クイズの作問過程を言語化してみる

これまでにいくつか、クイズの問題に関する論考をnoteに上げてきました。

これらは一般化した形で書いていますが、逆にもっと具体的な内容について書くのも良さそうだな、ということで、今回は実際に私がクイズの問題を1つ作る、というのをやって、その過程を言語化してみようと思います。


1. どういうクイズ問題を作るか

まず最初に、大雑把にどういうクイズ問題を作るか、ということを整理します。

一般論として、「クイズ」という言葉の指す対象は非常に多岐にわたります。知識クイズだけではなく謎解きやパズルのようなものも含みますし、文章で出すもの以外に画像や動画などで出題するもの、単語で答えるものから文章で説明して答えるもの、あるいは「やってみようクイズ」のようなものもあります。「競技クイズ」と一段階絞った表現ですら、かなりたくさんのパターンを包含します。

今回は、競技クイズで使われるクイズ問題の中で、特にオーソドックスなものにスコープを絞りたいと思います。ざっくりと以下のような条件で考えます:

  • 知識の有無を問う問題であること。

  • 問題文は疑問形で終わる一文の文章で構成され、解答はおおむね一単語であること。

  • 競技としての使用に耐える要件(情報の正しさ、限定など)を備えること。

大雑把に言えば、abcなどのような大きな大会でよく使われているような問題形式です。abcでは「短文基本」を謳っていますが、ここでは問題文の長さや難易度は以下のように設定したいと思います:

  • 問題文の長さは短文と長文の中間くらい

  • 問題の難易度は基本と難問の中間くらい

実際にクイズ大会などでの作問ではもう少し細かい条件が予め決まっていると思いますが、ここでは一旦この程度の制約にしておいて、以下作問のプロセスを進めていく上で細かい部分を補足していく形にしようと思います。

2. 題材の選択

2.1. ジャンルの選定

まず、問題の題材を探します。大会などで用いるひとまとまりの問題セットの中では、「ジャンルが偏っていないこと」が1つの要件として考えられます。私はこの問題を機械的に処理するために「Suggest Tool」を作りました。詳細は以下のnote記事を参照してください:

このツールそのものは任意の階層的な分類に適用可能ですが、ここでは公開したスプレッドシートにある分類表を使うことにします。これは日本十進分類法(NDC)の分類体系を元にして作成したものです。

今回は1問だけの作問過程を示すので、このツールで何か1ジャンル、例えば「7-760 音楽」が選ばれたとしましょう。

2.2. 難易度を考慮した題材選択

大会などで使われる問題群では、「難易度に大きなばらつきがない」ことを要件としていることが多いと思います。最初に方針として難易度を「基本と難問の中間くらい」と定めたので、簡単すぎず難しすぎない範囲に絞って考える必要があります。

私はこの難易度の問題を考える時、「当該ジャンルに特段深く触れてきた経験のない一般人は知らないが、当該ジャンルを学んでみようと思い立ったとき、1〜2年以内程度で知りうるもの」というのを基準とすることにしています。ここで、"一般人"の知識レベルをどの程度に想像するかには選択の余地がありますが、現状競技クイズ界では学生をターゲットしにした大会が多いので、ここではざっくり高校生くらいの人生経験を経てきた人くらいを想定しておくことにします。

今回Suggest Toolで選ばれたジャンルは「音楽」ですが、何もないところから「音楽」を学ぼう!と思い立つにはちょっとスコープが広いので、もう少し絞って考えたいと思います。NDCの760番台の下位項目を見ると以下のようになっています:

  • 761 音楽の一般理論. 音楽学

  • 762 音楽史. 各国の音楽

  • 763/764 器楽

    • 763 楽器. 器楽

    • 764 器楽合奏

  • 765 宗教音楽. 聖楽

  • 766/767 声楽

    • 766 劇音楽

    • 767 声楽

  • 768 邦楽

ここでは、「761 音楽の一般理論. 音楽学」の内容に絞ってみることにします。

一般的な高校生くらいを想定したとき、音楽理論についての知識はおそらく学校の音楽の授業で扱われるような楽典の基礎に関するものがメインになると思われます。例えばイタリア音名が「ドレミファソラシド」であることはおそらく知っていて、日本音名が「ハニホヘトイロハ」、ドイツ音名が「CDEFGAHC」であることは教科書に書いてあるがうろ覚え、といった程度が想定されるでしょうか。

音楽の理論を学ぼうとしたとき、クラシック音楽の理論とポピュラー音楽の理論と、大きく2つの道があるように思います。ここではクラシック音楽の理論の方で考えてみたいと思います。

2.3. 学習の過程をトレースする

難易度の基準として「学ぶ過程で1〜2年で到達できる」というものを考えるので、まずはクラシック音楽理論についてどういう風に学んでいくかを考えていきます。

学習を最も本格的に進めるなら、学校で教えられているものを見るのが一番参考になります。音楽高校や音楽大学のカリキュラムを見てみると、音楽理論としてはまず最初に基礎的な楽典があって、その後は和声法についてかなり時間を割いて扱っているものが多いようです。それから、対位法や楽式論、管弦楽法、その他細かなトピックが後に続いています。

ここでは、和声法の用語から何かしら出題することを念頭に置いて、調査を進めていくことにします。音楽高校・音楽大学のカリキュラム上で教科書・参考書として扱われているものや、「クラシック音楽 和声理論 教科書」などと検索して出てくる書籍を参考にして、題材を絞っていきます。例えば以下のような本を参考にしてみます:

  • 島岡譲 執筆責任/他 著『和声 理論と実習』音楽之友社, 1964年, ISBN 978-4-276-10205-7/978-4-276-10206-4/978-4-276-10207-1

  • 島岡譲 執筆責任 『総合和声 実技・分析・原理』音楽之友社, 1998年, ISBN 978-4-276-10233-0

  • 林達也 『新しい和声 理論と聴感覚の統合』アルテスパブリッシング , 2015年, ISBN 978-4-86559-120-0

  • ピストン 著/デヴォート 増補改訂/角倉一朗 訳『ピストン/デヴォート 和声法 分析と実習』音楽之友社, 2006年, ISBN 978-4-276-10321-4

  • 中村隆一『大作曲家11人の和声法』全音楽譜出版社, 1998年, ISBN 978-4-11-800185-2/978-4-11-800186-9

  • ディーター・デ・ラ・モッテ『大作曲家の和声』シンフォニア, 1980年, ISBN 978-4-88395-034-8

これらの本と、もう少し下のレベルをターゲットにした雑多な本・Webサイトなどを参考に、題材を選定していきます。想定読者層の異なる複数の資料を見ることで、題材になり得る各種対象がどの程度知られているかを推察することができます。


2.4. クイズとしての面白みを考慮する

最終的な題材の選択では、クイズとしての面白みについて考慮する必要があります。ここの具体論はかなり議論の分かれるところだと思いますが、私の見解は『クイズ問題の出題価値について』などで過去に表明してきました:

ここでは、E.D.ハーシュの「文化リテラシー」の概念との連関を述べつつ、クイズの問題は「文章として人が人に伝達しようとする対象になりやすいもの」が望ましいという見解を示しています。具体的な作問の際の指針として、私は「類似の事物とは異なる際だった特徴を持っているかどうか」を気にするようにしています。

文献を調べながら作問の題材を選ぶとき、非常に参考になるのが以下のようなものです:

  • 本文中で太字などで強調されて重要用語として示されているもの

  • 索引で項目として取り上げられているもの

  • 辞書や用語集のような形で取り上げられているもの

これらは、各種文献の著者がある程度の特筆性を認めてこうした形式に取り上げているものと考えられます。この3つの中でも、特に索引については、本文中の出現箇所の数などから用語の重要性の程度も推し量ることができるので、特に有用性が高いです。

ここでは、こうした要素を勘案した上で、和声の終止法の1つ「変終止(変格終止)」を問題の題材とすることにしましょう。

3. 成文化と裏取り

「変終止(変格終止)」とは、機能和声の理論においてS(サブドミナント、下属和音)→T(トニック、主和音)で終わる終止のことです。キリスト教の宗教音楽の中で、しばしば「アーメン」の部分で使われるため、「アーメン終止」とも呼ばれています。まずはこれらの情報を元に、一旦仮で成文化してみます。

3.1. 競技クイズ問題の頻出パターンに落とし込んだ成文化

『競技クイズの問題文の統語構造に基づく分類』では、abc/EQIDENの問題を題材に取り、統語構造に着目してクイズの問題文にどういう形式のものがあるかを分析しました。

クイズ問題の構文では「〜は何でしょう?」もしくは「〜を何というでしょう?」の構造のものが大半を占めています。今回はオーソドックスな問題を作ることを目指すので、そのままこの構文に則って成文化することを考えていきます。

まず、題材がどういう種類のものか端的に示す名詞を考えます。ここでは「終止」でしょう。ただ、単に「終止」だと意味を限定できないので、「音楽の和声理論において」のような前置きを置いた方が良さそうです。

次に、題材の特徴を形容詞句や連体修飾節の形で前に並べます。ここでは以下の2つが考えられます:

  • キリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから、別名を「アーメン終止」ともいう 終止

  • 下属和音から主和音へと進行する形の 終止

最後に、これらを組み合わせます。構文には「〜は何でしょう?」のパターンと「〜を何というでしょう?」のパターンがありますが、ここでは別名として「アーメン終止」が挙げられるので、後者のパターンを取るのが自然でしょう。成文化した結果は次のようになります:

キリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」ともいう、音楽の和声理論において、下属和音から主和音へと進行する形の終止のことを、何終止というでしょう?

3.2. 裏取り

情報収集は題材選定の際にある程度行っていますが、ここでもう一度しっかりとした裏取りを行います。

裏取りでは、以下の2つの観点を確認します:

  • 答えになっている対象は、問題文で説明されている性質を持っているか?

  • 問題文で説明されている性質を持っているものは、答えになっている対象以外にないか?

3.2.1. 事実確認

まずは「答えになっている対象は、問題文で説明されている性質を持っているか?」の確認です。問題文には複数の説明が含まれているので、これらは分けて考える必要があります。

(1) 変終止はキリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられる
(2) 変終止は「アーメン終止」とも呼ばれる
(3) 変終止が「アーメン終止」と呼ばれるのはキリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられるからである
(4) 変終止は下属和音から主和音へと進行する形の終止である

『クイズにおける正しさについて』(https://note.com/wattson496/n/n4bc75b033a7b)でも言及しましたが、競技クイズの裏取りにおける正しさは、解答者が十分な調査リソースを割いた上で、「日本人の多くが正しいと信じている」と推定できるか、という部分を確認するのが目標になると私は考えています。そして、その確認は"信頼できる情報源"での言及を確認する形で行うのがベストな方法です。

以下、上述の4項目の説明について、情報源とその信頼性を検討していきます。

(1) 変終止はキリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられる

まず、ざっと簡単に調べられる範囲でどう記述されているものが多いかを見てみます。Google検索で「変終止」「変格終止」で調べてヒットするサイトでは以下のような記述が見てとれます:

賛美歌の最後の「アーメン」がこの和音で歌われることが多いことから、アーメン終始の名がある。

キリスト教曲の最後の「アーメン」の部分によく使われるので、「アーメン終止」とも呼びます。

讃美歌の終わりに多いので、”アーメン終止”ともいわれる。

  • うちやま作曲教室「終止の詳細とその種類(全終止・偽終止・アーメン終止・サブドミナントマイナー終止など)」(https://sakkyoku.info/theory/cadence-01/)2023年7月30日閲覧

「アーメン終止」という名前は、教会で歌われる賛美歌の「アーメン」というメロディにこの終止の形が用いられたことにより名付けられたものです。

正格に比べると柔らかく女性的な進行で、古くはミサやレクイエムにおける終止形として必ず用いられていたためにアーメン終止とも呼ばれました。

賛美歌の終りのアーメンのところにいつも用いられているので,アーメン終止とも呼ばれる。

賛美歌の最後に歌われる「アーメン」の響きなので、「アーメン終止」や「教会終止」とも呼ばれています。

これらの情報源はいずれも出典を明示したものではないですが、いずれも賛美歌(などのキリスト教曲)の最後の「アーメン」の部分に使われる、という風に言及しています。


書籍での言及を調べてみると、例えば以下のようなものが見つかります:

  • 音楽之友社『新音楽辞典〔楽語〕』1977年, ISBN 978-4-276-00013-1

変格終止 plagal cadence〔英〕 Plagalschluss〔独〕 cadence plagale〔仏〕 cadenza plagale〔伊〕
(前略)とくに下属和音から主和音への終止形は、賛美歌の終りの〈アーメン〉の箇所に用いられたところから↗〈アーメン終止〉とも呼ばれる。

アーメン終止 amen cadence〔英〕
↗変格終止の別名。賛美歌の最後のアーメンに用いられるのでこの名がある。この終止は15,6世紀に盛んであったが、18,9世紀にはすたれてしまった。

  • 菊池有恒『楽典 音楽家を志す人のための』音楽之友社, 1987年, ISBN 978-4-276-10007-7

1) S-Tの進行によるKadenz
〔変(格)終止〕
(前略)この終止は、賛美歌〔hymn(ヒム) 英〕の最後にあるamen(アーメン) ヘブライ(「かくあれかし」の意)の部分に用いられることから、アーメン終止の別名がある。変(格)終止は、15,6世紀頃盛んに用いられたが、18世紀末にはほとんど使われなくなった。別名plagal(プラガル) 英・独・仏 ともいう。

  • 林達也『新しい和声 理論と聴感覚の統合』アルテスパブリッシング, 2015年, ISBN 978-4-86559-120-0

変格終止(プラガル)
(前略)ルネサンス期の宗教音楽でこの変格終止がみられる。

  • 遠山一行/海老沢敏 編『ラルース世界音楽事典』福武書店, 1989年, ISBN 978-4-8288-1600-5

カデンツ
〈変格終止 c. plagale [F] plagal c.[E] Plagalschluss, plagale Kadenz [D]〉も、それほど断定的ではないが、やはり終止感を導く。こちらは宗教的なニュアンスを示すこともしばしばある。この変格終止は19世紀にグレゴリオ聖歌の〈変格旋法〉の伴奏の中でたびたび使われていたことからその名が由来した。

これらの書籍についても、個別の情報の出典が書かれている訳ではないですが、商業出版の過程である程度のチェックが行われていると推測されるので、Webサイトよりは多少信頼性を高く見積もることができるでしょう。また、菊池有恒『楽典』や林達也『新しい和声』のように大学などの音楽教育のシラバスで教科書・参考書として掲載されていることが確認できるような書籍は、ある程度多くの専門家の目にとまっていると考えられるので、それでもなお特段の疑義が声高に挙げられていないことが信頼性の傍証になると思います。


調査する範囲に英語の文献も含めると、例えば以下のようなものが見つかります:

  • Don Michael Randel "The Harvard Dictionary of Music", Fourth Edition, Belknap Press: An Imprint of Harvard University Press, 2003, ISBN 978-0-674-01163-2

Cadence
The progression of IV-I is termed a plagal cadence [Ex.3; Fr. cadence plagale; Ger. plagale Kadenz, unvollkommene K., Kirchenschluss; It. cadenza plagale; Sp. cadencia plagal]. Because it is sung to the word amen at the conclusion of the Protestant hymns, it is also termed an amen cadence. As at the conclusion of hymns, it often follows immediately on an authentic cadence and is interpreted in this context as elaborating or prolonging the tonic harmony by means of neighboring-tone motions to the sixth and fourth scale degrees from the fifth and third, respectively.

  • Jack Allan Westrup, Frank Llewellyn Harrison "The New College Encyclopedia of Music", W. W. Norton, 1960, ISBN 978-0-393-00074-0

Plagal Cadence.
... Its most familiar use is for the Amen at end of a hymn or prayer.

また、以下の博士論文では変終止-アーメン終止の歴史について研究しており、今回の問題の裏取りにおいて特に重要な文献と言えるでしょう:

  • Terry, J. (2016). A history of the plagal-amen cadence (Doctoral dissertation, University of South Carolina).

この文献によれば、変格終止が使われる最初期の事例としてオケゲムが挙げられ、ミサ『ミ・ミ』の「クレド」などのように、「アーメン」に使っている事例が実際に見られます。その後、特にイギリスの教会音楽を中心として「アーメン」に変終止を使うことが広まり、さらにイタリアやそれ以外の地域へと広がっていったようで、この論文ではそうした歴史が具体的な楽曲も挙げつつ論じられています。

この「変終止はキリスト教の宗教音楽でしばしば『アーメン』の部分に用いられる」の事実確認は、問題文として成文化する時に「キリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられるとされることから、〜」のように断定を避けた表現をとるべきかどうかに直結する部分です。今回の調査範囲ではかなり多くの独立した文献での記述を見て取ることができており、それらの間に重大な齟齬が見当たらないこと、また、具体的な一次資料まで辿ることができるという意味で特に信頼性の高い二次資料としてTerry, J. (2016) が挙げられることから、十分に裏が取れたと言ってよいでしょう。

(2) 変終止は「アーメン終止」とも呼ばれる

これについては、前項で挙げた数々の資料で言及があることで、十分に裏が取れていると言えると思います。

ただし懸念点として、「変終止」「変格終止」「プラガル終止」として言及している文献が全て「アーメン終止」の別名をも言及しているわけではないことには注意しておきたいと思います。音楽事典や音楽通論のような文脈で言及されているものは「アーメン終止」の別名に触れているものが多いですが、和声論をメインの主題とした文献で「アーメン終止」の別名に触れているのは、今回調査した範囲では林達也『新しい和声』のみでした。もっとも、これは和声の理論を説明するにあたっては特に別名を述べることは重要でないと見なされただけにすぎないとも考えられるので、別名として「アーメン終止」と呼ばれる、ということを否定するほどの材料にはならないと思います。

(3) 変終止が「アーメン終止」と呼ばれるのはキリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられるからである

これは、問題文の中で「キリスト教の宗教音楽でしばしば『アーメン』の部分に用いられることから別名を『アーメン終止』ともいう」のように因果関係を示す表現を使って良いか、という部分のための事実確認です。

上述の各種文献では、いずれも「キリスト教の宗教音楽でしばしば『アーメン』の部分に用いられる」ことを「アーメン終止」という別名で呼ばれる理由として言及していること、他の理由を挙げている文献は見当たらないことから、これについても十分裏が取れていると見なして良いと思います。

(4) 変終止は下属和音から主和音へと進行する形の終止である

これについては、文献によっていくらか違った主張がされているのを確認できます。各文献の違いは、狭義〜広義のどの範囲を指し示すか、という形で整理できそうです。

最も狭い範囲で言及しているものは、変終止を「IV→I」という形の終止として示しています:

IVの和音(ファ・ラ・ド)などからIの和音(ド・ミ・ソ)に進行して終止するもの。

  • うちやま作曲教室「終止の詳細とその種類(全終止・偽終止・アーメン終止・サブドミナントマイナー終止など)」(https://sakkyoku.info/theory/cadence-01/)2023年7月30日閲覧

「サブドミナント終止」という名前の通り、この終止では「V」の代わりに「一時不安=サブドミナント」の機能を持つ「IV」を活用し、「IV→I」という流れを作ります。

  • 菊池有恒『楽典 音楽家を志す人のための』音楽之友社, 1987年, ISBN 978-4-276-10007-7

1) S-Tの進行によるKadenz
〔変(格)終止〕
S-TはIV-Iの和音を用いる。完全終止で曲が終った後に、つけたりのように用いたときに変終止という。

  • ウォルター・ピストン/マーク・デヴォート/角倉一朗『ピストン/デヴォート 和声法 分析と実習』音楽之友社, 2006年, ISBN 978-4-276-10321-4

変格終止(plagal cadence)(IV-I)は、楽章に付加された終結として、正格終止のあとに使われることがもっとも多い。属和音と主和音を強調したあとで、下属和音は調的にきわめて満足感を与えてくれる。

  • 柳田孝義『名曲で学ぶ和声法』音楽之友社, 2014年, ISBN 978-4-276-10242-2

V. 変格終止(plagal cadence)
下属和音(IV)から主和音(I)へそれぞれ基本形で進行する。IVの前ではIの全終止またはVIの偽終止が置かれる例が多い。

S(サブドミナント)→T(トニック)という風に機能の形で言及しているものもあります:

サブドミナントからトニックへの進行は変格終止と呼ばれます。

変格終止はサブドミナント(S)からトニック(T)の進行で終わる終止形で、柔らかい感覚で落ち着きのある終わり方ができます。賛美歌の最後に歌われる「アーメン」の響きなので、「アーメン終止」や「教会終止」とも呼ばれています。

なお、「下属和音」や「サブドミナント」といった用語が指す範囲にも揺れが大きいようで、IVの和音のみを指していることもあれば、IIの和音やその他の代理和音を含んでいることもあります。

「IV→I」や「S→T」をメインに述べつつ、他に代理和音について明示的に言及した文献も多数見られます:

終止法の一種で,下属和音から主和音への終止形。下属和音の代りに II度の五六の和音やナポリの六の和音などが用いられることもある。

  • 音楽之友社『新音楽辞典〔楽語〕』 1977年, ISBN 978-4-276-00013-1

変格終止 plagal cadence〔英〕 Plagalschluss〔独〕 cadence plagale〔仏〕 cadenza plagale〔伊〕
終止法の一種で、正格終止の対語。正格終止が、属和音から主和音に終止するのに対して、下属和音あるいはその代理和音(II度の五六の和音やナポリ六の和音など)から主和音に終止するものをいう(譜例)。

  • 林達也『新しい和声 理論と聴感覚の統合』アルテスパブリッシング, 2015年, ISBN 978-4-86559-120-0

変格終止(プラガル)
IV度和音は、主和音(I度)の二重刺繍音(IV度和音の第2転回形)としても扱われるが、また、独立したIV度和音からI度和音へ進行する終止としても扱われる。これを変格終止(プラガル)という。

この文献では、譜例の中でIV→I以外の例が言及されている:

3. II度和音もIV度の代わりに使われる
4. IV度和音のVI度を付加したものも使われる
5. 同主短調からの借用音としてのIV度も使われる
6. IV度の変化和音も使われる

  • アルノルト・シェーンベルク/上田昭『新版 和声法 和声の構造的諸機能』音楽之友社, 1982年, ISBN 978-4-276-10320-7

プラガル終止、すなわちIV-IあるいはII-IVの進行、……

  • 海老澤敏/上参郷祐康/西岡信雄/山口修『新編 音楽中辞典』音楽之友社, 2002年, ISBN 978-4-276-00017-9

変格終止 plagal cadence [英] Plagalschluß[独] cadence plagale [仏] cadenza plagale [伊]
下属和音(またはその代理和音)から主和音に解決する終止。→終止

S→Tで段落が終わることを、「変終止」または「変格終止」と呼びます。普通、IV→Iのどちらも基本形が用いられますが、IV→II71→Iや、IV→VII72→Iといった進行をすることもあります。和声学の本によっては、これら、II71、VII72といった和音を、IVの変形と見なします。

和音進行が、「IV→I」「IV+6→I」(サブドミナント→トニック)である。
※サブドミナントは変化和音も含む

大雑把に見れば、「IV→I」の形を指す狭義のものと、「II→I」やその他のサブドミナント代理和音からトニックに進行するものを含む広義のものがある、という風に整理できそうです。これは後ほど細かい表現を吟味する際に重要な論点になってくるでしょう。

3.2.2. 限定

続いて、「問題文で説明されている性質を持っているものは、答えになっている対象以外にないか?」の確認です。もっと簡単に言えば、「解答が一意に限定できているか」の確認となります。

今回の場合、問題文に「アーメン終止」という別名が含まれているので、「アーメン終止」という別名が指し示す別の概念がない限り、答えとなるものそのものは一意に限定できていると言って差し支えないでしょう。

ただし、「アーメン終止」を含め、変終止(変格終止)には別名がいくつかあるようなので、確認しておく必要があります。

まず、多くの文献で「プラガル終止」という表現が言及されています。これは英語のPlagal Cadenceなどの原語に由来するものでしょう。

「アーメン終止」に関連して、上掲の『役に立つ音楽の情報〜専門学校』のサイトでは「教会終止」という表現が見られます。

また、Terry, J. (2016) によると、"plagal cadence" という用語は18世紀にシャルル・アンリ・ド・ブランヴィルによって言及されたのが最初のようで、その前の時代は別の名前で呼ばれています。ジャン・フィリップ・ラモーは変終止(変格終止)にあたるものを"irreguliere"という言葉を使って表しています。ラモーの『和声論』は伊藤友計によって訳されていますが、そこでは「不規則カデンツ」として訳されているようです:

  • J.-Ph.ラモー/伊藤友計『自然の諸原理に還元された 和声論』音楽之友社, 2018年, ISBN 978-4-276-10303-0

改変 第7章 不規則(イレギュリエール)カデンツについて
完全カデンツが属音(ドミナント)から主音(ノット・トニック)へと終止するのとは対照的に、ここで問題となっているカデンツはその反対に主音から属音へと終止する。あるいはさらに第四音(ノット)から主音(トニック)へと終止する。ここからわれわれはこのカデンツに不規則(イレギュリエール)という形容辞を付与するものである。

4. 表現の吟味

さて、前節で調査した内容を元に、細かな表現の吟味をしていきます。仮で作った問題文を再掲しておくと、以下のような形でした:

キリスト教の宗教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」ともいう、音楽の和声理論において、下属和音から主和音へと進行する形の終止のことを、何終止というでしょう?

4.1. 「キリスト教の宗教音楽」

「アーメン終止」についての言及の中で、「アーメン」が使われる楽曲の言及には以下のようなパターンがありました:

  • 賛美歌(讃美歌)

  • キリスト教曲

  • ミサやレクイエム

  • 宗教音楽

  • グレゴリオ聖歌

このような表現の選択は、できるだけ情報を正確に表したものにすること、かつ何を意味しているかができるだけ解答者に伝わりやすいものにすること、という要件を考えて行う必要があります。

Terry, J. (2016) で挙げられた具体的な楽曲を見る限り、「アーメン」が含まれる楽曲はキリスト教の宗教音楽の中で多岐にわたっているので、「グレゴリオ聖歌」のような限定した表現を使うよりは、より広い範囲を指し示す言葉を使った方が良さそうに思います。「ミサやレクイエム」のように例を示すのは、具体性があるので分かりやすいとも言えますが、「や」で指し示されているその他の範囲がどの程度なのかが不明瞭、と見ることもできます。

「宗教音楽」という表現は、現実問題としてほぼキリスト教の宗教音楽を指して使われることが大半のようですが、あまり詳しくない人に伝える時には他の宗教ではなくキリスト教だということがイメージさせづらい懸念があります。この表現を用いる場合は「キリスト教の」という修飾をつけた方が良さそうです。

「賛美歌」という言葉は、一般にはプロテスタントでの宗教歌を指すことが多いようです。カトリック教会などでは「聖歌」の用語が使われます。The Harvard Dictionary of Musicの記述では"Protestant hymns"という説明がありますが、Terry, J. (2016) で挙げられている例にはカトリックなどのものも含まれているようなので、プロテスタントのみに限定するのは避けた方が良さそうです。

これらを総合した結果、ここでは以下の表現を採用することにします:

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから〜

4.2. 「アーメン終止」

別名の調査の中で「教会終止」という表現がありました。なので、念のため「アーメン終止」の後に「など」を付けて若干ぼかしておきます:

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」などともいう、

4.3. 「下属和音から主和音へと進行する」

この部分の表現は非常に悩ましいところです。事実確認の中で「変終止(変格終止)」の指す内容に幅があることと、その説明に使われる「下属和音」や「サブドミナント」についても色々な範囲を示していることが、表現の選択を難しくしています。

また、ここではどうしても問題文に専門用語を使わざるを得ない、という難しさもあります。特に和声理論を勉強していない一般的な日本人は「下属和音」も「サブドミナント」も「IVの和音」もぱっとすぐ理解できるとは言えないと考えられるので、本当は可能ならこうした表現は避けたいところです。ですが、代わりに「主音から4度上の音を根音とする和音」とか「例えばハ長調ではファラドの和音」のように説明したとしても文章全体としてそれほど分かりやすくなるわけでもありません。なので、ここでは「下属和音」「サブドミナント」のような用語を使うのは許容する形に妥協しようと思います。

用語の指し示す範囲の問題は、少しぼかした表現にする形で乗り切る、という選択をここでは取ろうと思います。題材となっている用語そのものに意味上の揺れがある場合、例えば「IV→Iの終止のことを」のように断言してしまうと「いや、II→Iとかも含むのでこれは嘘問だ」と指摘されてしまう可能性を残すことになるので、細かな断言は避けた方が良いと思われます。

「下属和音」は「サブドミナント・コード」の訳語ですが、各種文献での用例を見る限り、「下属和音」はどちらかというとIVの和音のみを指す用例が多く、「サブドミナント」の方がより広く代理和音を含んでいる傾向が強いようでした。また、変終止の概念はクラシック音楽の理論を継承したポピュラー音楽の理論でも使われていますが、そちらの文脈では「サブドミナント」のようなカタカナの用語の方がよく使われているようです。

以上のような内容を勘案して、ここではこのような表現に落ち着けようと思います:

〜、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、「何終止」というでしょう?

4.4. 「一般に」

問題文の最後の部分で、以下のように「一般に」という表現を入れたいと思います。

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

これは、「アーメン終止」などの別名について前フリで言及しているためです。解答者に対して、「アーメン終止」(あるいは"など"で想定されている「教会終止」)という特殊な文脈を想定した呼称ではない、一般的な呼称で答えることを要求する意味合いがあります。

5. 別解と判定基準

さて、ここまでで、以下のように問題が成文化できました:

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

想定解は「変終止」もしくは「変格終止」ですが、限定の確認で見たように複数の別名があるので、それらを吟味しておきます。

5.1. プラガル終止

複数の文献で別名として「プラガル終止」が挙げられています。これは前フリの"「アーメン終止」など"には該当しないと考えられるので、即○の別解として考えるべきでしょう。また、「プラーガル終止」などは細かな揺れとして許容して即○にして良いと思います。

5.2. アーメン終止/教会終止

「アーメン終止」という解答については、前フリで言及されており、「一般に『何終止』という」の文脈にそぐわないので即×として良いと思います。

「教会終止」は前フリの「『アーメン終止』など」の部分に含意させている想定ですが、解答者視点ではそこが含まれているか厳密には断定できないので、即×にするのは少し厳しすぎるような気もします。私は「教会終止」は「もう一度」の対象にするのが良いように思います。

5.3. 原語での解答

問題文の末尾を「『何終止』というでしょう?」という形で締めているので、「終止」で終わらない形の表現は基本的には解答になり得ないと思います。例えば「プラガル・ケーデンス」は一応カタカナ語として成り立ちそうですが、問題文を全文聞いた上では明らかに題意に則していないでしょう。

ただ、早押しの形式の場合だと後フリの限定が読まれる前にボタンが押されるケースが想定されます。せっかく前フリの部分でものが何か分かって別解となりうる呼称を全て頭に思い浮かべられたとしても、100%正解するためには「何終止」の部分まで聞かないといけない、というのは早押しのゲームとしての面白みが削がれる、という考え方があると思います。

ここでは、「何終止」が読まれる前では「プラガル・ケーデンス」は「もう一度」、読まれた後は即×、という判定にするのが良さそうに私は思います。

その他の言語での解答ですが、音楽事典に掲載のある以下の言語については「もう一度」の対象に入れて良いと思います:

  • 英語: plagal cadence

  • ドイツ語: Plagalschluss

  • フランス語: cadence plagale

  • イタリア語: cadenza plagale

それ以外の言語での解答は、即×にしても良いだろうと私は思います。ここでこの4言語を例外的に扱っているのは、「変終止」が西洋音楽の理論の用語で、日本の音楽業界でもしばしばこれらの言語が参照されることが多いと考えられるからです。ですが、問題文が日本語なので基本的には解答も日本語(外来語を含む)の範囲で答えるのが筋ですし、問題文の後フリで「何終止」として限定しているので、基本的にはこれらは「もう一度」の中でも即×寄りのものと考えてしかるべきでしょう。

5.4. 不規則(イレギュリエール)終止

別名の確認の際に、"plagal cadence"という名称が成立する前にラモーなどによって"cadence irreguliere"(不規則カデンツ)という用語法が使われていることを確認していました。この呼称は、あくまで歴史的なもので、他の文献を見る限りでは現在一般的に使われているものとは見なせません。問題文の最後の部分で「一般に」という限定をつけているので、現在の一般的な呼称とは言いがたいこの表現は解答としてふさわしくないといえます。

ただ、前項で原語での解答について「もう一度」を取るという選択肢をとったので、ここでも"cadence irreguliere"ないしその訳語として考えられる「不規則カデンツ」「不規則終止」についても「もう一度」の対象として良さそうに思います。

6. 文字表現の調整

問題集に載せる場合には、どういう体裁の文字表現を使うかも検討をしたいところです。

6.1. ふりがな

今回の問題文に使われている漢字は基本的なものばかりで、特に特殊な読み方をするものもないので、ふりがなは特に付けなくても良いでしょう。

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

6.2. 句読点

句読点の付け方は、問い読みのしやすさに直結する問題です。問題文の統語構造ができるだけ分かりやすくなる形に句読点を付けたいです。

今回の問題文の修飾構造は大まかに以下のようになっています:

  賛美歌などの〜用いられることから-D
  別名を「アーメン終止」などとも---D
                              いう--------D
    音楽の和声理論において、------D          |
    サブドミナントからトニックへと-D          |
                              進行する形の-D
                                        終止のことを-D
                                        一般に------D
                                        「何終止」と-D
                                                  いうでしょう?

「音楽の和声理論において」の部分はここでは「進行する」に修飾する形で書いていますが、意味合いとしては「いうでしょう?」の部分に修飾しているという形の方が近いかもしれません。

この大きな構造を考えて、継ぎ目を読点で明示することを考えます。一般的に、1つの項に複数の修飾句がついている時、前に並べた修飾句の間には読点を入れて、最後の修飾句と被修飾語の間は読点を入れずにつなげるのが自然な表記法です。今回の問題文では複数の修飾句がついているのは以下の箇所です:

  • 「賛美歌などの〜用いられることから」と「別名を『アーメン終止』などとも」→「いう」

  • 「音楽の和声理論において」と「サブドミナントからトニックへと」→「進行する形の」

  • 「終止のことを」と「一般に」→「『何終止』と」

これら全てについて、複数の修飾句が並んでいる間に読点を付けるとこうなります:

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから、別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

ただ、この場合修飾構造の入れ子の関係が分かりづらく、「〜用いられることから、」の修飾先が若干曖昧になっています。なので、この箇所だけ読点をなしにするか、以下のように読点の代わりに空白を入れる形にすると良さそうに思います:

賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから 別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

7. 完成した問題

完成した問題は以下のようになります:

問題:賛美歌などのキリスト教音楽でしばしば「アーメン」の部分に用いられることから 別名を「アーメン終止」などともいう、音楽の和声理論において、サブドミナントからトニックへと進行する形の終止のことを、一般に「何終止」というでしょう?

解答:変終止(変格終止、プラガル終止)

別解と判定基準:
「アーメン終止」は即×。「教会終止」はもう一度。
以下の各言語での解答は、「何終止」が読まれる前は「もう一度」、読まれた後は即×:
・英語: plagal cadence(プラガル・ケーデンス)
・ドイツ語: Plagalschluss(プラガルシュルス)
・フランス語: cadence plagale(カデンス・プラガル)
・イタリア語: cadenza plagale(カデンツァ・プラガーレ)
歴史的な用語法としての"cadence irreguliere"(不規則カデンツ)についても「もう一度」の対象とする。

8. 雑感

以上、競技クイズの問題を1問作る過程を言語化してみました。以下は、これを書いてみた上で思ったことをいくつか書き連ねていきます。

8.1. 「ありきたり」な作問のプロセス

今回の作問内容は、できるだけ「ありきたり」な問題を目指して作りました。難易度は簡単すぎず難しすぎない範囲、問題文の長さも短すぎず長すぎない範囲に設定しています。構文も競技クイズの構文としてよく見られる形のものを使っていますし、題材としている情報もできるだけ客観的に知られているかどうかを基準に選択しています。

今回の問題では音楽の和声理論を題材に取りましたが、この記事で扱っているような「ありきたり」な作問というのは、音楽の和声課題の規則のようなものだと考えています。和声の理論は、定められた規則に従っていれば、誰でも同じように綺麗な音色の和声進行を作ることができます。ですがそういう誰でも作れるありきたりの作曲、というのは逆に言えば個性のない、面白みのない作曲とも言えるでしょう。クイズの作問についても、この記事に書いたようなやり方をなぞるのは、面白みのない作問と言えるものだと思います。

競技クイズの場合、問題はあくまで競技のための道具にすぎないと考えることもできるので、音楽のような創作における独創性を求める必要はないかもしれません。特に大きな大会で複数人の作問スタッフですり合わせて問題を作るような時は、個性を殺して問題ごとにスタイルのばらつきがないようにした方が良いような場合もあるでしょう。ですが、例えば個人杯のような場でも同じことが言えるかといえば、そうではない気もします。

芸術の世界では「型を身に付けたものがするのが『型破り』で、そうでないなら『形無し』だ」というようなことがよく言われます。音楽の和声理論はそういう時の「型」にあたる立ち位置にいますが、今回私が言語化してみた作問プロセスも、同様の立ち位置のものだろうと思っています。型としてこういうものを把握した上で、これをいかに破っていけるかが、面白い作問をする上で肝要になってくるのだと思います。

8.2. 作問にどこまでコストをかけるか

この記事で扱った作問のプロセスは、1問の作成にかなりのコストをかけています。特に裏取りの部分は、東京文化会館の音楽資料室に行っていろんな文献を調べたり、英語の論文をがっつり読んだりしています。

実際にクイズ大会で使う問題の作成では、1問あたりにそこまでのコストをかけるのはあまり現実的ではないかもしれません。私自身も、過去に大会や企画のために作問する際には必ずしもここまでのコストをかけてきてはいません。

今回の作問プロセスの内容は、細かくやるならここまでやりたい、というくらいのもので想定しています。ここまで細かく見ない場合に、どこをどの程度省力化するかは、作った問題が使われる場においてどの条件が重要かによって変わってくるでしょう。

また、今回は説明のためにプロセスを細かく分けましたが、実際に作問している過程は各プロセスを並行して進めることが多いです。題材の選択と裏取りはどちらも様々な文献を参照するので同じ流れでできますし、成文化と表現の吟味もまとめてやろうと思えばできます。こうした同時並行の作業は作問を繰り返しているとだんだん効率化ができるようになってくるので、それによって低コストで高質の作問ができるようになってくるように思います。

8.3. 得意な分野と不得意な分野

今回題材に選んだ音楽理論に関する分野は、私としてはかなり得意な分野です。大学生の頃に所属していた大学合唱団で1年間指揮者を務めていたので、楽曲分析についてかなり専門的に勉強をしていて、よく馴染みがある分野となっています。

実際の作問では、ノンジャンルの指定の場合あらゆる分野を扱わないといけないので、得意な分野もあれば不得意な分野の作問をしないといけない場合もあります。得意な分野の場合、文献を調べるのも楽ですし、特に「この対象は業界でこのぐらい知られている」とか「こういう印象を持たれている」といった感覚が分かるので、題材選定や文章表現などの調整もやりやすいです。ですが、不得意な分野ではそうもいきません。

不得意な分野でどう戦うかについては、私の中でもまだあまり明確な答えが出せていません。むしろ私は、『Suggest Toolを使った勉強』の記事でやっているように、できるだけ全部の分野を「得意な分野」にしていこう、というような方向性で努力を重ねています。これは今年の1月から始めてまだ2ジャンルしか扱えていませんが、少しずつ守備範囲を広げていきたいところです。


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