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番外編 第511並行世界におけるトラベラーの活動 前編

 かつて世界はたった一つであった。
 今は違う。最初の世界からいくつも分岐していき、無数の並行世界が存在している。
 最初の世界《あなたがいる場所》が木の幹ならば、後に生まれた並行世界は枝と言えるだろう。
 新しい並行世界は既存の世界に住む人々の想像力によって生まれる。

 ドラゴンや魔法が実在する世界。
 文明が高度に発達した未来の世界。
 最初の世界とは異なる歴史を歩んだ世界。

 樹上多次元世界。ある並行世界ではこの世の形をそう呼んでいる。
 赤木鳩美とプラネットソーサラーオンラインにまつわる物語も、第511並行世界で発生した出来事の一つである。
 これより語るは、数多の並行世界を渡り歩く、ある次元旅行者の物語。
 

 自らをトラベラーと称する女は、数多の並行世界を旅し、そこで有用な知識や技術を故郷に持ち帰ることを任務としていた。
 第511並行世界に派遣された彼女は、手始めにこの世界の基本的な情報を集めた。
 日本の平凡なビジネスホテルの一室を借り、買い集めた各社新聞紙や初歩的な歴史の解説書を読み漁る。
 
(よくあるタイプの世界ね)

 大まかにこの並行世界の状況を把握したトラベラーが感想をつぶやく。
 この並行世界の現在は2050年。他の2050年の並行世界と比べて特別大きな変化は認められなかった。
 魔法が実在する世界や、人類の版図が銀河全体に及ぶ世界というのは実のところかなり希少なのだ。
 
 大抵の並行世界は些細な違いしか無い。地形が僅かに変わっている。ある代のアメリカ大統領が別人になっている。クリスマスが12月ではなく7月になっている。だいたいがそんな感じだ。
 
(有意義な技術や知識がなかったら、早々に立ち去ったほうが良いわね)

 これは観光旅行ではないのだ。他にも調査せねばならない並行世界はたくさんある。
 
「あら?」

 トラベラーはある新聞広告を目にする。それは新型のサイバースペース機器の発売を告知するものだった。
 
(2050年でもうサイバースペースが実用化している?)

 トラベラーの故郷にもサイバースペース技術は存在しているが、機材の調達や利用料金を考えると、一握りの富裕層や権力者しか利用できないのが実情だ。
 しかしこの広告を見るに、サイバースペースは大衆娯楽として広く浸透しているように見える。

「これは調査する価値があるわね」

 トラベラーは実物のサイバースペース機器を確かめることにした。
 宿がちょうど秋葉原の近くだったので、そこの家電量販店へと向かう。
 いざ売り場へ行ってみると機器の値段は5万円程度。これほどの低価格でサイバースペース技術を提供している並行世界は今まで確認されていない。
 サンプルとしてトラベラーは1つ購入する。購入資金に関しては、故郷から持ち込んだ宝石や貴金属類をこの並行世界で換金しているので問題ない。
 
(宿に戻る前にどこか食事をしたいわね……)

 今日は朝からこの世界の状況を調べるのに没頭していて、食事をとっていなかった。
 ちょうど目の前に喫茶ミストという店があったので、そこで昼食を取ることにした。
 
「いらっしゃいませ」

 接客に応じてきた店員を見てトラベラーはどきりとそした。
 赤木鳩美がいたのだ。

「こちらのお席へどうぞ」

 トラベラーは努めて平静を装いながら鳩美に案内された席に座る。
 
「ご注文が決まりましたらお呼びください」

 一礼の後、鳩美は次の仕事に取り掛かっていった。
 
(念の為、認識阻害装置を身に着けていて良かった)

 トラベラーは身につけている眼鏡にふれる。この眼鏡には周囲の人間の認識を阻害する機能を持ち、これによってトラベラーの正体が守られている。

(いくら赤木鳩美が全ての並行世界に存在する大共通点因子だからといって、こうも早くに遭遇してしまうなんて)

 トラベラーは自分の正体を知られたくなかった。
 並行世界の調査は隠密行動が基本であるのもそうだが、もしトラベラーの存在を知れば、鳩美たちに大きな混乱を引き起こす。それは望むことではない。
 トラベラーは手早く食事を済ませた。
 店から立ち去る前、トラベラーは鳩美を見る。その眼差しは、母のようでいて娘のようでもあり、姉のようでいて妹のようでもあった。あるいはそのどれでもない。

 トラベラーはこれまでの旅の中、様々な並行世界に存在する鳩美を見てきた。それぞれの鳩美は平穏な日常を送っているときもあれば、波乱万丈な人生に翻弄されるときもある。
 トラベラーにとってここの鳩美は、これまで見てきた無数の赤木鳩美の一人に過ぎない。それでも、この鳩美も幸福であってほしいと願う気持ちに変わりはない。
 
 宿にもどったトラベラーは購入したサイバースペース機器を使って、実際にその性能を確かめることにした。
 販売店のキャンペーンで、サイバースペース機器を買ったらプラネットソーサラーオンラインというオンラインゲームのソフトと1ヶ月の無料チケットがついてきたので、それを利用させてもらう。
 機器を装着し、トラベラーはゲームにログインする。

 足を踏み入れた仮想の世界は、より優れた文明の出身であるトラベラーをして驚嘆させる精密さを持っていた。
 目に映る風景は真に迫っており、視界の隅にあるHPMPゲージという、いかにもゲームといったものが見えていなければ、ここがサイバースペースと判断するのは難しいだろう。
 他の感覚もかなりリアルだ。日光に当たったほのかな暖かさや、風の涼しさなども極めて正確に再現されている。
 
 トラベラーは町の外に出る。防壁の外の世界は草原となっていて、少し離れた先には森があった。
 トラベラーは森へ向かう。途中で敵キャラが襲いかかってきたが、難なく返り討ちにする。
 危険な並行世界を調査することもある以上、トラベラーは戦闘員としての訓練も受けている。ゲームの敵キャラはあくまで素人に倒されるためい用意された存在。現実に命がけの戦いを経験した者にとってはなんの障害にもならない。
 森には様々な物体がある。土、草、樹木、石。それら全てが個別に独自の触感が設定されていた。
 
(とても2050年の技術は思えない)

 少なくとも、ここ以外で2050年代にサイバースペース技術を発明した並行世界は存在していない。技術レベルも自体も不自然に高い。

(どうも、この並行世界の文明が独力で発明したとは思えないわね)

 トラベラーは経験上、文明レベルに不釣り合いな技術の出現には必ず理由があると知っている。
 
(この並行世界におけるサイバースペース技術の発明者を調べる必要があるわね)

 次も目標が定まり、もうここに用はない。トラベラーはゲームからログアウトした。
 

 数日後、トラベラーはアメリカににあるサイバーパンク社訪れていた。
 サイバーパンク社はサイバースペース機器および、サイバースペース構築プログラムを販売する唯一の企業であり、ここの主任研究員であるジェームス・スコットがこの並行世界でサイバースペース技術を発明した。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくていいよ。新型機器の開発が終わって、今は時間に余裕がある」

 ジェームスはにこやかに言った。
 トラベラーは偽名を使い、日本の大手ニュースサイトの記者という触れ込みで彼に接近した。門前払いされないよう、色々と対策を講じたとはいえ、こうも短期間で面会できたのは幸運だった。
 
「それで、今日はどんな話を?」
「あなたがサイバースペース技術を発明したときのことをお聞かせください」
「もちろん。喜んで」

 トラベラーはジェームスの瞳の奥に、少年のような輝きが宿っているのに気づく。夢を決して諦めず、不断の努力を続ける男の目だ。
 
「私はSFが好きでね。中でも、コンピュータの世界に人の意識を送り込む物語が大好きなんだ。いつかフィクションではなく現実のものとしたいというのが子供の頃からの夢だった」

 かつて愛したSF作品たちを思い浮かべているのだろうか。ジェームスは何かを懐かしむように語る。
 
「あなたが技術を発明する以前は、サイバースペースは空想上の産物とされていました。実現には相当な苦労をされたのでは?」
「もちろんだとも。夢の実現に必要な知識を得るために、あらゆる分野を学んだ。正直って、辛かった。最初は情熱でどうにか進めていたけど、知識を深めるほどに自分の夢がかなわないと思い知らされた」

 本当に辛かったのだろう。努力が報われた今ですら僅かに辛そうだった。
 
「ある日、夢は実現しないと絶望した私は、自宅でありったけの酒を飲んで酔いつぶれていた。だが、突如サイバースペースを実現する完璧な方法を思いついたんだ。こんな事を言ったら笑われてしまうかもしれないが、それこそ神が私に答えを授けてくれたような体験だった」

 ジェームスはサイバースペース発明についてのインタビューを受ける時、必ずこの話をしていた。大抵の場合はオカルトめいた表現に少なからず苦笑いをするものだ。
 しかしトラベラーは違った。彼女は真剣だ。
 ジェームスは話を続ける。
 
「あとはサイバースペース機器とサイバースペース構築プログラムを作り上げ、このサイバーパンク社の設立した」
「なるほど。本日はお話しいただき、ありがとうございました。最後に一つ、うかがってもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
「あなたがサイバースペースを発明するアイデアをひらめいた体験。それ以外にも似たような体験はありましたか?」

 ジェームスの表情がこわばり、彼はトラベラーから目をそらす。
 
「いえ。後にも先にもあの時だけだった」

 トラベラーはジェームスが嘘をついていると悟った。だが、深く問いただす必要はない。
 欲する情報は全て手に入った。
 トラベラーは取材を終え、サイバーパンク社を後にする。
 近場の公園に足を運んだ後、トラベラーは懐に隠し持っていた検査機を取り出して結果を確認する。
 
『対象者の内包フォースエナジーが閾値を超過。能力種:アカシックリードの可能性94%』

 検査機の画面にはそう表示されいた。対象者やもちろんジェームスだ。
 結果はトラベラーの予想通りだった。

(一定量のフォースエナジーを持つ人は魔法や超能力を有する。おそらくジェームスに能力の自覚はない。無意識のうちに複数の並行世界から知識を受信するアカシックリードを使って、この並行世界にサイバースペース技術をもたらしたのね)

 これが文明レベルに不釣り合いに高度なサイバースペースの理由だった。
 おそらく、樹上多次元世界に存在する全てのサイバースペースの知識がジェームスに集約され、あそこまで高度な技術レベルに達したのだろう。
 

 ジェームスはその日の仕事を終え、自宅へと戻った。
 キャビネットから酒瓶を取り出した彼は、中身をグラスに注がず直接飲み下す。
 
「何が新型サイバースペース機器だ」

 自らが手をかけたはずの仕事をジェームスは吐き捨てるようにこき下ろす。
 ジェームスはどっと倒れ込むようにソファーに身を沈めた。

(あんなもの、ただ外見を変えて高価な部品をつかっただけだ)

 先日発売された新型のサイバースペース機器。それは確かに性能は向上しているものの、以前は価格を抑えるために妥協してた部分が解消された結果に過ぎない。
 新しい技術など何も含まれていない。既存の技術を少し工夫しただけだ。
 
(だが、遠隔非接触型を世に出すわけにはいかない)

 現在、流通している新型とは別の、真の意味で新しいサイバースペース機器をジェームスは密かに開発していた。

『やった! やったぞ。サイバースペースの新しい時代の訪れだ!』

 ジェームスは遠隔非接触型を作り上げた時を思い出す。
 あの時、サイバースペースを発明したときの高揚感が再び訪れていた。神が知恵をもたらしてくれたようなあの体験がだ。
 だが、二度目の知恵をもたらしたのは神ではなく悪魔であった。
 ジェームスは再び酒瓶をあおろうとするが、中身がなかった。
 
「くそっ!」

 忌々しげに酒瓶を投げ捨てる。
 サイバースペース技術を発明したはいいが、そこから先はほそんと進歩していない。
 発明された時点で完璧な技術なので仕方ないと社内の者は言うが、それでもジェームスは技術の成長を望んだ。
 それは科学者の使命と言うわけではなく、自尊心の問題と言うべきだった。

 お前は用済みだ。
 
 世界からそう囁かれたような気がした。だからジェームスは技術を成長させようと躍起になった。この世界にとって自分は不可欠な人物だと証明するために。
 遠隔非接触型を思い浮いた時は有頂天になり、最初はその邪悪さに気づかなかった。あるいは意図的に目を背けていたのかもしれない。
 遠隔非接触型が悪魔の機械だと気づいたのは、完成させたあとだった。

(遠隔非接触型は機器を装着しなくとも意識をサイバースペースに送り込める。その機能を悪意で他人に使えばどうなる?)

 強制的に意識をサイバースペースに送って他人を昏倒させられるし、カルト宗教やテロリストの洗脳にだって利用できる。
 ゆえにそれはあってはならない存在だ。
 すぐに破棄しようと思った。だが、出来なかった。

 それが危険な存在とはいえ、ジェームスが生み出したものには間違いなかった。すでに自分は世界にとって用済みであると認め、ようやく生み出した成果を捨てるのをためらってしまった。
 そのため、遠隔非接触型は未練がましく自宅で保管している。
 
「いや。やはり壊すべきだ。私の夢を悪用させるわけにはいかない」

 ジェームスは自分に言い聞かせる。そうすることでなんとか決心がついた。
 遠隔非接触型を破壊するために倉庫へと向かう。だが、たしかにしまってあったはずのそれは、影も形もなかった。
 
「そんな……盗まれた!?」

 ジェームスは膝から崩れ落ちる。
 
「ああ……」

 両手で顔を覆い、ジェームスはさめざめと泣く。これから誰かがサイバースペースを悪用するという未来に心が引き裂かれた。


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