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あれはもう20年前の話

先日、幼なじみの大ちゃんのTwitterをぼんやり眺めていたら、こんな記事があった。

新宿ミロードのモザイク通りが営業終了というニュース。
実はわたくしのラジオDJの原点は、ここにあった『サテライトスタジオ』での華々しくもほろ苦いデビュー戦にあった。

短い期間の番組担当だったけど、あんなことやこんなこともあった思い出深いスタジオ。そこでの思い出話を語っている今週のポッドキャスト📻

もう20年も前の話である。
番組オーディションがあり、晴れてDJとしてマイクの前に座り、初めて電波に自分の声が乗ったあの日。トークスキルだって全然ダメダメで、本当に周りの人に助けられ、支えられ、心配され、
「こいつ大丈夫?」
とリスナーの方も思っていたに違いない。

そもそもコミュ障なくせに、何を思ったのかラジオDJになりたいと素っ頓狂なことを思い立ち、アナウンスの学校に通い、運よく事務所に入り、それからも紆余曲折ありながらなんとかつかんだ番組のパーソナリティ。

当時は当時で必死だったんだなぁ…と感傷に浸り、それでも何とか今まで声の仕事を続けられてきたのも、ここでの経験が糧になっている。

いろんなことを学んだし、いろんな失敗もしたし、もちろんラジオの楽しさや面白さ、奥深さ、むずかしさ。ここで過ごした時間が濃厚すぎて…濃厚すぎと感じているにもかかわらず、あんまり覚えていない。
きっと当時は毎日アタマ真っ白になりながらしゃべっていたんだろうな。

スタジオそのものはもうだいぶ昔になくなってしまったし、モザイク通りを歩いたのももう何年も昔の話になってしまった。
まさかあれから、20年の時が流れていくことなんて想像もしていなかったし、自分が新潟で暮らすことになるなんて考えもしなかっただろう。
でもこうして元気に毎日過ごしていますよ、20年前の自分。

時の流れとともになくなっていってしまうものもある。
それはとても悲しいことだし淋しいことだけど、抗えないものもある。
しょうがない。思い出として大事に取っておこう。

3月はやっぱり別れの時なんだなぁ…と妙な感傷に浸りながら、来るべき新年度も新たな気持ちで頑張っていこうと思う。

…と、まじめなことをここに書きましたが、ポッドキャストではモザイク通りのスタジオで体験した、どうでもいいことをしゃべっています。

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