少女のライフルから雷の弾丸が放たれ、俺の足元の床を穿つ。銀河魔法帝国の建築物にこうも容易く穴を空けるなんて。


「無駄話は結構! 二次試験は私との決闘です。力を示してください。ただし……」


 サンダーライフルの精霊が銃口を突きつける。


「不合格なら死んでもらいます」


 精霊が引き金を引くと同時に俺は避ける。相手の目線と角度から射線を先読みしていなかったら、命はなかった。

 俺は反撃する。だが精霊も射線の先読みをして避けた。

 この試験。なかなか大変そうだ。

 何度か狙ってみるものの、かすりもしない。


「なぜ手足だけを狙うのです? 胴のほうが当たりやすいですよ」

「ただの試験で恨みもない相手は殺せない」

「ご安心を。この精霊体は魔力で作った人形を遠隔操作しているだけです。私の魂はライフル本体にあります」

「そうか」


 なら安心だ。

 俺はリボルバーから空薬莢を捨て、リローダーで装填する。

 耳が痛くなるほどの静寂が場を支配した。見えない糸が限界まで張り詰める。

 俺は素早く引き金を引いた。

 銃声と同時に、精霊が倒れる。


「うん、合格ですね」


 撃たれたというのにピンピンとしている。本人が言ったとおり、彼女の命は銃本体にあるようだ。


「私が反応できないほどの、素晴らしい一撃でした」

「一撃じゃない」

「え?」


 彼女の胸には6つの弾痕・・・・・が密集していた。


「想像以上です。6つの銃声が一つに聞こえるほどの早撃ちとは!」


 精霊は喜びのあまり俺に抱きつく。その姿に超自然存在の神秘性はなく、年相応の少女のようだった。


「この時代において、あなた以上に私の使い手にふさわしい人はいません。嫌だと言っても絶対逃しませんからね? そうと決まれば早く契約を済ませましょう」

「契約? 誓いの言葉でもいえば良いのか?」


 神秘性知的存在が人と何らかの交流を行う時、契約を重んじるのはよくあることだ。


「ええ。私には悪用を防止するセーフティー機能があります。私の本体は、精霊たる私と契約を結んだ使い手のみが引き金を引けます」


 精霊は自分の本体を俺に捧げるように持った。


「我が名はサンダーライフル。魔法の女神と科学の男神が生み出した雷の魔法兵器。我が力を求める者よ、汝の名を告げ、我が力を悪用せぬと誓え」


 小さな女の子が仰々しいことを言っているのに、俺は不思議と胸筋を正した真面目な気持ちになった。

 誠意を持ち、敬意を払わないといけない。理屈以前の当たり前のものだ。


「我が名はシン。シン・ナンブ。サンダーライフルの使い手として、その力を決して悪用せぬとここに誓う」


 魔法の電撃弾を撃つサンダーライフルは、魔法が使えない俺にとって必要な存在になる。 今のままだと、俺は無為に夢を追い続け、年老い、そして惨めに人生を終える。根拠はないがそういう確信があった。

 だから、この契約に命を賭ける。

 サンダーライフル本体から光の線が延び、俺の胸に触れる。心臓のあたりでほのかな温かみが宿る。命より大切な何かとの繋がりを感じる。


「契約は結ばれました。さあ、サンダーライフルを手にとってください」


 俺はサンダーライフルを受け取る。初めて触れたが、驚くほど手になじむ。まるで10年も愛用し続けたようだ。


「さあ。こんな辛気臭い場所から早くおさらばしましょう。あなたの宇宙船スターシップに乗せてください」

「俺が使っているのは一人乗りだぞ」

「大丈夫ですよ」


 精霊体が光の粒子と化してサンダーライフルに吸い込まれていく。


「こうして精霊体を解除して本体に戻れば良いのです」


 サンダーライフルから精霊の声が聞こえてきた。なるほど、これなら一人乗りでも問題ないか。

 俺は宇宙ステーションの発着場に停めてあった自分のスターシップに乗り込む。


「ふむ、L&S社のXWスターシップですか」


 どうやっているのかわからないが、精霊体を解除してもサンダーライフルは周囲の状況を視認できるようだ。


「全財産はたいてもこんなロートルが精一杯だった」


 以前はパーティーのスターシップで移動していたが、追放されて一人になっても冒険者を続けるため、こいつを中古屋から買った。かつては名機と謳われていたが、それも30年前のこと。美品ならマニアが高値をつけるだろうが、数え切れないほどの人手に渡ったこいつは、中古屋ですら処分に困っていた代物だった。


「私は嫌いではありませんよ。ほら、そこにある古いステッカーを見てください。前の持ち主が貼ったのでしょう。こういうのは味わいを感じます」


 サンダーライフルの声はこのスターシップに積み重なった思い出を慈しんでいるような感じだった。


「さあ早く発進させてください。私達の旅の始まりですよ!」

「ああ!」


 彼女の弾むような声に釣られて、俺は意気揚々とエンジンスロットルを倒してスターシップを発進させた。



 一方その頃、シンを追放したパーティーでは。



「なあ、あんた! 真夏のエバーグリーンだろ。Tier6最強パーティーのスターロードでリーダーやってる」


 その日の新メンバー探しの帰り、突然不躾に声をかけられた。

 いきなり現れた男は俺と同じエルフ人の冒険者のようだ。


「確かに俺はエバーグリーンだが。君は?」

「俺か? 俺は蒼輝のスカイランナーだ」


 俺や彼のエルフ人は二つ名を名字として使う。青を連想させる名字はエルフ星の北半球にある諸島地域に多い。


「それで、なんの用かな?」

「あんたのパーティーに入れて欲しい。最近、魔法が使えねえ無能を追放したんだろ?」


 エルフ人は冷静で思慮深くいと思われているが、それはあくまでステレオタイプだ。目の前の男のように、他人の人柄を知りもせず侮辱する者もいる。

「いくらリーダーでも、仲間に一言も話を通さず物事は決めない」

「どっちにしろ新しいメンバーは必要だろう? その候補として俺のことを覚えて欲しいのさ」

「わかった。覚えておこう」


 お前は絶対に仲間にしない。

 スカイランナーは根拠もなく自分が選ばれると確信しているようで、満面の笑みを浮かべながら立ち去っていった。

 宿に戻ると、すでに仲間たちは揃っていた。


「俺はだめだったよ。君たちは?」

「ボクもさ。狙撃が得意と評判だったけど、たった450メハナ(メートル換算で360m)が限界だった。シンと比べたら文字通り足元にも及ばない」


 仲間の一人、機械の体を持つ機人族のVZトリプルナインが残念そうに答える。少年っぽい言葉遣いだが、これでも名門VZ家のご令嬢だ。

 機人族は生身の種族よりも魔力量は劣るものの、その分制御力は抜群だ。彼女は身体強化効果の金剛力の魔法が得意で、その魔力消費の効率は常人よりも3倍優れている。


「私が会った人もだめ。早撃ちが得意って自慢してたけど、単に詠唱を1秒で終わらせるだけだったわ。シンならそれだけの時間があれば、敵を蜂の巣に出来たのに……」


 もうひとりの仲間、天使族のレイン・サダルフォンも空振りだった。

 レインはパーティーの回復役を努めている。天使族は殺傷性魔法は不得意だが、回復と支援の魔法は誰もが天才レベルに得意だ。

 しかもレインは無詠唱で魔法を使える。回復役としては理想の人材だ。


「なかなか思うように行かないな」

「けどエバーグリーン、ボクたちにはシンに代わる新しい仲間が絶対必要だよ。この間、3人で受けたクエストでそれを痛感した」


 そのクエストは惑星ゴブロアで活動するゴブリン人の強盗団を殲滅するというものだった。

 ゴブリン人は低級の魔法しか使えず、知性も他の種族の子供程度しかない。クエスト難易度は強盗団の人数を踏まえてTier4。今の俺達より2段階下なら、3人でもなんとかなると判断した。


 だが、いざ現地に向かうとその考えは甘かったと思い知らされた。

 不意打ちで俺の全力の魔法攻撃を叩き込み、敵が混乱しているうちに各個撃破する作戦だったのだが、鳴子に引っかかってしまったのだ。

 先制攻撃に失敗した俺たちは、そのあと乱戦に持ち込まれてしまった。俺が得意なのは炎と雷属性の広範囲魔法攻撃だが、この状況では味方を巻き込んでしまう。トリプルナインはレインを守るので精一杯だった。

 

 追い詰められた俺は一か八か炎の魔法:炎波の型を放った。敵も味方も炎の津波に飲み込まれたが、即座にレインが回復の魔法と防御の魔法:耐火の型を使ってくれたので俺たちだけ生き残れた。

 あんな状況は二度とゴメンだ。俺の攻撃とレインの魔法のタイミングが少しでもずれていたら敵ごと全滅だったのは間違いない。


「ねえエバーグリーン、シンは足手まといになりたくないってパーティーを抜けたんだろう? ボク達がどうしても必要だって言えば戻ってきてくれるかも知れない」

「私もトリプルナインに賛成よ」


 彼女たちの提案に、俺は血を搾り取るような声で言う。


「無理だ。シンは望んでパーティーを抜けたんじゃない。本当は俺が追放したんだ」

「ちょっと、それどういうことよ」


 レインの声はまるで冷えた鉄のようだった。彼女は何かとシンを気にかけているから、俺が追放したと知れば当然の反応だ。


「エバーグリーン! あなたわかってるの!? シンを追い出すなんて!」

「わかってるさ!」


 非難の声をあびせられて、俺はつい怒鳴り返してしまった。


「確かに俺たちはシンに助けられた。戦えば必ず犠牲者が出ると言われるギャラクシードラゴン討伐クエストでは、あいつが2400メハナ(3000m)先から狙撃したお陰で俺たちは無傷だったし、邪神のデスゲームから生き残ったのも、やつが早撃ち勝負で勝ったからだ」


 俺たちがTier6まで上り詰めたのは間違いなくシンのお陰だ。

 銃の腕前だけじゃない。斥候としても優秀で、何度も罠や敵の襲撃を察知して俺たちを、窮地から遠ざけてくれた。

 思えば、あのゴブリン人盗賊団討伐クエストも、シンがいたら楽々と達成しただろう。


「けどな! シンは魔法が使えない! 他の才能がどれだけ優れても、魔法が使えないやつは無能だというのが今の価値観だ」


 1000年前、この銀河を支配していた銀河魔法帝国が確立した魔法の訓練法のお陰で、この銀河に生きる者にとって魔法は使えて当たり前。使えないやつは無能の烙印を押される。

 そのため、シンはいつまでもTier1のままだった。


「世の中の価値観が変わらない限り、シンは無能と判断される。そのシンがパーティーにいる限り、冒険者ギルドは俺たちをTier7に昇格させない」


 実力的には俺たちはTier7になれると思う。でも、ギルドは俺達の成果をたんなるまぐれだと考えている。

 理由はシンだ。

 魔法が使えない無能がいるのにもかかわらず、クエストに成功したのだから、運が良かっただけだとか、クエストの難易度評価が間違っていたとか、そんな理由で俺達はTier7にふさわしい実力ではないと判断された。


「俺たちはそれぞれTier7にならなきゃいけない理由がある。トリプルナインはTier7になって得られる報酬で没落寸前のVZ家を助ける。レインはサダルフォン一族に伝わる回復の魔法の奥義を伝授される条件がTier7の昇格だ」


 俺の言葉にトリプルナインとレインは気まずそうに目をそらす。シンが銃の天才でも、二人の目的の邪魔になっているのは事実なのだ。


「俺もそうだ。衰退しつつある故郷を助けるために、Tier7冒険者以外は立ち入りを禁じられている危険地帯で、世界樹の種を手に入れなきゃならない」


 いままでさんざん助けてもらっておきながら、俺は自分の都合でシンを追放した。けど、そういう恥知らずな真似をしてでも、成し遂げるべき目標がある。


「魔法でシンと同じ事ができる奴を見つけて、そいつと一緒に再スタートする。それが俺たちにとって唯一の道だ」


 俺はリーダーらしく断言するように言った。だが、心の片隅では不安があった。魔法が使えないシンが振るう銃の腕前は、まるで魔法のようだった。それに代わるだけの実力を持った冒険者は、はたしてこの銀河にどれだけいるのだろうか?



 近場の交易拠点に使われている惑星に降り立った俺は、ひとまず宿を取る。サンダーライフルとともに新しい道へあるき出した俺だが、兎にも角にもまず準備が必要だ。

 冒険者の仕事は8割が準備だという人もいる。それは一理ある。準備を怠れば、奇跡的な幸運でもない限り冒険者は死ぬ。そういうものだ。


「前の銃と手を切ってください。私がいるのですからもう必要ないでしょう?」


 サンダーライフルの口ぶりは、元カノとの関係を清算しろといってるようだった。


「良いけど、リボルバーだけは勘弁してくれよ。至近距離の戦いじゃ絶対必要だし、死んだ親父の形見なんだ」


 親父も俺と同じで魔法が使えず、護身用にこのリボルバーを愛用していた。


「ええ、良いですよ……ってシン、何をしてるんです?」

「何って、不要になった銃からスコープとかのアクセサリー類を外してる」

「まさか、それを私に取り付けようとしてませんよね?」

「え?」

「え?」


 一瞬の沈黙。直後にサンダーライフルが精霊体を出して俺を思いっきりビンタする。


「ふざけないでください! どこの世界に、前ののお古を渡す男がいますか! 大体、私にそんなもの必要ありません!」


 結局、形見のリボルバー以外は、武器弾薬の全てを売り払うことになった。


「シンは私のことをもっとよく知るべきです」


 それから街の射撃場に向かって、サンダーライフルの習熟訓練を始める。

 彼女が言う通り、スコープは不要だった。俺が彼女を構えると、目の前に小さな照準用魔方陣が現れる。しかも俺の意思に合わせて、拡大倍率を自由自在に調整できた。

 何度も撃って彼女の癖を完全に体で覚えたころ、さほど体力を消耗していないのに妙に疲れを感じ始めた。


「私は使い手の魔力を消費して電撃弾を発射します。その様子ですと、休み無しで連射できるのは1000発くらいが限界のようですね」

「試験のときは、使い手なしで射撃していたが?」


 あの時、サンダーライフルは魔力を物質化した精霊体に自分の本体をもたせていた。


「あれは周囲の空間魔力を使っていました。ただ、その状態では性能が低下します」

 あの威力で性能が下がっていたのか。

 その後、宿に戻って次をどうするべきかサンダーライフルと話し合う。

 この時、サンダーライフルは精霊体を出していた。彼女いわく、人と話すときは極力、互いの顔を見て話したほうが良いとのことだ。


「あなたとはいろいろな場所を冒険したいところですが、まずは里帰りしたいと思います。シンを家族に紹介したい」

「里帰り? それってもしかして地球に行くってことか?」

「ええ、そうですが。何か問題が?」

「問題なもんか。地球に行くのは俺の夢だ。そのために冒険者になったんだ。正直、今すぐにでも出発したいくらいだ」


 地球は伝説の惑星だ。

 今から1000年ほど前、銀河魔法帝国はこの銀河の殆どを武力で征服し、最後に残ったのは地球だった。

 地球人はこの銀河で唯一、魔力を持ちながら魔法が使えない種族だったため、誰もが惨たらしく虐殺されて支配されると思った。


 そこで地球を愛する魔法の女神と科学の男神は、魔法が使えない地球人のために、5つの魔法兵器を作り出して与えた。

 俺と共にいるサンダーライフルの他、ファイアマシンガン、アースパイル、ウィンドグレネード、そしてホーリーリボルバー。5人の地球人はそれぞれの魔法兵器を使い、ついに銀河魔法帝国の皇帝を倒した。


 この後、後継者争いの内戦が起きて帝国の権威は失墜。各地の独立運動を止められずに滅亡した。

 そして、地球は再び侵略されないよう、結界を使って姿を隠した。

 今となっては地球は存在しないものだと思われている。魔法を使えない地球人が帝国を倒せるわけがない。帝国滅亡の原因となった内戦は別の理由で発生し、地球と魔法兵器の伝説はただの創作というのが定説だ。


 だが俺は地球伝説を信じた。

 幼い頃、親父に聞いたことがある。俺たちの遠い祖先は地球人だという。

 魔法が使えない俺は孤独だった。冒険者になって、パーティーに参加し、ようやく仲間ができたと思ったが、それは俺の勘違いだった。

 地球に行けば、友や仲間が見つかるかも知れない。それが地球にたどり着くという夢の理由だ。


 もう孤独を癒やす必要はない。俺にはサンダーライフルがいる。彼女さえいれば十分だ。

 それでも地球に行きたいという気持ちは消えない。誰も行ったことのない場所に到達する。冒険者とは本来そういうものだ。


「シン、落ち着いて。焦らなくても地球は逃げませんよ」


 興奮する子供をあやす母親のようにサンダーライフルの精霊体が微笑む。そうは言うが、結局その日の夜は興奮してなかなか寝付けなかった。

後編に続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?