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信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(4)

 本の形が生まれてゆく「過程」を大切にすること。

信陽堂の丹治史彦さんと井上美佳さんは、本という存在に命を吹き込むように、一冊一冊の本を世の中に送り届けて来られました。

制作に関わるメンバーとともに、あらゆる角度からその本が持つ可能性を検討し理解を深めながら、それぞれの力を最大限に生かせるようにスケジュール調整を行うことはもちろんのこと、必要に応じて、本に用いる素材の並べ替えや腑分け作業を行うことも、編集者として欠かせない役割なのだそう。

しかしながら『からむしを績む』は、これまであたりまえに行ってきた編集者としての役割を簡単には受け入れてくれない存在だったと、丹治さんは振り返ります。

制作期間とコロナ禍が重なったことをはじめ、あらゆる段取りがうまく行かない状況を次第に「からむしらしい」「からむし的」と感じるようになった背景について、今回は少し踏み込んでお話をうかがいました。

◾︎信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(3)「手作業でできる製本屋さんは、東京でも僅か

からむしが整理されるのを嫌がっている?


前回のお話に続きますが、『からむしを績む』の刊行記念として開催された松本での展示会には丹治さんもいらしていましたよね。

丹治 はい。関連企画として開催されたトーク *1 への参加を兼ねて伺いました。そういえば、美咲さんもおられましたね。

はい。『からむしを績む』の制作についての丹治さんのコメントがとても印象的で、実は今回のインタビューでもぜひそのことをお聞きしたいと思っていました。「編集の仕事は腑分けをしていく作業だけど、この本の場合は整理をし始めるとうまくいかなくなる」とおっしゃっていましたよね。その辺り、もう少し説明いただけませんか。

丹治 とても説明し難いことなのですが・・・。はじめに「腑分け」というのは、未整理のままバラバラな状態のいろんな素材を、たとえば時系列であったり、テーマごとであったり、いくつか軸を立てて並べなおしていくことです。ポイントは、読者が混乱なく読み進められるようにすること。場合によっては、本筋に対して枝葉と言ってもよいような部分を払い落としたり、起承転結をイメージして話題の順番を入れ替えてわかりやすく仕立てていく。これって、我々編集者の仕事の基本でもあるんです。

 けれど、このたびの『からむしを績む』の制作過程では、この基本をそのまま実行することができませんでした。渡し舟のおふたりがまず考えられたのは、「説明的な本にはしたくない」ということでした。からむしの産地の昭和村でどのようないとなみが続けられてきたかを知ってもらうための企画ではあるけれど、たとえば工程を追って解説するような本にはしたくない、と。この点とあわせて、からむしのいとなみそのものというより、「雰囲気を伝えたい」というおふたりの希望もありました。

 雰囲気的なものって、通常は、それこそ編集作業で払い落としていく部分なんですね。知ってもらうためには、ふつうに考えれば、何が行われているのかをより正確に具体的に伝えようと進めるところですが、そういうやり方を最初から拒絶された。というと言い過ぎかもしれませんが、少なくとも「そういうものではないんです」という前提からスタートした企画でした。

 そうなると、「私たちとして何ができるの?」と思うこともあるわけです。でも、編集の作業はもう半ば身体が覚えていることなので、バラバラの素材を目の当たりにすると、習い性のように整理を始めてしまう。すると、「いやいや、そうじゃないんです」と押し戻される。関わるうちに気がついたんです。たぶんそれは、渡し舟の個人的な好みや思いからだけじゃないな、と。むしろ、〈昭和村のからむしのいとなみ〉の総体みたいなものから、「そういう整理を私たちは求めていません」と言われているように感じることが度々あって。

写真家・田村尚子さんの作品とリルケ『マルテの手記』の古書 
『からむしを績む』KYOTO exhibition(かみ添 京都 2021.7 )撮影:木村幸央

トークでは「からむし的」ともおっしゃっていましたね。

丹治 そうですね。ただ、じっさいは、言うほど簡単に得心できたということではありませんでした。先ほども言いましたようにコロナ禍の最中で、思うように取材日程が組めなかったり、意思疎通がうまく行かなかったりということもありました。さらに、制作にあたって取得していた助成金の関係から本の納期は決まっていて、あまり悠長に時間をかけるわけにもいきませんでした。

 しかも、この本の装幀の仕上げは、先ほどもお伝えしたように一冊一冊を手作業でやらなければならなかった。大変な作業ですから、仮に何かトラブルがあっても、やり直しが利くよう時間の余裕を持っておきたいがためにいろいろと段取りをするのですが、その段取りがことごとくうまく行かなくなっていく(苦笑)。

 そういう状況が重なっていく中で、ふと「ああ、からむしが整理されるのを嫌がっているんだなあ」と思いいたったというわけです。目的に向かって最短ルートを進むのではなく、回り道や立ち止まる時間の中に「からむしのいとなみ」の本質があることを、状況が教えてくれた。そうしなければ、からむしに象徴されるような暮らしに織り込まれた豊かさは見えてこないよ、と諭されているようでした。

哲学者・鞍田崇さんのテキストの活版印刷
『からむしを績む』MATSUMOTO Collective:(10cm 松本 2021.11 )撮影:木村幸央

時間的に間に合わないという焦りを常に感じられていたのですね。

丹治 そうですね。当初は2020年の4月に本づくりのメンバーで昭和村に集合して、何泊か合宿をしながら「本の骨組みをガッと作ってしまいましょう」という計画でしたが、コロナのせいで、当然ながら集まれなくなってしまいました。そもそも、その時点でコンテンツを一通り揃えるという目標も達成されませんでしたし。製本作業はまだ一年先ではありましたが、かなりの時間がかかることを予想していました。ですから、焦りはずっとありました。

鞍田さんのテキストも結構ギリギリだったとか。

丹治 それもお聞きになっていますか?

少しだけ(笑)。

丹治 あはは。テキストは4月に予定していた合宿にあわせて、「3月いっぱいで書いてください」とお願いをし、鞍田さんも了承されていました。ですが実際にテキストをいただいたのは11月でした。もしかすると鞍田さん自身も、「からむしに書かせてもらえなかった」のかもしれませんね。

 しかしそうだとしても、このタイミングだと誤植や誤字がないよう必要最低限の校正をして、あとはもう製本が間に合うように印刷するだけみたいな状況です。編集的には、私たちはほとんど何もさせてもらえなかった。本当であれば、いただいたテキストをもとに制作関係者全員であらためてこの本にはどのような姿がふさわしいかについてディスカッションをして、最終的な構成を検討したかった。言葉と写真とデザインが有機的に影響を与え合いながら、そこにどのような本の姿が現れるのか。そのような本の生まれ方を志向していたのです。

 当然ながらテキストの中には様々な情報が入っていますから、それをもとに漆原さんには、デザインに何かしら手触り感を加えようとか、逆にやり過ぎたところは引き算しようとか工夫をしていただきたかったですし。漆原さん自身もやるべき仕事をあまりできなかったかもしれませんね。

渡し舟による「あとがき」も12月のタイミングだったんですね。

丹治 それもきっと、鞍田さんが何を書かれるかを見極められていたように思います。下書きはしていたと思いますけれど、やはり本文と呼応するかたちで書かれるべきものだから。渡し舟のおふたりも、原稿の仕上げを最終的にギュッと詰めないといけなくて、大変だっただろうと思います。

 お待ちした甲斐あり、鞍田さんからも渡し舟さんからも素晴らしい原稿をいただきました。ですからなおのこと、もう少し出来ることがあったのではないか、過程を経て生まれる何かがあったのではないか、と心残りがありました。しかし一方でやはり、こういう状況も含めて「からむし的」だと感じました。それは、自分の意思や力ではどうにもならない状況を受け入れて、その中でできることを坦坦と進めることを求められている、というか。まさに「じねんと」みずからなすべきことをなす、ということですね。

 結果としてはああいう形の本になり、みなさんに喜んでいただけているので、からむしが求める場所に着地できたのだろうと今は考えています。


(「(5)煮炊きをする〈火〉とともに」へ続きます。)


聞き手:髙橋美咲
表紙写真:鞍田崇 『からむしを績む』MATSUMOTO Collective:(10cm 松本 2021.11)

*1 『からむしを績む』刊行記念 上映会「からむしのこえ」&トーク(登壇:渡し舟・鞍田崇、2021年11月7日、10㎝)
  トークの様子はYouTubeで視聴できる。 https://youtu.be/rgEdsGC_Udg 

【プロフィール】
丹治史彦さん リブロポート、メディアファクトリーを経て、2003年10月、港区南青山にてアノニマ・スタジオを設立(2007年台東区蔵前に移転)。「ごはんとくらし」を軸にした出版とフードイベント、ワークショップなどを展開。2010年7月、井上美佳さんとともに信陽堂として活動を開始。
井上美佳さん リブロポートで主に児童書の編集(五味太郎さん、たむらしげるさんほか翻訳物など)を担当。1996年からフリーランスとして活動。主に生活書(内田真美さん「最後にうれしいお菓子たち」、瀬戸口しおりさん「私の手料理」、エフスタイル「エフスタイルの仕事」、ナカムラユキさん「365日雑貨暦」ほか)を編集。2010年7月、丹治史彦さんとともに信陽堂として活動を開始。


『からむしを績む』

編 者: 渡し舟(渡辺悦子・舟木由貴子)
テキスト:鞍田崇
写 真: 田村尚子(vutter kohen)
デザイン:漆原悠一(tento)
編 集: 信陽堂編集室(丹治史彦・井上美佳)
校 正: 猪熊良子
印 刷: 株式会社アイワード有限会社日光堂
製 本: 株式会社博勝堂
仕 様: A5変形・112頁
部 数: 特装版:限定 80 部|普及版:限定 420 部(第二刷 500部)
発行者: 渡し舟(〒968-0212 福島県大沼郡昭和村喰丸字三島 1053)
2021年3月31日 初版第1刷発行
2021年11月3日   第2刷発行

◾︎購入の お問い合わせ先:渡し舟 watashifune@outlook.jp


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