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放置したショートヘアーの夢

夢を追って上京して5年、いまだに私の生活はひどく現実的だ。昼まで眠りこけて、夜はネオンが光る街へ。まるで醜い小虫のように吸い込まれていく。

こんな生活のほうが、まるで夢みたい。早く醒めて欲しい。




あの街にいた私は、年齢よりも数段と幼く見えていただろう。周りの友達が化粧やおしゃれに目覚めていく中で、私は起きて3分で家を出ていたくらい、自分に無頓着だった。短く切りそろえていた髪はアイロンの熱で痛むこともない。伸ばせばお人形みたいにサラサラだろう。

家に出る前に1時間以上準備をする今の私には考えられない思い出だけど、当時はそれでも幸せだった。

「短い髪型、似合うよね」

彼のおかげで、どんどん大人びていく周りから置いていかれようとも、いつまでも子供のままでいられた。


優しすぎる彼に対して、ガキの私は夢を語り続けた。高校を卒業したら東京に行く。誰もが知っている歌姫になって、いつかこの街でコンサートを開くんだ。そのときは一緒にステージで歌おうね。

彼が私の言葉を否定することはなかった。いいね、頑張って。俺も頑張るよ。

甘い言葉に甘えていた、甘ったれた私。

髪型を変えずにいたのは、本当はね……


・・・・・・

あー。嫌な夢だ。

いつものように12時に目が覚めた私は、机の下に転がっている飲みかけのぬるい水を一気に飲み干す。昨日はお酒を入れすぎたせいで、まだ体から気だるさが抜けない。

「今日は長崎県の愛岩町に来ています!」

気をまぎらわすためにつけたテレビに、懐かしい光景が映し出される。
あー。学校の帰りによく行ったなあ、ここ。冷蔵庫から2本目の水を取り出して、ゆっくり体に染み込ませていく。

テレビでは最近流行りのシンガーソングライターが、見知った場所でランチを食べている。彼は私と同い年だけど、私なんて比べ物にならない速度で頂上へと駆け上がっている。

・・・・・・

ほんの10分程度のミニコーナーだったけど、今朝みた夢も相まってか、頭の中に数え切れないほどの映像が飛び込んできた。

そういえば5年間、一度も帰ってないな。上京して3年はガムシャラに音楽と向き合っていたし、帰れるくらいのお金が貯まったことなんてなかったから。ケイタイだって何度止まったかわからないし、美容院に行けなくて自分で前髪を切ってたっけ。

・・・あー。やっぱりまだしんどい。仕事まで寝ていよう。



出勤2時間前。そろそろ準備を始めないと。体を強引に持ち上げて、パウダールームへと向かう。

慣れた手付きで顔を作り、長く伸びた髪を、コテを使って少しずつ整えていく。必要以上に熱を与えすぎた髪。昔はもっときれいだったんだけどなあ。

・・・・・・・

時間は始業開始20分前。迎えが来るまでに、しっかり水分を取っておこう。
今日はお得意様が来るから、体調は良くなくても、しっかり向かい入れなくちゃ。


・・・あれ、水を飲みすぎたのかな。ちょっと視界が滲んできた。
一筋の涙が溢れる。ダメ。せっかくかわいい顔を作ったのに、剥がれてしまう。



本当は、本当はね……

髪型を変えずにいたのは、本当はおしゃれに興味がなかったからではない。


あなたとの時間を止めるためだって、今になって思う。

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