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臨床を離れる前から続けていた仕事は…「ジャーナリスト」

産業医・元産婦人科医・医療ジャーナリストの平野翔大です。

 専門医取得への道半ばでキャリアチェンジをした、専門医資格なし・学位なしの医師7年目ですが、臨床で気付いた課題を解決すべく、産業医・社会事業家・ヘルスケア事業のアドバイザー・医療ジャーナリストと幅広く活動しています。狙って進んだキャリアではなく、計画性もあれば偶発性もあったキャリアですが、今は充実した日々を過ごしています。

 2023年12月までは医師のキャリアイベント「医師100人カイギ」の司会も務めており、さまざまな先生のキャリアにも触れてきました。この度の連載では「医師の臨床外でのキャリア」の一例として、私がどのようにキャリアを構築していったか、ご紹介させていただこうと思います。

 ここまでで私の仕事のうち「産業医」「社会事業家」「ヘルスケア事業のアドバイザー」にどのように至ったかについてご紹介しました。第11回の今回は、残る「医療ジャーナリスト」についてご紹介します。

「伝える」は力である

 今回は時系列で紹介するのではなく、先に「私が医療ジャーナリストをやっている意味」についてご紹介したいと思います。

 「ジャーナリスト」とは「新聞・雑誌・放送などの編集者・記者・寄稿家などの総称」(広辞苑)とされ、ある程度の専門的な分野・知識を持って個人の意見を交えつつ情報提供をする人をいいます。ただ、医療情報の解説記事を書くなど、個人の意見を交えない形だと「医療ライター」と呼ばれます。

 私は主に記事執筆・講演などを行い、分野としては産婦人科・生殖医療から産業保健といった医療に関わる専門分野から、男性の育児/育休、医師の働き方改革、医師キャリアなど、学術的というより社会的なテーマについても扱っています。それぞれにおいて現実を「知らせる」だけでなく、「何が問題か」を解釈して伝えるので、ジャーナリストとして名乗り、活動しているということになります。

 私が多く執筆する2つのテーマは「男性の育児/育休」と「医師の働き方改革」です。最近では自ら伝えるだけでなく、取材やメディア出演なども増えてきましたが、実はこの2つの「伝え方」の性質は異なります。

 後者は社会問題に対する問題提起であり、純粋な報道に近いですが、前者は自身が事業として進める内容であるために、事業の広報としての要素が入ってきます。本来の「ジャーナリズム」は広報を含まず、報道のみを指しますが、私にとってはこの「報道」と「広報」の双方でジャーナリストとしての仕事をしており、それぞれに価値を感じています。

臨床にいたときも、臨床を離れてからも
ずっと続けていた「執筆」

 今歩んでいるキャリアの中で、唯一臨床を離れる前からやっていたのがこの物書きでした。長野県で過ごした初期研修医時代に、豪雨災害に遭ったことがきっかけで始めたのですが(連載『台風19号の被災地で働く研修医が見た光景』)、それ以前から出版コンペに出したことがあったりと、それなりの経験はあり、文章を書くのは好きだし得意だと感じていました。

 臨床医時代は匿名で執筆をしており、媒体もm3.comを中心に、会員登録などがないと読めないようなクローズドな環境で書いていました。唯一の例外がNewsPicksで、これは執筆というよりSNS要素が強いですが、ニュース解説を書く形で、当時としては多めの1,000名を超えるフォロワーを持っていました。これもジャーナリズムに近い活動です。

 臨床を離れた時も、これだけは続けたいと思っていたのが執筆活動です。医療経営などの勉強と一緒に、実は医療ジャーナリズムやメディカルコミュニケーションについても勉強会や学びの機会を持つようにしており、新聞社経験のあるプロの下で学ばせていただく機会も得ました。この時期、多くのキャリアをリセットして新しく構築していたのですが、自分の「強み」と自覚していた物書きだけは、さらなるスキルアップを図っていたのです。

 特に自らの産婦人科時代の経験と、執筆スキルを最大化させた成果と言えるのが、「男性の育児/育休」の発信。2022年4月に、当時まだ認知が薄かった「産後男性のメンタルヘルス不調」について初めて商業媒体で執筆し、以降さまざまな媒体での執筆を続け、2023年4月に新書『ポストイクメンの男性育児』(中央公論新社)として男性育児の社会課題をまとめました。

 今では多くのメディアで男性の育児参画の課題や産後のメンタルヘルス不調について取り上げていただいており、専門家として取材されることも多くありますが、発信を始めたころは、検索サービスで調べても情報はあまり出てこなかったのが実情でした。今ではニュースも専門的な記事も増えましたが、検索トップ10本の半分近くは私が関係している記事です。

 同時に、2022年12月に立ち上げた社団法人ではこの課題を解決する事業を行っています。社会課題について自らの手で伝え、社会問題として広く認知してもらい、そのうえで解決策を提示し、事業化していく。マッチポンプと言うこともできるかもしれませんが、実は社会課題をきちんと事業化し、マネタイズするうえでは「適切な収益を得ること」が課題になることが多く、その意味で「自らの手で伝える=市場を作る」ということは大きな力になるのです。

「伝える」ことの難しさ

 今ではSNSの普及もあり、多くの医師が自ら発信しています。これ自体は素晴らしい、価値のあることとは思いますし、専門家が平易に情報を伝えられることは多くの利があると思います。以前にはWELQ騒動など、専門性の低い適当な記事を量産したなんて問題もありましたし、これに対して、現在は質が担保されやすいでしょう。

 その反面、特に医療領域では「伝えることの専門性」は軽視されがちです。よく自らが公に出した情報を「間違った受け取られ方をしている」と怒る方がいますが、往々にして「伝え方の問題」が見られます。

 「情報が正しくても、伝え方を間違えれば、誤って伝わってしまう」というのは物書きの原則です。COVID-19の流行でもさまざまな医師が発信をしましたが、時に攻撃的な発信で多くの「アンチ」を生んでしまっているのも現実でした。公衆衛生のことを考えれば、反医師・反医療的な考えの方が増えてしまうのは大きなリスクですが、これを「正しい情報を伝えようとした」が故に起きていることすらあるのです。

 私がジャーナリズムを学ぶなかで何回も言われたのが、「何種類もの読み手がどう受け取るかを全て考える」ということでした。例えば男性の育児・育休を扱うならば、父親だけでも育児をする父親、育児が好きな父親、育児で不調になった父親など多彩な父親像を考えますし、さらに、協力的な父親の妻、非協力的な父親の妻、シングルマザーなど、母親についても多様な属性がいることを考えます。

 父母だけではなく子ども自身、祖父母、会社の人事担当者などなどさまざまな方が読む可能性がありますし、同時に一人が複数の属性を持ちながら読むことにもなります。この「誰に向けた」メッセージであるのか、そして同時に「全ての方に読まれた時に強い不快感を抱かせない」メッセージになるよう、言葉の1つ1つまで吟味をしなさい、ということを何度も実践を通じて叩き込まれました。

 もちろん文章や言葉遣い、構成なども大事な要素です。しかしこれら全てに通ずる「読み手のことを第一に考える」、そして「読み手が予想外の受け取り方をしたのであれば、自分の書き方に問題がある」という考え方を教えていただいたのは、改めてジャーナリストとして活動をするうえで大きな財産になりました。

 まだまだスキルとして十分とはいえない部分もありますが、この想いを忘れずに研鑽していきたいと考えています。

クロージング

 今回は少し毛色が違う、「ジャーナリストの根源」について紹介させていただきました。

 私にとってジャーナリストであることは、産業医と同じくらい「専門性」として意識していることです。確かに「ジャーナリスト」の肩書は自由に名乗れ、特に資格もいりません。しかしだからこそ、本当に仕事にしていくためには高いスキルと倫理観を求められるとも思います。

 発信することで世の中にさまざまな問題を知っていただくと同時に、課題解決のための力にするというのは、ある意味では諸刃の剣ではありますが、適切に使えば本当に強い武器になります。そして医師の持つ専門性と、「伝える」という専門性を高めて掛け合せれば、それは世の中の課題を直接解決しうる力すらもつ素晴らしいものだとも思います。

 次回は「産業医」「社会事業家」「ヘルスケア事業のアドバイザー」「ジャーナリスト」の4つをまとめる形で、今メインの活動としている「父親支援事業」について、なぜ踏み出したのか、そして何を目的にしているのか。一つの「医師の社会貢献の形」としてご紹介させていただきます。引き続きお読みいただけますと幸いです。

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