私の中ではすでに世界遺産「江之浦測候所」探訪
現代美術家の杉本博司さんが構想し創り上げた小田原にある「江之浦測候所」に行ってきた。
完全予約制で人数制限があり、静かにゆっくりと鑑賞できるのが良い。どのような環境で体験すべきなのかも、きちんとコントロールされているのだろう。
古生代の化石、縄文時代、飛鳥時代、桃山時代、江戸時代などの遺物、そして現代アートがこの江之浦に集められ、一つの世界を作っている。太古の生き物たち、人間の手で作り出された膨大な創作物の連なりの果てに、今、この現代が存在することを感じさせる。
しかし、「古い・新しい」といった時間のヒエラルキーというものはここにはない。歴史的な遺物も現代アートもここでは同じくタイムレスな、あるいは同時代的なものとして訪れる人の前に存在する。
かつてニューヨークで古美術商を営んでいた現代美術家、杉本博司さんの歴史に対する深い理解と審美眼がなければ作れなかった唯一無二の場所だ。
杉本さんが収集してきた膨大なコレクションを見ていると、私の勝手な想像だが、自分の亡き後、このコレクションをどう残していくのかを実践しているようにも思え、これは個人の歴史と人類の歴史を後世に伝えるための「壮大な終活」なのではないかとさえ思えた。
これは鎌倉時代の五輪塔。他にも何気なく庭に置かれた石が、廃寺の礎石をこの場所に移設したものだったりと、全てのものに物語がある。
ただし、展示されている遺物のそうした歴史的な背景を知らなくても、この江之浦測候所は十二分に楽しめる場所だ。人間が作ってきたもの「創作物」、そして人間が作れなかったもの「自然」が一体となった美しい調和がここにはある。
いくつかの場所には「止め石」が置いてあり、その先には入ってはならないことになっている。注意喚起の仕方も洒落ている。
この数理模型のオブジェは、限りなく細くなりながら、上へ上へと無限に伸びていく様を表現している。実際は物理的に無限を表現できないので、それぞれの頭の中でイメージするしかない。美術館の中ではなく、屋外にあってこそより意味をなす作品だ。
竹林を背景とすることでさらにその存在感が増している。最先端の技術と素材で作られた現代アートの作品にもかかわらず、何百年も前からそこにあったかのように佇んでいる。その場所にそれがあることが必然であるかのような美しさだ。
三葉虫の化石の前にある左の石は直径30cmくらいの隕石。下世話だがつい金額を考えてしまう。その右側にあるのはなんの変哲もない石。写真に撮り忘れたがこの後ろに「落石注意」と書かれた錆だらけの看板が設置されている。和歌山かどこかでゴミとして落ちていた看板とそのそばにあった石を拾ってきて飾っているのだそうだ。隕石とただの石。どちらも落石には違いない。杉本さんらしいユーモアとセンスが感じられる。
高価な隕石と拾ってきた無料の石、「落石」という括りに入れてしまえば、そこに優劣はないはずだが実際は違う。私たちが「価値」と呼ぶものは、一体どのように生まれてくるのかを問うているかのようだ。
大河ドラマ「青天を衝け」の題字もさりげなく飾ってある。上に向かって突き抜けていくような勢いと、少しバラけた文字の配置が絶妙だ。題字をデザイナーや書家ではなく、杉本さんに依頼したNHKの担当者の方はなかなかのセンスの持ち主だと思う。
海抜100mの地点に作られた100mのギャラリー。夏至の日には海からの太陽の光が真っ直ぐこの回廊を抜けていくそうだ。インカ帝国のような太陽信仰の古代文明の記憶を想起させるコンセプチュアルな建物だ。ギャラリーには杉本さんの代表作「海景」が展示されている。
ギャラリーを抜けた建物の端からは海が見渡せる。最後に杉本さんを真似て、その日、私が見た相模湾の「海景」を撮る。
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