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母にかけた言葉。初めて見た母の姿。

想像も付かなかった、思いもよらぬことで母子家庭となった母と私。
地震から一か月ほどして祖父が、三か月後に祖母と父が見つかりました。

祖父の時も、祖母と父の時も私は人目を憚らず安置所で泣き崩れました。
肉親を失った悲しみ。変わり果てた姿への恐怖。大切な人の遺体が見つからないケースも多い中で家族の元に帰ってきてくれたという想い。
全てがぐちゃぐちゃに入り混じって訳も分からず泣きました。

母は涙ぐんではいたものの少なくとも私の前で取り乱すことはありませんでした。


それから時間が流れて、その年の冬のこと。
半年以上の時が経ち悲しみを決して忘れることはないものの、私達母子にも住んでいる町にも日常が戻り始めていました。
戻るといっても私達には以前寄り添ってくれていた家族はいません。

祖父の会社はそのまま廃業することとなり、私はそのまま高校生を続け母はコールセンターで働き始めていました。
会社に蓄えていたお金や保険金などで暮らしが厳しいということはありませんでしたが、母は時間を持て余すことを恐れているようでした。

ある日に2人で夕飯を食べている時、テレビでは嫁に厳しく当たる姑のような再現VTRが流れていました。

「渉がいつか結婚したら渉の奥さんに嫌われて追い出されるんだわねー」
笑いながら母は言いました。私は、
「今お母さんが居て本当にありがたいと思ってる。これからも一緒に居て欲しい。」
というようなことを何気なく返しました。

本当に何気なく出た言葉で深い意味も無かったと思います。
ただ、それを聞いた母からは言葉が戻ってきません。

テレビから視線を母に戻すと顔を覆って泣いていました。

「お母さん、」
と声をかけると母は堰を切ったように嗚咽をはじめました。
生まれて初めて見る母の姿でした。

地震の前でもいつも明るかった母、父の亡骸の前でも毅然としていた母。
さっきまで冗談を言っていた母。
そんな母が今泣きじゃくっている姿を見て私はどうすればいいのか、
かける言葉も出てきません。

自然に身体が動くままに母の肩をさすると母は私にすがるように抱き着いて泣き続けました。
見たことのない母の姿、普段スキンシップも無かったので違和感があり、現実でないような気がしました。

(お母さんの髪は良い匂いがする)
(お母さんの身体って柔らかいな)
母を抱きしめながらぼーっとそんなことを考えていました。

子供が思うほど母は強くなかった。
母が私を守るように、母を守れるのはもう私しかいないんだ。
そんな思いが芽生えた出来事でした。

#恋愛 #エッセイ #母子家庭 #近親相姦

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