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『日本人の恋びと』 イサベル・アジェンデ (著), 木村裕美 (訳)  登場人物たちは世界史の大きな流れに翻弄された、それぞれが悲劇的な人生・背景を持っているのに。読書中感じるのは「かわいらしい小説」という感覚。それはなぜだろう。

『日本人の恋びと』 2018/2/24
イサベル・アジェンデ (著), 木村裕美 (翻訳)

Amazon内容紹介

「アメリカの高齢者向け養護施設を舞台に、生涯の愛について、人生の秘密について、ミステリ仕立てで展開。アジェンデの新作!
毎週届くクチナシの花、黄色い封筒に入った手紙、お忍びの小旅行…80代を迎えた老人の謎めいた日常の背後に、いったい何があるのか?老人ホームに暮らすアルマ。日系人イチメイとの悲恋を主軸に過去と現代のドラマが展開する、現代版『嵐が丘』。」

ここから僕の感想

 イザベル・アジャンデの叔父というのは、チリに、世界で初めて民主的選挙の末に社会主義政権を実現したサルバドール・アジェンデ大統領。CIA、ニクソン政権はこの政権を妨害し、ピノチェトによるクーデターを後押しし、シカゴ学派フリードマンの新自由主義政策をチリに押し付けた。サルバドール・アジェンデ大統領は1973年のピノチェトによるクーデターの最中、暗殺(自殺?)された。

 アジェンデ一族は迫害を恐れ、イザベルもベネズエラに亡命、その後、米国人と結婚してカリフォルニアに移住した。

 父親が外交官、母は離婚後また外交官と再婚、ということで、生まれたのは初めの父の赴任地ペルー。その後も、継父の赴任地、ボリビア、レバノンなどで育った。

 という、かなり特異な生い立ちをした人。この小説は、自伝的な性格は薄く、上述のような経歴を直接は反映していないが(サンフランシスコで老齢期を過ごしている点だけが主人公と重なるのではないか)、20世紀の世界の大きな歴史に翻弄された主人公や登場人物たちを描く、スケールの大きな作品となっている。それは、大きな意味で、この作者の特異な生い立ちと関係しているのだろう。

 主人公の老女は、サンフランシスコの富裕層、かつアーティストなのだが、老いて、自らの意志で高齢者施設に入居している。

 彼女は生まれはポーランドのユダヤ人で、ナチスによる迫害を恐れた両親が、彼女だけをサンフランシスコの親戚に逃がした。両親はポーランドでナチスの迫害で死んだようだし、イギリスに渡って志願兵となった兄も戦死したようである。

 彼女を老人施設で世話することになった若い女性は、モルドバ(今、ウクライナ戦争で、隣国としてときどきニュースになる)の貧しい寒村の生まれで、社会主義の崩壊の混乱で、カリフォルニアにたどり着くまで、波乱の人生を送ってきているようである。

 登場人物それぞれが、世界の歴史の大きな流れに翻弄されて、様々なつらい体験を重ねている。

 タイトルの「日本人の恋びと」も、そういう人物である。

 のだが。なのだが。なんというか、読んでいると感じるのが「たいへんに、かわいらしい小説」という印象なのだ。誉め言葉。

 ロシアの小説家リュドミラ・ウリツカヤの『通訳ダニエル・シュタイン』も、世界史的歴史の悲惨の中で波乱の人生を送る主人公の話だったが、あれも「かわいらしい小説」という感覚が、読んでいてあったのだよな。

 それは、どんなに大きな歴史的悲劇に翻弄されても、希望を失わず、人生の・人間の「よき側面」を見続けようとする作者の姿勢、それを通して造形される登場人物たち。登場人物たちはそれぞれとても個性的なのだが、「歴史的事件、世界の動き」に対して、個人はある意味翻弄されざるを得ないのだが、それを飲み込んで生き続けるという態度がある。

 それを「かわいらしい」という形容詞で表現するのは、なんというか、こうやって理屈で説明すると、不適切な感じするのだが、しかし、実際、そう感じながら読んだのだ。崇高なとか厳粛なとかいう大げさな感じではなく、老人も若者も、登場人物たちが「かわいらしい」のである。

 それぞれが「悲劇」を背負っているのに、だからこそ、人生の明るい側面、出会う人の善意や、美しいものを大切に生きている。その細部をきちんと描いていくと、結果として、すべての登場人物が「かわいらしく」思えてくるのである。

 世界全体の歴史に翻弄される、何人もの登場人物の人生まるごとが描きこまれた、大きなスケールの、しかしとてもかわいらしい小説でした。その「かわいらしさ」をどう評価するかで、好き嫌いは分れるかもなあ、と思いつつ。おすすめします。


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