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こころの探索

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雨のしずく

雨のしずく

何日ぶりかに梅雨がもどった
ガラス窓についた雨のしずく

しずくがここにくるまでに吸収した
この世のあらゆる物語を凝縮する刹那の輝き

ふと気づくと
窓ガラスには
ただわたしの不確かな身体が冷たく映っていた

しずくはもうない

花の孤独

花の孤独

あじさいの花が咲いた
公園の入り口のところ
われこそはと 無数の花が咲き乱れていた
けれでも 花たちは 浮かぬ顔をしている

どうしてだろう
世界はしんとしてなにもない
虫も菌もウィルスも何もいない
ひといきれやぬくもりもない

梅雨に濡れて あじさいの花はひときわ艶めく
でも 花たちが触れるのは ただ空っぽの空気だけ
私たちは 誰に向かって咲いているのだろう
花たちは だんだん空虚な気分になった

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こころはどこだ

こころはどこだ

わたしのこころはどこにあるのか
わたしのこころはどこかにはある

眼の奥のほうに ———— そのうつろな眼のなかにうつろなこころ
青雲のむこうに ———— こころ 風になって飛んでいってしまえ
心理学実験室に ———— 切り刻まれたこころのいたみよ
神のひざの上に ———— カミノミココロノママニ 
あなたのなかに ———— [

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静かな街

静かな街

通りを行き交うひとびとは
みななぜか口に蓋をされ、心に錠前をかけられている
魂は浮かび上がることができない
狭いからだに閉じ込められ もう息も絶え絶えだ

あんなにも たくさんの魂が舞い 渦をまいていたというのに
あんなにも 活力 ぬくもり うるおい が充ちていたというのに
いまはただ無味乾燥な空気があるだけ
強力なフィルターでぜんぶ濾してしまったように

空虚な空は不気味に静かだ
川の向こうあた

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舌をかんだ

舌をかんだ

また舌をかんだ
こんどは右側の奥のほう
コロコロしたしこりが
奥歯に当たる

痛くて仕方ない ということはないが
なんとなく 不快
気になって仕方ない ということはないが
一〇パーセントくらい 常に気を取られる

でも
実は いつかんだのか覚えていない
コロコロ不快なのに気がついて
あ かんだみたい————

膿んで腫れて ということもなく
放っておけば やがて治るだろう
かんだことすら 忘れてし

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眠れぬ夜に

眠れぬ夜に

静寂が耳に突き刺さる午前二時
夜の闇は底が抜け
意識はどこまでも沈潜する

黒の世界
あらゆるものが輪郭を失う
あらゆる力から解き放たれる

わたし あなた
ひとびと ものごと おもい
みな 小さな粒子となり 溶け出す

無数の粒子が
渾然一体となり
不規則に浮遊し 消え また現れる

黒い海のなかに
あのひとのほんのちいさなかけらを見つけた
それだけだった

やがて粒子たちは
それぞれ元のからだ

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四次元のアジト

四次元のアジト

初夏の碧い日差しが
高層ビルに反射しあう
露出オーバーな世界が
まぶしい

ビルの谷間にひっそり
小さな社が佇む
こんもり繁る木々は
外界の喧噪と過剰な光を遮断する

その昔
真田幸村がここで死んだという
道明寺から天王寺にかけて
激戦のなか多くの将兵が落命したときのことだ

いま
ガラスとコンクリートとアスファルトの連合体が
死者の無念の魂を
がっちりと封じ込めている

でも
この社の森は
人目

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魚の生

魚の生

漁港から届いた魚が
市場に並ぶ
あわれ 
捕らわれた魚たちよ

おおきな眼を見開き
ギロリと睨めつけ
涙をこらえ
鰓や口をビクッと動かし
大見得を切る
あるいは
静かに
どこか遠くを見ている

買われた魚は
順に
奥に運ばれて行く
最期のときにも
うろたえることなく
魚は魚として 
運命を受け入れ
その生を全うする

魚を食すとき
わたしは
魚の生そのものをかみしめるのだ
甘く ときに 苦い

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波と光

波と光

海に波が立つのは

太陽の熱のためだという

はるかかなたから

じんわりと ぬくめる

いま こころに波が立つのは

きっと どこか遠くから

じんわりとぬくめてくれるひとがいるからに

違いない

こころの波に身をゆだね

おぼれ

沈んでみよう

もっと もっと奥底まで

暗く深い闇のなかまで

あなたのぬくもりがひとすじの光となって

届いている

それを確かめに

その光をたぐりよせ

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