2022年8月20日 NHKスペシャル「ウクライナ侵攻半年~“プーチンの戦争”出口はどこに」感想。

NHK 番組HPから引用

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から半年。今も終わりの見えない戦闘が続いている。果たして、この「戦争」が、どれほどの犠牲や破壊をもたらしたのか?「公開情報」や専門家の分析などから、その実態に迫る。さらに、戦火にさらされ続ける市民のいまに密着。国際社会の中でも“徹底抗戦派”と“対話重視派”の間で議論が起きている現状などに迫りながら、「戦争」の出口はどこにあるのか、スタジオで専門家と共に考える

ここから僕の感想

見た?

 開戦当初、勇ましいことを言って「ウクライナがんばれ、クリミアからもロシアを追い出せ。勝つまで徹底抗戦」を叫んでいた人たちは、どう思って見たのか。番組内容は、戦争を終わらせようとすれば、徹底抗戦派の人が批判し続けてきた「開戦前状態まで押し戻したら停戦」論に大きく傾かざるを得ない、という内容だった思うのだがな。

 僕は、開戦からひと月半くらい、毎日一万字くらいのFacebook投稿をして、それをnoteに転載してきたけれど、基本的には「クリミアを棚上げしてドンバスのロシア実効支配地域の独立を承認してでも、早期停戦すべき」論を言っていたのだが、「どっちもどっち論」「ロシアの味方か」と言って批判する人の方が多かった。いや、フランスドイツトルコあたりの立場が妥当だろうということをずっと書いてきたのだが。

 しかし、半年、戦って、犠牲者は増える一方で停戦の見通しは立たず、「もう少し押し返してから」と言っているうちにロシアが支配する地域がどんどん広がり、「2/24前段階まで押し戻してから」などと言っていては戦争は数年は終わらなそうな状況になったことを、好戦的なことを言っていた人たちはどう考えているのだろう。

 初めの停戦交渉の段階で米英が本気で停戦をゼレンスキーに勧めていたら、ここまでひどいことにはなっていないと思う。「米英がより強い武器を支援して押し返してから」といまだに言い続けている人もいるが、番組内でも触れているが、EU/NATO内でも停戦交渉に向かうべきと考えるフランスと、「ポーランドとバルト三国」(次は自国がの危機感が強い国)の温度差がはっきりし始めていると番組は伝えている。(これは戦争当初からそうだったのを、好戦派の人は認めようとしなかっただけだと僕は思うが。)

 米国内でも国民は極端に無関心になっている(戦争や外国の紛争への関心がある 3月17%⇒8月2%)ために、中間選挙を控えるバイデンが、支援のための巨額支出を続けられるかに疑問を呈している。

 という国際情勢、他国の動きはさておき。この番組でいちばん気になったのが、戦争当事国、ロシアとウクライナの人たちの気持ちの変化をNHKがどう伝えたか。

 僕が興味があるというか、ここで中心的に伝えたいことのは何かというと「兵士として戦う年齢の人の関心や気持ちがどうなっているか」をNHKがどう伝えたか、についてである。戦争の初期に前線に投入されるのは専門的に訓練されていた兵士である。しかし、戦争が進み、今回の戦争のように兵の犠牲、軍から見れば損耗が激しい場合、それまで非戦闘員であった人間を補充しないと戦争は継続できない。(夏恒例の、先の大戦を振り返る日本の戦争でもそういう事態が起きた。)

 このことが戦争への国民の気持ちをどう変化させるかについてである。

 まず、ロシアから見ていく。反戦運動をプーチンが激しく弾圧したために(番組で紹介した活動家の1人は逮捕投獄され、一人はジョージアに逃れている)つまり国内では反戦運動はもうほとんど不可能になっている。そして、表面上は反戦の声を上げる人がほとんどなくなっている。

 本当に無関心化している人と、本心では反戦でも、声を上げられなくなっている人がいるのだろう。

 西側、日本では「弾圧されて声が上げられない良心的な人」にフォーカスしがちだが、本当のところはどうなのか。

何が起きているかを考える。

 ロシアの世論調査では「無関心」が増えている。7月の独立組織による調査で、18~24歳で61%、25~39歳で58%が「ウクライナ情勢に関心が無い(あまりない+ない)」と答えている。
 
 ロシア、プーチンは、今のところ「国民総動員」のような形を取らずに戦争を続けている。開戦直後、徴兵された新兵が戦争初期に投入され多くの犠牲者を出し、それが兵士の母親たちの反発を買って反戦機運につながりかけたためプーチンは方針変換。志願兵のみを前線に投入することにし、国内で東部や少数民族地域の部隊をウクライナに移動させたり、傭兵軍事会社を投入したりして戦争を継続している。つまり、ロシアは今のところ、軍経験の無い、あるいは徴兵兵役は経験したが実践経験のない一般国民(モスクワなど大都市の)を兵士として総動員せずに、この戦争を戦えている。若い年齢の過半数が「無関心」でいられるのは、徴兵総動員で前線に送られる危機感が迫っていないせいだと思う。反戦を唱えず大人しくしていれば、取りあえず一般市民の日常は維持される。という形でプーチンが世論を表面的にはコントロールできている、ということである。

 一方、ウクライナでの世論調査では「戦争が長引いても領土は放棄すべきではない」」が84%と、戦争継続への国民的決意は固い。

のだが、この番組が伝えているのは

 今、国内に残っている18~60歳の男性たちが、軍への登録をなんとか忌避しようという機運の広がりについてである。これまでは軍に登録しても軍務経験のある人のみが戦地に送られるという原則だったが、犠牲者が増え兵の損耗が多くなった現在、軍務経験が無くてもすぐに前線に送られるのでは、と不安になる人がキーウでも「週に百人程度の相談がある」という弁護士事務所への取材。

 弁護士が語る。

「誰もが好戦的で戦いたいと思っているわけではありません。日本やほかの国と同じ普通の人間なのですから。もし戦いたくないなら、強いられるべきではありません。」

 また、「軍への登録を避けようと外出しない若者(街で係官が男性に声をかけては軍に登録させているので)も取材している。20代のIT技術者で

「恐怖というより不安です。私たちは勝つしかありません。でも私自身は兵士に向いていると思えないし心の準備もできていません。私にできることは働いた収入でウクライナ軍を支援することです。」

と語る。

軍務経験が無かったのに軍に志願し、狙撃兵としてすぐにドンパスに送られ戦死した夫、その若い妻は語る。

「私たちは静かに暮らしたかっただけなのに、それを一瞬にして壊したロシア軍に怒りがあります。(また)戦い方を知らない人たちを最前線へ送ったウクライナ政府と軍にも怒りを感じます」

というインタビューを紹介している。戦って亡くなった兵士遺族のウクライナ市民の「ウクライナ政府と軍への、恨み」というのを放送したのは初めてじゃないか。

 この番組ディレクターは、ウクライナ市民の中に広がる、戦いに向かない人を無理に前線に送って犠牲者を増やす、そのことへの忌避感が広がっていることを強調する三人へのインタビュー取材VTRに大きな時間を割いた。「国土は渡さない」という決意は国民の総意としてはあっても、実際に戦場に行かねばならない年齢の男性には「戦場に行くのは嫌だ」というタイプの人が(残っているから)比率として増えているということを伝えている。

まとめると、

 ロシアは今のところ、東部シベリアの部隊や少数民族地域の兵士や民間軍事会社を前線に送ることで、大都市部の若者たちに対し「戦争に無関心」でいられる状態で戦争を継続している。反戦運動を力でも抑えつつ、一方で都市部市民の間で反戦気分が起きないように戦力調達を「プロ」だけでまかなって、世論コントロールをしている状態である。

 一方で、ウクライナは、小泉悠氏も分析している通り、人口がロシアの1/3くらいなのに、犠牲者は2~3倍くらい多いと思われるために、戦争初期に勇敢に志願した人たちだけでは人員不足になりかけており、「戦いたくない」と本音では思っている人たちまで、(形の上では「自発的登録」を促しているのだが)、実質、徴兵に近い形で兵士を補充しないと戦争継続が難しい段階に差し掛かっている。

 太平洋戦争末期に、それまで徴兵免除されていた大学生を学徒動員しないと戦えなくなった日本軍、というのを思い出させる。

 米英が「より強力な武器をウクライナ軍に支援」しつつあるが、戦争は武器だけではできない。戦う兵士の状況で言うと、練度の高い兵士は損耗が激しく、より未経験な兵士が最前線に送られる、という状況にウクライなはなりつつあるようである。

 NHKがこういう内容、「ロシア市民の無関心」と「ウクライナでは、戦争に向かない人、戦場に行きたくない人まで総動員で駆り出されるところまで追い詰められている」という取材VTRやロシア、ウクライナの世論調査を紹介した上で、冒頭に書いた、欧州および米国内の、「徹底継続派、ウクライナが勝つまで支援派」と「そろそろ停戦をさぐる」派の分裂、足並みの乱れを伝えている。

ということは、どういうことか。

 番組最後にNHKキャスターの「国際社会は今、ウクライナの徹底抗戦を支え続けるべきなのか。ロシアとの対話の道を探るべきなのか。どうお考えですか」という質問に、

小泉悠さんが苦悩を語る。

「以前、この番組にお呼びいただいたときに、『大国との戦争が始まってしまったらハッピーエンドはない』ということを申し上げたと思うのですね、今もその状況は続いているんだと思うのです。徹底抗戦を続ければその間、犠牲者は増え続けますけれど。他方で、降伏したらすぐに犠牲がなくなるかと。実際ブチャなんかでは虐殺が起きたわけで。そもそも暴力によってロシアがウクライナをねじ伏せたという事実が残ってしまう。どちらを選ぶかというのは哲学の問題であって、今、ウクライナ国民の多数が徹底抗戦を選んで決めているのであれば、我々としてはそれを支えるという他ないんだろうというのが私の考えです。もうひとつ、プーチンには開戦前後からの発言を見ると、そもそもどこかで妥協をする意志があるかどうか疑わしい。なので、テクニカルな合意、こういう条件で停戦をするということをプーチンに呑ませるには(中略)ウクライナが負けない程度に、できれぱ相当程度押し返せる程度の軍事援助をしてあげるべきだと思います。」

小泉さんは、悩みつつも、徹底支援派である。

一方、ロシアの専門家、静岡県立大学の浜由樹子准教授は

「どこかのタイミングで対話、外交交渉のアプローチが必要になると思います。(中略))この戦争を『民主主義対独裁』というイデオロギー的枠の中に押し込めてしまえば、対話など端からありえないということになってしまう。状況を変えるには、アメリカが対話の意志を示すということも必要になってくると思います。」

この人は「対話・停戦派」である。

 今まで浜さんという先生のことはテレビで見たことか無かったので、この人が起用されたということは、NHKスペシャルチームのこの戦争へのスタンスが変化したということだと思う。

 最後に東大法学部教授の遠藤乾教授が語ったのは、冒頭、戦争の初めのひと月の間、僕が主張していたの近い。「クリミアを棚上げ、ドンバスは2/24の線まで戻して(自治ないし独立を承認して)停戦」ということ。

 半年戦って、結局、そこを落としどころにしないと決着しないんじゃないの。番組の締めコメントがこの人の発言と言うことは、NHKも「そろそろなんとか停戦に向かった方がいいんじゃないの」という見方に傾いてきたということだと思う。

 しかし、ここまで長引かせたことで、2/24段階に戻すのさえ困難なほど、ロシアの実効支配地域は広がっちゃっているんですけど。その線には戻らないぞ。およそそのあたりに落ち着くのに、今まで、そしてこれからもどれだけの人の命が失われ、国土が破壊され、世界中に飢餓や貧困を巻き散らかすのか。そこまで押し返そうと強力な兵器支援の度が過ぎると、また核戦争の危機が近づいちゃうぞ。

 この番組内容を総括して考察すると、戦争の終わり方、ふたつのパターンしかない。

パターン①
ウクライナ側の今はまだ戦場に行っていない男性の中の「戦う気のある人」がどんどん減っていき、「戦いたくない人」が大多数になる。そうなるまで犠牲を出しながら戦争が続く。そうなると、いかに米英西側が武器供与をエスカレートさせても、ウクライナは戦争継続できなくなる。

パターン②
ウクライナが武器供与の効果でかなり押し返し、ロシア兵の損耗もますます増える。そして、ロシアの大都市部の「今は徴兵される心配がなく、無関心な若者・男性」まで総動員しないと戦争が継続できないところまでロシアを追い詰める。そうなると、ロシア国内世論の「反戦・厭戦気分」をプーチンが抑え込めなくなる。こうなると、プーチンも停戦交渉につかざるを得なくなる。

そのどちらかになるまで、この戦争は続いてしまう。ということが分かった番組でした。

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