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大きくなったらライオンになる。

それは息子が3歳、年少のある日の事であった。
「(息子)は、大きくなったら何になりたい?」
息子はまっすぐに私を見て、きっぱりと言った。

「ライオンになる!」

そんなに息子がライオン好きだったとは知らなかった。動物園に行ったばかりという訳でもないし、どちらかと言えばヒヨコとか、ウサギとか、猫とかいった小さいもふもふ系が好きだと思っていたのだが。いや問題はそこではない。

幼稚園での七夕イベント、なのである。

目の前には配られた色とりどりの短冊とペンがあり、制限時間も存在する。
私は素早く周囲の様子を伺い、それぞれのお母さん方の手によって着々と「かめんライダーになれますように」「ケーキやさんになりたい」といった文字が短冊に書かれていくのを確認し、念のためもう一度、小声で息子に聞いてみた。

「本当にライオンで良いの?他にも色々あるじゃない?」

息子は揺らがなかった。

「ううん。ぼくはライオンになるんだ!」

願わくば、周囲の親子のやり取りを見たり聞いたりして、息子が何かに気付き、あるいは別の何かを思いついて回答を変えてくれないか――そんな大人の身勝手な期待を正面からぶち壊す、迷いのなさだった。
ダメだ。これは開き直るしかない。
私は渾身のポーカーフェイスを顔に貼り付け、なるべく堂々と短冊に「ライオンになれますように」と書き、用意された立派な竹の先端近く、立てた時に人の背を遥かに上回る高さになる位置の枝に――願いが星によく届くように、である。断じて、下から読みにくくするためではない――その短冊を括り付けた。
なお私がさりげなく調べた限りでは、20枚ちょっとの短冊の内、仮面ライダーが5、プリキュアが3。その他にケーキ屋さん、おもちゃ屋さんなどの「子供あるある」な夢が溢れる中で、「人外の生物」が書かれた短冊は、息子のものしか見当たらなかった。

翌年も、七夕を前に同じイベントが行われた。年中クラスになった息子の短冊に、私は「かんらんしゃになれますように」と書いた。
観覧車、である。ライオンにも増して人類から遠ざかっている。
ライオンになる方法も思いつかないが、観覧車となると、実現できる余地はどう頑張っても存在しないだろう。輪廻転生を繰り返しても無理だ。SF的な技術の発展が進めば、少しは可能性が出てくるのだろうか。

「ママは大きくなったら何になるの?僕と一緒に観覧車になろうよ」

「うーん。ママは大人だから、これ以上大きくなれないし、そもそも観覧車にはなりたくないなぁ。おうちに入れないじゃない?」

諦めの境地でそんな会話をしていた私たち親子に気が付いたのか、近付いてきた年中クラスの先生は私の手にした短冊を覗き込んだ――が、全く動じた様子を見せず「(息子)君は、観覧車が好きなんですねぇ」とニコニコしていた。
先生方は毎日、こんなやり取りをし続けているのだろう。プロって凄い。私は心から幼稚園の先生方を尊敬した。

更に翌年、年長クラスになった息子の短冊は、再び「ライオンになれますように」だった。
観覧車になるのは不可能だと気付いてくれたのだろうか。そうであって欲しいが、観覧車の事を忘れただけかもしれない。
何故観覧車からライオンに戻ったのか?という質問をして、「そうだ忘れてた、観覧車だった!」となったり、あるいはレーシングカーやロケットになりたいと言われるのを避けたかった私は、そのまま七夕イベントを終えて帰宅し、考えた。

息子は満5歳。来年度は小学生だ。
流石にそろそろ、人間はライオンにはなれないという事実を伝えるべきだろうか。
観覧車にもなれないことと、その理由を、私は息子に分かるように説明できるだろうか。
しかし、それは本当に今息子が受け入れるべき現実なのだろうか。
仮面ライダーやプリキュアになりたい子は、恐らくまだ当分の間、親からわざわざ夢を潰されたりしないだろう。彼らは真実を知らなくても良くて、ライオンや観覧車になりたい子だけが真実を突きつけられるのは、果たして正しいのか?

私は答えを出せず、「正しく教えないのは私の怠慢なのではないか」という不安に苛まれながらも、「大きくなったら」の話を封印した。
いつか息子も、分かる日が来るだろう。
その内全く別のシーン、例えば「犬と猫の”あいの子”は生まれないのか?」のような質問に答えることで、この問題は解決するかもしれない。そうだ、そうに違いない。そうであってくれ、頼むから。
ある種の祈りを込めて、私はその問題に蓋をした。これは前向きな先送りである、取り返しのつかないことには決してならないはずだ、そう自分に言い聞かせながら。

それから3年。
小3になった息子に、私はある日、そろそろ封印を解いても良いのではないか?と思いついた。
息子の夢は小1時点で「仮面ライダーになる」に変わったことは知っている。学校で書かされたらしい「自己紹介カード」なるものに、そう書かれていたからだ。
仮面ライダーまで到達して、更にそこから2年経過している。流石にここから観覧車には戻らないだろう。そうあって欲しい。

「(息子)は、大きくなったら何になるの?」

「うーん……考え中」

「前は、仮面ライダーだったんじゃなかったっけ?」

「うーん。そうだけど、仮面ライダーは……本当には、なれないような気がするから」

内心ガッツポーズである。でかした。よくやった。息子は真実の入り口に、自力で辿り着いたのだ。心から喝采を送りたい。
この5年、私に密かにかかっていたプレッシャーはなくなった。私は救われたのだ。もう、一通りの話をしても息子は受け入れられるはずだ。その素養が積み上がった。

仮面ライダーはフィクションであり、お芝居であり、仮面ライダーそのものにはなれないが、仮面ライダー役のお兄さんにならなれる可能性がある、という趣旨の説明を私がしている間、息子はそれなりに真面目に聞いていた。
「でも、僕はあんまりそういうの、得意じゃないからなぁ」と視線を彷徨わせる息子の表情は、「ライオンになる」と言い切っていたころとは比較できないほど複雑で、憂いや迷いをも帯びていた。
少々長かった息子の幼年期は終わり、少年期がやってきたのだ。
それを微笑ましく、喜ばしいと思う一方で、少し可哀想にも思う。

大丈夫、仮面ライダーではない職業が世の中にはいくらでもある。息子に得意な何かが出来たら、それを活かせる場所も、きっと探していけるだろう。

少年よ、大志を抱け。
いつかその内、息子にとって好ましい「実在する人間の職業」がどこかで見つかりますように。そう願うばかりである。

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