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小型のホカケブネによるフカ釣り漁

平成9年(1997)調査メモ

8月23日の朝7時頃、川越登氏という農家の方から電話があり、「今日あたり西風が吹くから漁に出ようかと思っています。」ということであった。以前から連絡をとり、宮崎市の海浜で戦後行われているという小型のホカケブネによるフカ釣り漁を取材したいとお願いしていたのである。
 西風にのせて東の方角に広がる日向灘に向けてフネを出す延縄漁である。松村利規氏が『鹿児島民具』に報告しているこの漁は、宮崎市の大淀川南岸に、空港建設とともにできたタンポリと呼ばれる大きな人工の入り江があり、そこで戦前からボラ釣りのホカケブネ漁が行われていた。そのホカケブネを海に流してフカが釣れないかということで試したのが、川越登氏の叔父である川越庄三郎氏であったという。
 早速、準備をして、南バイパスから空港に向かって降り、すぐの交差点を右折すると松崎という集落につく。その集落の東には、浜辺に沿って松林が続き、宮崎で一番ふるいという青島ゴルフ場がある。真言宗の松崎寺の横にある登氏宅に行き、登氏の奥様に、先に行った登氏のいる浜まで連れていってもらった。ゴルファーを横目に、ゴルフ場の中を通り抜けるとテトラポットのある砂浜へ出る。
 既にホカケブネは沖に出されていた。自己紹介し、今日の段取りを打合せした。ほかに漁に来ている人はいなかった。このところ漁がなく、前日も一匹も漁はなかったという。盛漁期は7月(6月から8月末まで)で、その時であれば、一回の漁で10匹くらいかかることもあったという。フカの種類は、ヒゲグロ・ツマリ・カネウチ(方言)などがあり、2、3月にとれるものでモサバというフカもいる。
 漁の仕組みは、1メートルほどの二本の棒に3本の横木を渡した梯子状の台木に、竹で帆柱をたてる。ホカケブネからのばすモトヤマ(幹縄)には20本のエダ(枝縄)を7メートル間隔で付ける。エダの部分にはアバ(浮き)がつき、三つ又サルカンから分かれたエダは1メートル20センチほどで、先に2匁のビシ(おもり)を付ける。ビシから8センチはテグスで、その先に、フカに噛み切られないように39番のワイヤーを11センチつなげ、16号の針を付ける。餌は、ボラ・ツクラ・イカを小切りにしたものを使う。ボラは自分で投網でとったものを冷凍庫に保存しておく。イカはスーパーで購入する。
 漁の進め方について記す。砂浜の波がこない場所に先が二股になった60センチほどの竹を立て、それにかけるように糸をのばす。フカがかかると竹先が動くようになっている。ワク(糸巻き)は砂に埋めておく。もしフネが持って行かれたときにワクを持っていかれないようにするためである。エダがついたモトヤマの部分はもつれないように、沖に向けて針が向くように予めエダをすべて並べておく。フネを投げ入れる要領は、波打ち際まで頭上に持っていき、大きめの波が来て引いていくところに投げ下ろし、引いていく波に乗せるとあとは自然に沖に出ていく。針がもつれないように波打ち際で糸を送っていく。針を送っていく途中でフカがかかることもあり、その時にはもう仕掛けを引き上げるという。
 仕掛けを準備すると後は待つだけである。たばこを吸ったり、ビールを飲んだりしながらフネを眺め続けるのである。フネをのばす長さは様々であり、ほかのフネが釣れるとその長さに合わせたり、ボラが跳ねるとそのボラをねらってフカが集まるので、その長さに合わせるという。近いところで300メートル、遠いところで600メートルのばす。ワクは、針のついたもの、針のついていないもの、特に長くのばすためのものの三つを用意する。近いところでは前の二つを使用する。
 20分から1時間すると仕掛けを引き上げる。仕掛けを引き上げるには、帆が風を受けているのでかなりの力がいる。軍手をしないとケガをするという。竹を立てた場所で糸を引き上げるが、手繰り寄せた糸は足下に落としていき、ある程度たまると砂をかけておく。この後再び海に流すので、糸が絡まないようにする工夫である。エダ縄はフネを送り出すときと同様に海に向かって平行に並べておく。フカが釣れているのが見えると、波打ち際まで行き、フカを持って波の来ないところまで運び、針を外し、元の作業に戻る。フネまで手繰り寄せたらフネは波の来ないところまで引き上げておく。とれたフカは砂の上ではいたんでしまうので、波がかかる熱くない砂地に穴を掘り埋めておく。仕掛けの餌を付け替えると、再びフネを沖に出す。
 この日の釣果は、60センチから80センチぐらいのフカ4匹であった。穴から掘りだし袋にすべて詰め込み車に積んで帰った。家に帰ると、登氏が一匹さばいてくれた。頭を落とし、ヒレをすべて落とし、内蔵を取り去り、三枚におろす。普通の魚と同様に刺身にする。内臓のうち肝は甘く大変な美味で、誰もがまず食べたがるが、食べ慣れていない人があたると、髪の毛が抜けるぐらいの頭痛があるといい、私は食べさせてもらえなかった。刺身も肝もヌタ(酢味噌)で食べる。ヌタは、炒りゴマをすり鉢ですり、自家製味噌を入れ、砂糖を加え、種ごとすりおろした唐辛子を加え、酢をまぜて、全体をすりあわせる。フカは刺身で食べるほか、湯引きしたり、塩焼きにして食べるが、新鮮なものは刺身に限るという。腰があって、甘みのある身である。一般に臭みがあるというが、新鮮なものはまったくない。時間が経つと、身に腰がなくなり、刺身ではおいしくなくなるので湯引きがよいようである。
 とりあえず以上が8月23日の調査報告。

この漁法については、松村利規「自給漁撈に関する若干の覚書ー宮崎平野の事例からー」『鹿児島民具』第11号(鹿児島民具学会、1993年)に詳しい。

宮崎県の広報誌でこの漁が再現されている。


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