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2023柔道世界選手権、5日目男子100キロ級女子70キロ級までの観戦感想。Facebookに投稿したのをまとめて転載。(FOD配信で畳ふたつ1回戦から全試合観戦)

'1日目 男子60キロ級 女子48キロ級

今日から柔道世界選手権が始まっている。

 毎晩、深夜に、メダルをかけた3位決定戦と決勝だけ地上波放送がフジテレビである。

 僕は配信で予選ラウンド、準決勝までは全試合見ていたのだけれど。

 全柔連は来年のパリ五輪の代表を今大会の結果によっては早く決めちゃおうという段取りを発表している。(五輪直前まで代表争いをすると、そこで疲弊したりライバル国に研究される材料を渡してしまう。それで五輪本番で実力が出せない、結果を残せなかったという過去の失敗に懲りて、というのが理由なのだが。)

 僕は反対なんだよな。

 過去の五輪メダリストで、さすがに全盛期は過ぎたなあ、という選手が多数、今大会代表になっていて、そういう選手たちが今大会、もし結果を出したとしても、来年まで力がもつかはかなり疑問だし。しかもそういう階級では国内には有望な若手が出てきているからなあ。彼ら若手にチャンスを与えるべきだと思う。

 今日の60キロ以下でも、代表は高藤なのだが。この階級、東京グランドスラム銀の近藤隼斗21才、選抜体重別優勝の中村太地20才と若手が急成長している。高藤の長年のライバル永山や、堅山、古賀ら二番手中堅クラスとの力関係は逆転し、近藤、中村が上回った。

 ということは、高藤との力関係もこれから一年で逆転する可能性はかなりある。

 あとは近藤、中村に国際大会のijfポイントが五輪に必要なだけ貯まるかが問題。それならここから冬シーズンの国際大会に派遣してポイントを稼がせるだけだと思うのだがな。

 高藤がピークを過ぎたのは東京五輪でも内容が「ギリギリ」の勝負だったこと(ゴールデンスコアの勝負どころで踏み込めなかったこと)は関係者は皆、分かっていると思うし。

 近藤、中村にパリ五輪のチャンスを残して、この冬の国際大会から次の選抜体重別まで選考は継続すべきだと思うのである。

 追記 とFacebookに書いたとき、もちろん準決勝で高藤の負けは見ていたのだが、ネタバレしないようにぼかしてかいていたのである。がその後、高藤が三位決定戦にも負けてしまい、本当に「高藤ではなく誰か」を選ぶ必要が出てきたと思う。近藤、中村にもチャンスを与えるべきだし、永山や古賀も巻き返しのチャンスが欲しいと思う。

 さらに追記すると、女子の角田の強さは「対策されてなお決まる巴投げ」なのだが、浜田もさすがに最近は対策をされて取りこぼすようになっているので、角田に早めに代表を決めるなら「その後国際大会には出さずに手の内を明かさず、巴投げ以外の新しい必殺技も用意する」くらいの五輪対策が必要だと思う。

2日目 男子66キロ級 女子52キロ級

フジテレビ地上波では見ていないので、この手の「試合途中で放送終了」アホトラブルについては過去何度もいろいろなことを書いているので改めて論じるのもバカバカしいのでそれはさておき。

 丸山城志郎選手のことをずっと応援しているのはいつも書いている通り。柔道が、もしその技の美しさと難易度を点数で競う採点競技であるならば、過去10年間くらい、全階級をまたいで、丸山城志郎選手は世界一だったと思う。今大会でもそれは際立っていた。品格のある美しい柔道だった。柔道に上品下品という評価基準があるならば。

 その一方で、丸山城志郎選手の柔道を、彼の中学生高校生時代、桐蔭学園在籍時代は、全大会もれなく生で見てきた。(彼のキャリアは複雑で、桐蔭に入学するも中学三年で相原中に転校、高校で桐蔭に戻り、また高3で福岡の沖学園に転校した。)。中二の桐蔭中学時代の全中60キロ級で優勝した試合も会場でビデオカメラを回しながら生で見ていた僕としては、当時から彼が「指導差一で勝つ」のは得意技だったのを知っている僕としては、今日の試合は「どうして?」という思いを禁じ得ない。

 本選最後のほうの丸山のみへの指導は正直、判定に疑問、あのとき組み手を嫌ったのは阿部のほうだったから。しかし、組手不十分のままの技がかけ逃げと判定されたのだろうか。

 ゴールデンスコアに入ってからは、阿部選手は明らかに「指導勝ち」を狙って、場外際で技をかけては押し出す、単に押し出すのではなく、場外際でラッシュして「技数と攻めた印象を残す」戦術に出ていた。しかも、それにいら立った丸山選手が全く組手を持たずに足払いと言うか、カーフキックを出してしまったシーン。主審はあそこで指導を出して、丸山指導3での負けにしてもよかったところ、なんとも異例な「口頭注意、けるなよ」という対処で、試合を続行させた。あれを丸山選手は「最終警告」と受け取るべきで、技数でも攻撃姿勢でも、場外に押し出す押し出されるの数でも、すこしでも劣勢になれば指導負けになる危機感を持って試合をすべきだった。

 ここは日本ではないし、審判は天野さん(東京五輪代表のワンマッチを裁いた)でもない。天野さんは直前のアンバウルとフランスの若者の三位決定戦の主審をしていた。もし天野さんがこの試合の主審なら、「技で決まるまでやらせよう」と思ってくれただろうが、国際試合の外国人審判にそのような配慮を期待するのは無理というもの。試合が膠着すれば、攻勢に見える流れを二回連続すれば相手に指導を出す、という、他の試合と同等の判断基準を採用するに決まっている。

 人生をかけた、負けたら終わるというこの試合で、「技で決着がつくまで永遠に戦っていられる」ように、試合をしてはいけなかった。ゴールデンスコア3分過ぎくらいから、阿部にあせりの表情が見え始め、丸山は体力的に「疲れ慣れから回復」という、あの日本武道館での世界選手権で阿部に勝った時と同じようなモードになっていた。丸山の体感としては、阿部の表情や息遣い、組んだときの感触から、丸山は「いける」と思ってしまったのだとおもう。逆に、指導ポイントで追い詰められていることや、外国人審判の基準で「表面的な攻め数印象では負けている」かも、という冷静な客観視ができなくなっていたのであろう。

 パリへの代表選考として、国際大会の決勝の切羽詰まった状況で「反則ポイント判断ができない」という印象を残してしまったことが、負けたという結果と同じくらい重たいと思う。

 阿部の技は、今大会、正直にいって「美しくない」「不完全な」技が多かった。丸山の美しい技、妹、阿部詩の美しい技と比較して、阿部一二三の繰り出した技、取ったポイント、どれも「なんだかなあ」という技が多かった。

 しかし「危ない、負けるかも」という瞬間は阿部一二三の試合には皆無だった。きわめて安定度が高い柔道であった。

 丸山に競り勝って、外国人には負ける気配がない、という実績を残した阿部一二三を、パリ五輪の代表に決定することになったとしても、首脳陣を責めることはできないと思う。

 一歳年上のお兄さんの丸山剛毅選手が、先日の選抜体重別での敗戦後、引退を表明した。過去に81級で世界ジュニア王者にも、体重別日本一に輝いたこともある剛毅選手だが、世界選手権、五輪には届かなかった。

 先日、我が家の子供の部屋のクローゼットを整理していたら、剛毅選手のゴールドのネーム入りの柔道着が出てきた。

 父親・顕志さんから二代にわたる五輪金メダルへの挑戦は、ここで終わってしまうのかなあ。残念だなあ。

 しかし、結果は結果である。

 こういう、この試合一試合だけではない、この大会ひとつだけではない、一人の選手のここまでの人生、だけではない。一家の、父子,兄弟の長く重たい物語が背景にあった、この試合くらい、フジテレビは最後まで放送するべきだったんじゃあないかなあ、と思う。

 追記 女子52キロ級、阿部詩については、内容についてもなんの文句も無い。技も、腰車の美しさ、寝技の速さ厳しさ、本当にすごかった。

3日目 女子57キロ級 男子73キロ級

 女子57キロ級、カナダは日本より代表争いがハイレベルできつい。世界ランク3位クリムカイト(2021世界王者)と2位の出口クリスタ(2020世界王者)がずっと争っている。

東京五輪はクリムカイトが代表になり銅メダル。出口は出られなかったのだよな。応援してたのに。

今回はクリムカイトが銅、出口が完璧な内容で金。2回目の世界王者に。出口、パリ五輪の代表に決まるといいなあ。大ファン。クリムカイトは3位決定戦に勝ってもにこりともしなかったものなあ。大ピンチなのだよな。

舟久保(世界ランク4位)も準決勝まではいい内容だったけれど。決勝で出口と力の差を見せつけられたので、玉置桃、芳田司との代表争いはまだ続くのでは。

 男子73キロは大野将平だけでなく、最大のライバルだった韓国のアン・チャンリンも引退したので今回は混線、ランキング上位の誰もがチャンスあり。橋本壮一も2回目の世界王者を目指した。技の切れも良くていけるかと思ったが、優勝したスイスのスタンプに準々決勝で負けてしまった。それでも敗者復活から銅メダルを確保したのは立派。橋本はこれで通算、金一個銀二個銅二個、世界選手権のメダルをたくさん持っているのである。

 この階級、日本は今、層が薄くて、世界ランク的に橋本がパリ代表にこのままなっちゃうかも。(橋本10位の次は44位の大吉賢が最高位。ジュニア世界王者の田中龍雅はバリには間に合わないか。選抜体重別は世界ランク外の石原が優勝したが、これからだと世界ランクポイントが五輪代表条件まで貯まらないと思う。)

 2010年以来、中矢力、秋本啓之、大野、橋本の4人の世界王者に海老沼も加わり五輪代表を争っていた黄金階級が、今や大ピンチである。

 今大会決勝は66キロから階級を上げたロンバルド。66の時は阿部一二三に二回勝っている。必殺肩車の人である。この階級ではちょいと線が細いが技は切れる。決勝もスタンプを豪快に一本背負いで投げたのが、頭からのダイブを取られて反則負け。不運だったが強い。

 しかしまあ今日は女子が面白かったなあ。韓国のホ・ミミも地味に強かったし。

4日目 女子63キロ級 男子81キロ級

 Facebookには投稿しなかったのである。女子は二人選手を投入して、3位決定戦にすらすすめないということになってしまった。

 男子は永瀬は勝った3回戦でも、敗者復活戦でも、負けた準々決勝指導ポイントで先行されてしまう試合が多かったのが課題というか、もともといつもの弱点欠点と言うか。

 男女とも、このあたりの階級が「筋力」と「手足の長さ」という肉体的条件から、日本人が戦いにくい、しかも「力での返し技を喰いやすい」難しい階級になる。そんな中で、韓国選手に負けた準々決勝以外はきっちり勝って永瀬が銅メダルを確保したのは、流石である。五輪代表争い、かなりリードしたのではないか。もうひとりの筋力オバケ 佐々木健志が最近、どうなのか。藤原崇太郎、小原拳哉に巻き返しのチャンスは与えられるのかな。

5日目 女子70キロ級 男子90キロ級

世界柔道、日本勢は女子70キロ級・新添が見事な金メダル。きわどい準決勝を終了間際の技ありで勝ち上がり、決勝は危なげなく一本勝ち。

 男子90キロ級、村尾三四郎は準決勝で東京五輪金メダリスト・ジョージアのベカウリに対し、先に内股で技ありをとったものの、そのあと、二回、かけた内股をめくられる返し技で技あり二回を取られて逆転負け。三位決定戦は勝って銅メダルはしっかり確保した。日本勢が戦うのが難しい81~100キロ級で(理由は東京五輪のときに詳しくnoteを書いたのでそちら参照)力も技も通用することはこの舞台でも証明したので、村尾は五輪代表レースはかなり有利になったと思う。

 今日書きたいのは、その男子90キロ級の決勝、ジュージア勢同士の対決となった。村尾に勝ったベカウリは東京五輪金メダリストで世界ランクは7位、23歳。対するマイスラゼは世界ランク3位で25歳。当然五輪代表枠はひとつである。66キロ級の阿部・丸山や、女子57キロ級、カナダの出口とクリムカイトと同じような、「どちらも出れば金メダル有力な候補が2人いる」状況で、それが世界選手権決勝で対決というのは阿部・丸山と同様である。

 そしてこれも阿部丸山と同様に両者にポイントなくゴールデンスコアに入った。指導数で五輪金メダリスト・ベカウリのほうが有利になっているのもこれも一緒。

ジョージアには「チダオバ」という、袖のない着衣テで帯を持って 投げ合う伝統格闘技があり、ジョージア選手同士になると、かなりそれに近い組み方投げ方を狙い合う形になるのだが、両者、力は拮抗していて、積極的に攻め合うのだが、なかなか決まらない。

 だんだん五輪金メダリスト・ベカウリのほうが優勢になってきて、このまま指導になって勝負が決まるのかと思った瞬間、

 年上で五輪に出られなかった方のマイスラゼが隅落としのような捨て身技で技ありを決めて優勝。

 この後、礼の後、両者が試合場真ん中でお互いを称え合う。マイスラゼがベカウリの手を挙げて敗者のことを称える。

 応援席、ジョージアチームの中には、マイスラゼと親しい者も、ベカウリと親しい者もまじっていたのか、それともふたつの陣営に分かれて座っていたのかはよくわからない。

 試合場を降り、通路ですれ違う時に、もう一度両者が抱擁する。負けたベカウリがとてもいい笑顔でマイスラゼを称えた。負けたベカウリはそのまままっすぐ表彰式を待つ選手席に向かったが、勝ったマイスラゼは客席のジョージアの陣営に駆け上がる。仲間が涙でマイスラゼを抱擁してもみくちゃにする。五輪に出られず悔しい思いをした年長のマイスラゼの苦しみや努力を、チームの仲間たちも分かっていたのだろう、

 阿部丸山の場合と違うのは、指導の判定ではなく、技のポイントですっきり決着したからだし、勝ったのが五輪に出られず悔しい思いをした年長のほうだったからだろう。

 しかし、なんともすがすがしい勝者と敗者のやりとりだった。

 阿部と丸山の試合後には、こういう感じがなかったのは、上に書いた理由もあるし、ふたりの背負ってきたものの重さを考えれば仕方のないことだが、それでも、それぞれを応援する陣営にも、選手当人同士の間にも、あんまり相手を称え合うとか感謝しあうとか、そういう感じと言うのが、これまでも今回も、見られなかったのだよな。ただただ激しいライバル心だけが、むき出しであって。

 仕方ないのかな。うん。子どもの時からの、柔道の場には、そういう雰囲気が育ちにくい何かがあるのだよな。残念ながら。道場同士の関係、ライバル校同士の関係。いや、同じ学校内のライバルに対しても、それは個人競技で、代表の椅子は限られて、それを争う相手は同級生でも敵だから。

 そう思ってここまでずっと柔道を見てきたから、ベカウリとマイスラゼの、試合後の振る舞いが、なんだか本当にすばらしく、羨ましく見えたのだよな。

 日本の柔道がなんでも素晴らしく、海外の柔道は「JUDO」で心がとか礼儀がとかなんとか、みたいな批判をする人がけっこういるが、今回のジョージア選手同士の決勝戦の後の二人の振る舞いは、日本の柔道界、柔道家もみならった方がいいと思うなあ。すがすがしかった。日本の柔道でそういう感じがしたのは、何の大会の決勝だったか、大野将平と海老沼の決勝のときというのはすがすがしかったなあ。あれは講堂学舎の同門だったからだよな。道場や出身校が違っても、同じ日本の柔道家として、試合が終わったら相手を称える気遣う、そういうことができるのが真の世界王者だと思うのである。

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