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マイネーム問題

話せば長くなるのだが、ついに書くべき時がやってきた。マイネーム問題、正確にはマイ苗字。「鑓屋翔子」と漢字で書けば、まるで80年代のレディース総長。テストの時間、一斉に鉛筆がけたたましく騒ぎ出すと、画数の多い自分の名前を書いてる時間さえ惜しくなる。プレッシャーで焦ってひらがなで書いて、先生に怒られた。

私の苗字をすんなり読める人は一体どれほど存在するのだろうか。そしてさらに正しく書ける人といったら一体。30年近くマイネームと付き合ってきたが、間違えられること数限りなしだし、え!?って怪訝そうな顔をされるの慣れっこだし、私も自分の苗字でなかったら「鑓屋」なんて読めなかっただろうし、少々間違ってたってわざわざ目くじら立てたりしない。転校した先でもらった給食袋にはデカデカと油性マジックで存在しない「鑓屋」を書かれていたけど、私はそっと6年生まで使い続けた。

両親がいつも電話口で「金へんに遣唐使の”遣”です。」と説明してたから、私も疑うことなく同じように説明してたけど、全っ然伝わらないんだよね、これが。そもそも、突然歴史上の人物を電話口で登場させても、「ああ!あの”遣"ね!」なんてピンとくるような瞬発力の持ち主は誰もいない。その事実に気づいていないのだろうか、うちの両親、さらには祖父母まで今でもそうやって「鑓屋」を説明している。伝わっていないのに、なんてタフな人たちなんだ。とはいえ、私的ベストアンサーの「派遣の遣です。」と言っても「はいはいあれね!」と簡単にはなってくれないけれど。とにかく、このマイネームは常用外な上に画数が多くてとっつきにくそうなのが問題なのだ。

先週末にあった友人タマイの結婚式でのこと。披露宴の席次表には「鑓屋」ではなく、あろうことか「鎚屋」が座っていた。な、なに〜!まさかこんなところで
・・・さすがの鑓屋だ、と思わず感心して、一緒に参加した友人に「鎚屋だって〜」って笑ったら、友人は(え、違うの?)って顔を一瞬してから「誰よそれ〜」ってあからさまに合わせて笑った。テーブルにつくと、可愛いタマイからのメッセージカードが添えられている。ふと手に取ると「鎚屋翔子様」、、、ってお前もかー!間違えてたの式場の人かと思ってたけど、タマイかー!!まあ、いいんだよ。結婚式の準備でマリッジブルーのひとつやふたつ、タマイにもあったに違いない。それに比べてこんな小さな間違い。たとえ鎚屋であっても、祝福する気持ちに変わりはない。

披露宴が終わり、鎚屋のことなどすっかり忘れてほろ酔いで旅館に戻ると、年配のおかみさんが「お金払っといて〜」と私に請求書を差し出した。すぐに飛び込んできたのは、またもや存在しない鑓屋の字。おーい!なんなんだ今日は。ヤリのバリエーションが多すぎて、ツッコミにいとまがない。まあまあまあ、もういいんだ、本当によくあることだから。コミュニケーションさえとれたら苗字なんて問題ない。もはや私は、みんなの想像力に感心するよ。書き出しから、あれ?って筆を止め、金へんの右側のもやっとした部分に悩まされているみんなの姿を想像すると愛おしさすら感じているよ。まあでも本当はよく見てみるとちゃんと書けるんだけど、いや、私がこうもややこしい苗字にうまれてごめんなさい。いつも本当にありがとう。

「鑓」って常用外漢字がさ、難しいからいけないって思うじゃない?じゃあさ漢字がダメなら、カナで書けばいいじゃない、って思うじゃない?だけど、それも案外、17世紀のパリに負けないくらい茨の道なのだ。

結婚式に続き、こないだの休みに友人と倉敷のかっぱへトンカツを食べに行った。かっぱはみんなが知ってる人気の名店だからいつでも行列が絶えない。お昼の時間をずらして行ったけど、それでもやっぱり行列していた。順番待ちの紙に友人が何食わぬ顔で「ヤリヤ」と記入する。あ!私の苗字はダメ!って言ったけど、もう遅かった。仕方なく、私は緊張感を携えながら行列に並んだ。10分ほど待っていると、店員さんが出てきて「カリヤさーん」と呼んだ。私はすかさず「はい!」と返事をした。友人は、え?違うよって顔をしているけど、それは間違いなく「ヤリヤ」なのである。なぜならば、ヤとカは親和性が強い。しっかりはっきり「ヤ」と書いても「カ」と読まれるのがマイノリティの運命なのだ。だから、「ヤリヤ」以外で呼ばれてもきちんと反応できるように私は気を抜けないってわけなのだ。オーダーを聞かれ、平静を保ったまま「名代(めいだい)とんかつをふたつ」と注文して私たちはようやく中に入った。

「カリヤさん、2名でーす!」とカウンターに案内され、席につくと「カリヤさん、トンカツでーす!」と厨房にオーダーが入った。カリヤのオンパレードにペースを乱されないように、私はそばにあったメニュー表に目をやった。しかし、そこで私は重大なミスに気づいてしまったのだ。メニュー表の名代とんかつには、よく見るとわざわざカッコをつけて(なだい)と付け加えられてある。なだい…。なんと、めいだいではなく、なだいだった!読み間違えている!!しかし、店員さんは私たちの読み間違いなど気にする様子もなく、爽やかな笑顔で私たちをカウンターに通してくれた。読み間違いに気付かせることなくオーダーを通してくれた。これまで幾度となく読み間違えられてきただろうに、なんたる心遣い。私は、いちいち「カリヤ」に引っかかる自分を恥ずかしく思った。(その後、家に帰って調べたら、名代って言葉は昔からあって、それは単なる私の無知だとわかった。それからちなみに平仮名で書いてもなぜか同じカリヤ現象が起きる。)

というわけで、このマイネーム問題はいつまでたっても解決できる気配はない。いつか自分に子供ができたら、その時はせめて誰でも読めるようなわかりやすい漢字にしようと強く思うのだった。

2017年12月21日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。