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紅葉鳥倶楽部

紅葉鳥倶楽部

上手なのか下手なのかよくわからない毛筆で「紅葉鳥倶楽部」と書かれた木札がはりついた扉を開け、ゆうは中に入った。

今年、初めての出動である。

ロッカーに向かうまでの間、ゆうは、「倶楽部」っていつ見ても変な言葉だ、そもそもクラブって読ませるのが無理やりだよね、だいたいクラブってなんだよ知らねえよ、出だしの「紅葉鳥」もたいがい変だけどな、紅葉鳥くれない はとりというタカラヅカの役者かと最初思ったもんな、そういえば初めてこの場所に出てきたときに「くれない…はとり…??」と呟いたゆうに向かってリーダー(正式には部長らしい)は、
「あのね、ゆうさん。これは、もみじどり、と読むのです。室町時代に、動物や植物の異名を集めた…」
などとどうでもいいことを話続けてうっとうしいと思ったなど、毎年毎年の初出動の夜に思うのと同じことをだらだら考えていた。

だいたいロッカーが遠いのが悪い。


着替えて部屋に戻ると、Mちゃん(ちゃんを含めて名前)とリーダーがいた。Mちゃんの本名は知らない。ここでは誰でも好きな名前を名乗っていいことになっている。自分が使っているゆうも、初めてここに来たときにふと思いついた名前だ。

「おい、リーダー。他の奴らは?」

リーダーの代わりにMちゃんは、「久しぶり、ゆう。今日はわたしたちだけ」と微笑みながらふわふわと答えた。思い出した。Mちゃんのそのふわふわな感じが好きなんだった。自分には絶対にないふわふわ感。

「なんで?初日が大事って言ってなかったけ?」

「ゆうさん。暑いと思いませんか。ご存じのように規則には遅くとも11月頭には出動することとなっているのですが、どうやら創立者ですら想定していなかった状況になっているようです。」
「だから今日はゆうと私の2人で、前処理だけやるんだって」

「あーーーー」

確かに11月にもかかわらず昼間の気温は30度近くあった。規則が作られたのは平安時代と聞いたことがある。平安時代は気温が高かったらしいが、さすがにそのときの想像を超えてしまったのだろうか。

「おつとめご苦労様です。行ってらっしゃい。指差呼称ヨシ、安全第一でお願いします。」
リーダーのやたらと丁寧な言葉に見送られて、Mちゃんと今夜の現場に向かった。


リーダーのセリフによれば「今宵の月齢は19、下弦の月までもう少しです。」程度にきちんと欠けた月が昇ってきたころ、ゆうとMちゃんは里山のすそ野あたりに群生している楓の木に前処理剤を散布していた。気温が高いためか、どこか澄み切らない空を通ってきた柔らかな月の光を受けて、液滴がキラキラ輝いている。

前処理剤を散布するのとしないとでは、紅葉の色づきが全然違うらしい。何のため、誰のためにやり始めたのかは知らないが、歴代の紅葉鳥たちは1000年以上もこの作業を続けている。どうせきっかけは、美しい紅葉の下で和歌を一発うまくキメていいねの数を稼ぎたい歌人が言い始めたとかに違いない。当時、いいねがあったかは知らんけど。

それでもゆうは、月の光が瞬くこの景色が好きだった。毎年ペアを組むMちゃんのことも好きだった。ただ、もっと好きなことがあったような気が常にしていた。それがなんであるかは、どうしても思い出せなかった。


作業も終わろうとする頃、ある大きな楓の木のてっぺんに二人は座って最終チェックをしていた。

ふとMちゃんが言った。
「あのね。私、思い出したんだ」

Mちゃんは、チェックシートを握りしめたまま下を向いていた。いつものふわふわ感が薄くなっている感じがした。

「え?何を?」
「名前を付けてくれた人のこと」
「えっ?」

「これは本当のことかはわからない。でも、多分、Mちゃんと名前を付けてくれた人と私は、しばらくの間、一緒に過ごしていた」

Mちゃんは続けた。

「それがどれぐらい前のことだったか…。ただ、ある冬の日、私はその人と別れなければならなくなった。その人はとても悲しんで、私を手に包んで繰り返し繰り返し、いつまでも名前を呼んだ。何年たっても、私のことを思い出すたびにそっと名前を口にした。その人が呼ぶたびに、私の周りには空から花が降ってゆっくりと積もっていった。そして、あるとき、紅い一枚の葉っぱが降ってきた。白い花の上に降り立ったその葉に触れると、いつのまにかリーダーが横にいて、私を紅葉鳥倶楽部の扉の前に連れて行ってくれた」


ゆうは無言だった。


もっと好きなことって…
もしかして自分やMちゃんや他の紅葉鳥たちって…


***

お二人とも、本当に長い間、ご苦労様でした。とても名残惜しいのですが、お二人とも本来いるべき場所にお戻りになるときが来たようです。Mちゃんさんやゆうさんをはじめ、私たちは異名を持つ者です。そして、ある条件が満たされたときに、自然の葉が色づくのをほんの少しだけ助けることができるようになります。お二人のなしたお仕事は、素晴らしいものでした。また、お会いしましょう(私たちは何度でも再会することになっていると聞きます)。

***


ふと気づくと二人とも手にカードを持っていて、そこにはリーダーの丸っこい字でそう書いてあった。



二人はしばらく見つめあい

手を繋いで

そして月の光の中に消えていった。





#シロクマ文芸部

☆あとがき
これまで一緒に過ごした鳥たちのことを想いながら書きました(鳥を飼ったことのある人だったら理解してもらえるかも)。この話の結末があっけなくて短いのは、Mちゃんの言葉を書いていたときに涙が溢れそうになってどうしようもなかったからです。 落ち着いたら結末は書き直したいと思います。