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サイコパスっぽい(笑)

 皆様は、ビッグ・ファイブという性格診断をご存知だろうか。その辺の心理学テスト~信憑性低いけど楽しいやつ〜みたいなのではなく、実際に心理学を学問として学び、利用している人々の間でも度々使用される結構ガチめの診断である。

 私はこれを大学三年生の心理学で行い、簡易版であったがサイコパスすれすれの結果を叩き出した。

 診断結果に善し悪しは無い、と先生は早々に宣言したにも関わらず、その直後「いやでもこれらの傾向がある人はあんま良くないですね(意訳)」とかなんとか言って自分の作った前提を簡単にぶち壊したのは第一のツボだった。その授業へ1人で乗り込んでいた私は、いつもと同じ席に座りながら自分の診断結果を見て、心の中で大爆笑していた。これは第二のツボ。

 ビッグ・ファイブは人の性格の傾向を開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症的傾向の5つに分け、それらの性質がそれぞれどの程度あるかでその人の性格の傾向を図るものである。前述の通りあくまで傾向なので、善し悪しなどはないとされている。が。
 私の結果は、サイコパスとされている人間が示す数値にほぼ近く、何が違うかと言えば誠実性が高いことだけだった。要するに、これで誠実性の値も低ければサイコパス完全体である。めちゃくちゃ笑った。
 確かに私は例え誰も見ていなくとも絶対に赤信号は渡らないし、信号がないところも渡らないし、小さい時は廊下を走っては行けないと信じて疑わなかった。しかし今赤信号を渡らないのは、もし事故った時、自信満々に「法は破ってません!」と返事をできるようにだし、そうでなければ私のちょろそうな見た目からして他人の意見に食われるかもしれないと思っているからである。小さい時に持っていた純粋な誠実性は、現在ほぼ無いに等しい。確かに今も真面目だと言われるが、完全に打算的真面目である。

 久しぶりにふと、それを思い出した時、あれ、私って社会向いてなくね?笑 と思った。かっこわらい。マジで笑えない。そういえば、父母もなんだかそんな感じである。心から楽しそうにしている時もあるが、時々なんだか人の心がない。蛙の子は蛙。長年本当に私は彼らと血が繋がっているのか? と思っていたが、顔が大して似ていなくても、中身が一緒だったらしい。本当に、人間は似なくていいところばかり似る。

  話が逸れた。

 そうしてビッグ・ファイブのことを思い出して、社会向いてなくね? と思ったと同時に、だから書類審査で落ちるのか、と変に納得してしまった。
 就活には、テストと一緒に性格診断的なものがある。いや、恐らくテストの点数が悪いことが一番の問題だが、でもテストの点数が悪くて、ちょっと転がればサイコパスになるような人間など、もし私が会社を経営していたら絶対に取らないだろうなと思う。怖すぎる。最悪会社が転覆する可能性がある。リスク管理として当然のことだと思った。

 でも同時に、こうして社会に馴染めないことでうっかりアウトローに走るから、結果的に私が該当している傾向の人間がサイコパスなどと呼ばれるのだろうなとも思った。ただちょっと過半数に適合していないだけで、今の社会では簡単にあぶれる。

 でもまぁ折角なら楽しいことだけ選んで、サイコパスっぽく生きてみるのも悪くないのかなと思う。早々に絶滅危惧種になるかもしれないが。

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