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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter17

サイン クライスラー イプシロン 2012年式
Signs ~ Chrysler Ypsilon 2012 ~

本郷通り沿いに
イプシロンを停めた僕は 運転席のドアガラスを下した
春の訪れを 懸命に食い止める
ボレアースの伊吹が 
僕の頬を ピリピリと突き刺さす

クライスラー イプシロン 2012

そろそろか・・・と思ったとき
歩道を うつむきながら歩く青年がいた

見つけた・・・

心が不在の空洞な体躯の彼は 
一歩進むと地面を見つめる 
Fooooooooooooooooo
と ため息
 
また一歩進んで
今度は 空を見上げて
Fooooooooooooooooooooooooooo
よろけて 車道へ飛び出しそうになる

「しっかりしなさい!」

イプシロンを降りた僕は 
背後から青年に 声をかけた
 
耳から脳・・・
そして 遠く離れた心を通して
彼が行動命令を身体に通知するのに 約8秒後

青年の脚は 止まり うつろな瞳をこちらに向けた

「君が目指した道は 今日 途切れてしまった・・・
 でもね そこから生まれる新しい道は
 今のキミが想像できない 未来(あした)が待っている 
 信じて 前を向きなさい」
僕は 右ポケットに用意していた御守りを 青年に渡した

 ~太宰府天満宮 御守~

青年は 微かにお辞儀して・・・ 
ふたたび とぼり とぼり と歩き始めた

~手紙 拝啓15の君へ~

50年前・・・
僕は 彼女と同じ大学を目指していた
キャンパスライフを夢見て 
励まし合いながら 受験戦争を迎えた
しかし・・・
僕は 負けた

一方・・・
彼女は 自分の夢をしっかり掴んだ 
クラスメイトと共に喜ぶ彼女の瞳に 
もう僕の姿は 映らなかった

「俺って・・・ 何なのだろう・・・」
その日 僕は未来(あした)とカノジョを失った・・・
合格発表会場を後にした僕は
ふわふわした 
タンポポの綿毛の上を歩いていた
何も見えない 何も聞こえない
都会の真ん中で 孤立した個体となった僕は
誰にも気づかれず 消えていくような気がした 

そんな中で・・・
どこかで 聴いたことのある老人の声が
僕の鼓膜を揺らした

しっかりしなさい・・・

「これで大丈夫ね!!
 貴方は強い人だから・・・ 
 それに あと2ヶ月で 私と出逢えるわ」

イプシロンに戻った僕に 助手席の家内が言った

「そうだったね・・・」

もう一度 僕は青年を見た
背中には まだ 大きな悲しみが覆いかぶさっているものの 
左手を見つめる彼には 
じんわりと 温もりが生まれ始めていた

それでいい・・・ がんばれよ・・・
 
人は 今わの際に 人生を振り返る
そのとき・・・
たった一度 昔の自分に逢うことができるらしい

僕は 
大学受験に敗れた 自分を励ましに来た・・・

そう・・・
グラハム・ヘス(Mel Gibson)に残された
奥さんの遺言のように

「あなた・・・
 次は私に付き合ってくださいね・・・
 あなたにプロポーズされた日の 私のところへ・・・」

家内が言った
「あぁ それは楽しみだ」

僕と家内を乗せてた 純白のイプシロンは ふわりと風になった




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