読めない名前。

 。ぱっと見読めないどころか、正直、例える単語もないので説明もできない。他人が付けた名前だとしたら完全に零点だ。事実、私の名前に組み込まれる予定もあったそうだが、案の定却下されている。読めない書けない説明できない常用漢字外。酷い有様だ。

 しかし、これを私はペンネームにしている。名字をそのままに、ペンネームにしている。
 「読めない」から、ペンネームにしているのだ。

 名前を売らなければいけない職であればもちろん致命的だ。漢字が読めないからと平仮名に変える人も少なくない。でも、それでも、たとえ読めなくても、寧ろ読めないからこそ、という名前にこだわりたかった。

 私は、小説に作者の影は必要ないと、常々思っている。
「これは男の人の書いた文章だから」「これは女の人の書いた文章だから」と、自分の口から無意識に出るたびに吐き気がする。他人の口から出るたびに、いやそこまでではないが、名前から性別を推測する時、作品ではなく、作者や人間を探そうとしてしまっている気がするのだ。
 事実、作者を探している時もあるのだけれど、私は作品を書くとき、自分の、作者の心を、極限の、底の、底に、埋め込みたいと思っている。名前や性別ごときで外に出てきて欲しくない、掘り起こして欲しくないのだ。見つからない位置に埋めて置いて、それでも見つけてもらえたら、なんだか嬉しい気がする。だから、「読めない」名前にこだわっている。以前は佚生だった。厨二病全開である。読みはいつき。人を失って生きると書いていつきですとか言おうとしていた。この頃に間違ってでもデビューしなくてよかったと思う。今もデビューできてませんがな。はっはっは、仕事が欲しい。

 だが、事実、私の性別の輪郭は、少しぶれたのではないだろうか。「私」と一人称を定義しているけれど、彌という字を見て、本当にあなたは、私の性別を認識できるだろうか。

 うん。

 ……総じて、そうだったらいいなぁ。という話である。
 いやまあな、知らんけどな。という話である。

 わたる。は、弥の旧字体である。最近なら、不死川さんちの息子さんとか思い浮かべてもらったらいいんじゃないかと思う。某鬼を滅するアニメの、主人公の、妹を、箱ごとぶっ刺した柱のお兄さんとか。某鬼を滅するアニメの、主人公の、同期の、避けたのに肩パンしてきたお兄さんとか。弥生時代とか言っても、まぁ割と通じるかもしれない。ちなみに、本名の説明をする時は意味通り「あ、卑弥呼の弥です……」と言う。大体通じない。私だって先日中学の時の社会のノートを開いた時、がっつり卑弥「子」と書いてあったのを見た。お前も覚えとらんやないか。最近は大人しく弥生時代と説明している。

 うん。

 上記の、いたるところの通り、本名に使われているものの、画数があまりにも多く説明もしにくいからと旧字体は却下になっている。母から「『彌』にしようと思ってたのよー」と聞かされた時、テストの解答欄ヤバそうだなとは思ったけれど、純粋に厨二病爆発人間だった私は、この漢字を気に入った。そして勿体ないな、この漢字。とも思ったのだ。
 母も、割とこの漢字を気に入っている様だった。救いたがりの私は、いろいろな名前を経由したのち、結局この、音は聞けば「わたる」と一発で覚えられるけれど、読むには少し難しい、性別の分かりにくい名前になった。名字は「金関」なので、「金関彌」で総画三十七字。

 いつか必要になるであろうサインのことは、考えないことにしている。

 うん。結局ペンネームなど、全部妄言だ。知らんけど。

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