インタビュー|からむしを績む

『からむしを績む』は布から生まれた本。ちょっと不思議なこの本に込められた思いとは。関係…

インタビュー|からむしを績む

『からむしを績む』は布から生まれた本。ちょっと不思議なこの本に込められた思いとは。関係者へのインタビューを通じてひもといていきます。 執筆:髙橋 美咲 | 協力:鞍田 崇 | 監修:渡し舟

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写真家・田村尚子さんのお話(5)

からむし布の風合いが美しく写しとられ、白銀色の箔押しがされた本書の表紙をめくると、ライナー・マリア・リルケの『マルテの手記』を導き手として、雪深い村で布を手がける女性の人生を描き出した物語の世界へと誘われました。 短くも濃密で温かい物語を読み終えると、田村尚子さんが撮り下ろされた写真パートへ。冬から春を巡るように撮影された昭和村のさまざまな景色と、やがて布となる植物の姿。それらの多くは、からむしの周辺を歩くように、直接的な接続を限りなく抑制したかたちで表現されています。

    • 写真家・田村尚子さんのお話(4)

      『からむしを績む』に収められた田村さんの写真では、人の姿はまったく映し出されていません。そしてまた、全体の半分ほどを締めるのは、一見すると、からむしとは関わりのないように思われる景色です。 からむしについて語られるとき、多くの場面で、素材から織りまで ”すべてが人の手によるもの” であることが強調されがちなのを思うと、本書のスタンスの独特さに気がつきます。人間だけでなく、 ”そもそもそこにある素材や自然との関係性があって成りたっているいとなみである” ということ。そうした点

      • 写真家・田村尚子さんのお話(3)

        昭和村との関わりを少しずつ深め、ファインダー越しに新たな視点を掴んでいかれた田村尚子さん。その眼差しが捉えたのは、村の様々ないとなみと自然との深いつながりでした。そのことは、『からむしを績む』に収められた写真たちにも反映されています。田村さんは、そのなかでもひときわ象徴的とも言うべき一枚があると言います。 第3回では、初めて一人で昭和村を訪ねられたときのこと、さらには、本づくりにあたって、どういう世界を写真を通して伝えようと思われたのかお話いただきました。 放棄されるので

        • 写真家・田村尚子さんのお話(2)

          「インタビュー|からむしを績む」では、これまで本の制作に関する話題を中心に、編集者である信陽堂の丹治史彦さん・井上美佳さんと、ブックデザインを手がけられたtentoの漆原悠一さんの視点から、それぞれお話をうかがいました。 一方で、『からむしを績む』の写真を担当された田村尚子さんは、「本づくり」という目標が定まり動き出す以前から、昭和村・からむし・渡し舟のおふたりと出会われていました。そうしたなかで、流れる時間と積み重ねられてきた物事から発される、この土地ならではの小さな印を

        写真家・田村尚子さんのお話(5)

          写真家・田村尚子さんのお話(1)

          「いつか物を撮って欲しい」 まだ、田村尚子さんが昭和村を訪ねたこともなかった頃のこと。友人でもあった鞍田崇さんは田村さんに対して、そんなお話をされたそうです。 人物から背景を感じる写真の切り取り方に興味があったという当時のことを振り返ると、このときのやり取りが、からむしのいとなみに向きあうきっかけとなったのではないかと、田村さんは言います。その後、どういった経緯から福島県の山間部に位置する昭和村を訪れ、『からむしを績む』の制作に携わることになったのでしょうか。 「インタ

          写真家・田村尚子さんのお話(1)

          tento 漆原悠一さんのお話(5)

          デザインという仕事を通して「個人の純粋な考えや思いをそのままに、自然な形で表出させたい」と気持ちを深める背景には、一人の写真家と作品の存在がありました。 「土地の記憶」をテーマに長崎の爆心地跡や周辺の風景を真摯に、かつ静かな熱をもって撮り下ろされた写真群を前にして、「この仕事は誰かに任せるのでなく、自分が出版元となって形づくっていきたい」。そう直感的に感じたことをきっかけに、事務所(tento)と同名の出版レーベルを立ち上げた漆原さんは、2019年7月に一冊の写真集を刊行さ

          tento 漆原悠一さんのお話(5)

          tento 漆原悠一さんのお話(4)

          漆原さんが心を配るデザインは、決して大きな声で呼びかけるものではありません。 目の前の物語やコンテンツの内にある、小さな声に丁寧に寄りそい、耳を澄ませること。そうして自然に立ち上がってくるような佇まいが理想だと語ります。 戦後から経済成長期にかけて、消費活動を後押しする広告デザインが注目される時代がありました。物を所有する喜びで満たされた時代から、インターネットの普及とともに情報が溢れる時代へと移りゆくなかで、デザインの役割も変化しているのではないか。 そのような視点も

          tento 漆原悠一さんのお話(4)

          tento 漆原悠一さんのお話(3)

          漆原さんが本づくりのメンバーに加わり、からむしの布を纏った本が形作られていく過程は、感染症の影響が拡大していく渦中でもありました。 最初の緊急事態宣言があけてしばらく経った頃、一度しか昭和村を訪問することが叶わなかった漆原さんを気遣った編集者の丹治さんは、とある提案を渡し舟のおふたりにされたそうです。 第3回では、この本づくりを通して漆原さんが考えられたことや、いよいよ完成した本を手にして感じられたことについて、お伺いしていきます。 手の存在を確かめながら デザインの作

          tento 漆原悠一さんのお話(3)

          tento 漆原悠一さんのお話(2)

          本の内側をきちんと伝えるために、抑制を効かせた佇まいを目指したという本書。それはまた、昭和村の冬を思わせる静かな雰囲気を纏ったものでもありました。 漆原さんがデザインを行うにあたり、からむしの布と本の関わりについては、とりわけさまざまに探求されたそうです。 「形」としてあらゆる可能性が浮かび上がるなかで、『からむしを績む』は、どのようにして現在の姿に着地するに至ったのか。第2回では、装幀の制作プロセスについて、詳しくお伺いしています。 静かに始まっていくほうが、昭和村ら

          tento 漆原悠一さんのお話(2)

          tento 漆原悠一さんのお話(1)

          たっぷりと陽射しを浴びて草木が生い茂る初夏のこと。 東京都心から少し離れた閑静な住宅街のなか、約90年にわたってその地に腰を据えて佇む一軒の日本家屋を訪ねました。グラフィックデザイナー、漆原悠一さんの仕事場です。 瓦屋根を載せた木造の門をくぐり抜けた先で、まず出迎えてくれたのは、まっすぐと背を伸ばして多くの実をつけた胡桃の木。丸みをおびた葉が穏やかな午後の光と風を浴びて気持ち良さそうにそよいでいる光景は、デザインという言葉から連想されるスタイリッシュなイメージはまるでなく

          tento 漆原悠一さんのお話(1)

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(5)

          〈いとなみ〉のそばにーー 。そんな思いを大切に、これまで本をつくり続けてきた信陽堂の丹治さんと井上さん。 お仕事の根底には、「いまを生きる人がどういう場所で、どのように暮らしているのだろう」という関心が絶えずあったのだと言います。 衣食住の大半を自分たちの手でつくりだす時代から、必要なものはお金を稼いで購入することがあたりまえとなった現在、私たちにとっての〈いとなみ〉とは何なのか。そうしたことをあらためて問いかけ、ときに時空を超えて、さまざまな〈いとなみ〉に出会う機会を与

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(5)

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(4)

           本の形が生まれてゆく「過程」を大切にすること。 信陽堂の丹治史彦さんと井上美佳さんは、本という存在に命を吹き込むように、一冊一冊の本を世の中に送り届けて来られました。 制作に関わるメンバーとともに、あらゆる角度からその本が持つ可能性を検討し理解を深めながら、それぞれの力を最大限に生かせるようにスケジュール調整を行うことはもちろんのこと、必要に応じて、本に用いる素材の並べ替えや腑分け作業を行うことも、編集者として欠かせない役割なのだそう。 しかしながら『からむしを績む』

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(4)

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(3)

          本づくりが動き出した当初、信陽堂の丹治史彦さんは渡し舟のおふたりに「本はプロダクトなんです」と、伝えたそうです。 これまで渡し舟が、からむしを通して行ってきた手仕事のいとなみを「本」にするということは、プロダクトの世界へ一歩踏み出すことでもある。 その一方、製本過程で多くの手作業が必要とされた本でもあったため、この本づくり自体がプロダクトと手仕事のあいだで双方の可能性を見極めながら、バランスを探る試みでもあったのだとか。それは、からむしのいとなみに通じる「じねんと」な姿勢

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(3)

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(2)

          東京都文京区を拠点に活動される信陽堂は、「いとなみのそばにある本をつくります」という想いのもと、丹治史彦さんと井上美佳さんによって運営されています。 本づくりのきっかけとなったのは、藍染をほどこされた一枚の布。 からむしのいとなみを感じ、この布が辿ってきた物語に寄りそう存在としての「本」とは、どのような姿をした物なのか。 第2回では、装幀の方向性や布の扱いを中心に、抽象的なイメージから現実の物として形づくられていく過程についてお話をうかがっていきます。 ヘンテコリンな

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(2)

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(1)

          『からむしを績む』は、布から生まれた本。 ちょっと不思議なその成り立ちは実際どういういきさつだったのか、そもそもそこにはどんな思いが込められたのか。関係者へのインタビューを通じてひもといていきます。  * * *  ひとつのフレーズがずっと耳に残っていました。 「結果としては、とても〈からむし的〉だったのではないか」 それは、『からむしを績む』の制作に携わった方たちによるトークイベントで発せられたフレーズでした。ここで語られる〈からむし的〉とは、なんだろう? からむ

          信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(1)