2024年5月 長野湯治旅1
初日
外は雨。最近買ったちょっと良い傘を手に、朝6時過ぎ家を出る。地元の駅から大宮駅へ。駅弁屋で有名なチキン弁当と同じ鳥が描かれている「とりめし」を購入。ピピッと新幹線改札を抜け、あさまに乗り込む。いつもなら眠い眠い言ってる早朝の出発だけれど、思いの外よく寝られたので、特にそんなことはなく駅弁と車窓を楽しむ。とりめしうまし。
で、雨である。関東はそこまででもなかったが、着いた長野駅、善光寺口は結構な雨。大雨。足下が濡れることは必定だったので、あらかじめサンダルで来ました。そしたら寒いってね。ジーンズの裾を折々々、16本骨の傘を開き、巨大な木造りの軒下から出る(長野駅舎のデザインはお祭りっぽくて結構好きです)。即座に足は水没。サンダルは正解。しかしやはり冷える。えぇ、これで善光寺まで歩いて行くの? 結構な苦行じゃない? 耐えられる? まぁまだ朝の9時なので、これから気温が上がっていくんだろうと信じ、雨中一人行軍。はやくも屋根の下が恋しくなってくる。至善光寺と刻まれた石の道標を目に、駅前からまっすぐ延びる表参道を黙々と歩いていく。すると右手に丁度お寺の門が。案内書きを読みつつ雨宿り。刈萱山西光寺。お寺は普段あまり寄らない性格なんだけれど、これから行くのが巨大なお寺だし、何より少しでも雨をしのぎたいし、というわけで寄り道。手を合わせる。というかお堂の下から眺める雨の境内というのもなかなか乙なもので。木々の下、濡れそぼった地蔵に、雨音。善光寺の参道近辺で七福神巡りが行われているようで、こちらのお寺がその起点のようでした。
さて、引き続き雨中を行きます。スタンガンがディスプレイされた店前を通り(普通に売ってんだ?)、ちょっと気になる細道の奥にお寺があったので、こちらにも立ち寄れば福禄寿。意図せず七福神巡りをしているようで。はいいのだけれど、ガラス扉の向こうに金色の大仏が鎮座していて、中に入って眺めようかと思ったけれど、やめにする。自分が神社ばかりを巡って、お寺にあまり立ち寄らない理由は主に二つあって「拝観料をとる名刹が多い」ということと(これが理由で中学生の自分は清水坂を引き返しました)、もう一つは「金色」である。お寺って何かにつけて金色のカラーリングをありがたがる印象があります(まぁそういう神社も割とあるけれど)。個人的に文化財なんかは質素な佇まいでいて欲しいものです。金ぴかはどうにも(文字通り)金の匂いがするようで、好かんのであります。まぁただの好みの問題です。
というわけでずんずんじゃぶじゃぶ善光寺の参道を進んでいきます。このへんから少し上り坂。そうして小規模なお社、熊野神社の前に差し掛かります。熊野は昨年訪れたこともあって、見かけると何だか嬉しくなるのです。俺この総本社詣ったんだー、てな感じで。由緒書き曰く、ここいらのかつての町人たちはこの町の守護神として熊野神社をお祀りして~等々。善光寺の参道なのに、熊野神社に守護を求めるとはどういうことだろうと思いつつも礼をして、先へ行きます。で、ここまで来ると参道の景観に統一感が出てきます。派手な色合いのお店がなくなりました。並ぶ建物々々、落ち着いた趣の外観ばかり。かつての本陣であった厳かな感じの洋風建築まで。缶の七味でお馴染みの八幡屋礒五郎の本店もありました。そうして参道はすぼまり、左右には大きな石灯籠。足下は整った敷石。いよいよ、という感です。
相変わらずの雨。敷石にも謂われ書きが設置されていて、傘を手に読み込んでいきます。石の豪商の家に盗賊が押し入ったので返り討ちにして殺したところ放蕩息子だったため、主人はこの世の無常を感じ巡礼の旅に出て善光寺に敷石を寄進したのだとか。その敷石の上、振り返れば駅前からの参道がすっと向こうまで見通せる──。これはなかなかに壮観。あそこからよう歩いて来たなぁ、と嬉しくなる。気温も上がってきたのか、寒さもそこまで気にならなくなってきました。
ちょっと傾斜のついた参道をさらに行けば、仁王門。金網の中、光の当て方が良いのか迫力のある阿吽像が左右に安置されております。抜けて裏から見れば、トゲトゲしたイバラのような枯れ枝が窓の上部やらに飾られているのだけれど、これは魔除けだろうか?(と思って今調べれば、どうやらこれは多分鳥除けのようで。魔ではなかったか)
さてここからはお土産屋や飲食店の並ぶ仲見世通り。午前10時頃。参拝客はぽつぽつと。雨はざあざあと。ちょっと雨に疲れたので、無人の案内所で傘を畳んでひと休み。象の件、じゃなかった、牛の像が置かれています。何だか撫で牛っぽい感じ。近くに有名な「牛にひかれて善光寺参り」の説明書きが。善光寺から40km離れた村に強欲な婆さんがいて、ある日川で布をさらしていると牛が布を角に引っかけて走って行き、婆さん追いかけて善光寺までやってきて、かっぱらわれた布は如来像の前に落ちていて、婆さんはそのことで信心を得た、という話(40km。マラソンみたいな距離だ。マラソンもマラトンからアテナイまで走ったというギリシアの故事がその名の由来だし、日本ではマラソンのことを「善光寺」と呼ぶのも面白いかもしれない、なんてことを今思う)。
さて、雨に降られて善光寺参りである。行く手には巨大な山門。扁額には「善光寺」。あれ、楼閣の上に人がいるけれど何だろう。上れるんだろうか。ともかく荘厳な山門である(トップの写真の通りの雨です)。傘を冠したまま一礼をし潜ると、霊場巡りの説明が地図とともに。西国33所(関西)、坂東33所(関東。足柄の坂の東という意味だとか)、そして秩父34所の巡礼ののち善光寺にお礼参りをすることが習わしになっているのだとか。秩父。巡礼のお寺があることは知っていたけれど、関東や関西と同等に語られていることに驚き(そもそも秩父って、どうしてあんなに札所が密集してるんだろ)。まぁ今は善光寺本堂へ。参拝者による線香のお焚き上げが行われていて、香の香が漂っております。そして本堂。どうしてか多くの人が傘を階段の下に置いて上がってたけれど、特に傘置き場があるわけでもないので、水を切ってすぼめて上がります。中はちょっと暗くなっており、自分の嫌いな拝観料を払えば、奥のほうの黄金色の強い場所で参拝ができて真っ暗な通路も歩くことができるのだとか。奥での参拝はともかく通路は惹かれたけれど、手前からでも礼拝はできるので賽銭箱に投げ入れて傘をぶら下げ手を合わせます。手を解いて、拝観のための券売機のほうを見れば、ちょうど複数の人が買い求めていたので、よし、よしとこう。進んで人混みには行きません。その後、本堂をぶらつき外側の回廊より雨の境内を眺める。屋根から太い雨が厚い音ともに流れ落ち、砂利は濡れ、石灯籠が佇み。屋根の内より眺める雨の色はなかなか風流でした。
そうして本堂をあとにし、少し気に掛かっていた山門へ。その裏。右手。ちょっと目立たないところに券売機がありました。交通系IC対応。巨大な山門の上、楼閣の回廊を巡れるとのこと。500円。馬鹿と煙とは縁故があるようなので、これは迷うことなくピピッとしました。一時的にサンダルを脱げるということも魅力の一つでした。というわけで裸足になって急な階段を上れば、チケットを確認。さらに傾斜のきつい、もはや梯子段を上ります。門の上、大雨、ということで自然と芥川と黒澤の『羅生門』が連想されます。で、段々を抜けると、弘法大師やら四天王の像があり、外に目を転じると、長野の街並み、善光寺の参道がはるか遠くまで見下ろすことができ、楼閣の上にいるということもあって、絶景がな絶景がなという気分になってくる。というかこれまでひたすら雨に打たれてきただけに、屋根の下で外を眺めるというだけで嬉しい。しかも時間帯もあるかもだけれど、人があまり来ません。眼下に、傘の参拝客を眺め、雨に濡れる仏閣を堪能します。山門の回廊はぐるりと一周ができ、足下には長いござが敷かれています。山門裏側に回れば、無論善光寺。回廊は鳥除けのためだろう粗い網で覆われているけれど(天網恢々)、これはなかなかの景観です。というわけでゆったりと山門をぐるりしました。段々の下で券を確認していた関係者の方にも、やや興奮気味にその感想をお伝えします。ここにもっと人来てもいいのに、と。今日は雨だから参拝者が少ないとのことで。その後、これから行く小布施の話やら、雨だからあらかじめサンダルで来ましたなんて話をして、善光寺をあとにします。いや、本当に山門は上って良かった。
さて、仲見世通りに戻ったものの、まだ11時前で飲食は開いておらず。食べ歩き系はあったけれど、傘片手、食べ物片手というのもなぁ、ということで善光寺の参道を離れることに。そういや近くに美術館があったよな、てなことで用水路脇の道を行き、長野県立美術館へ。というか本当にサンダルで来て正解だった。靴の中ぐじゅぐじゅで歩き回るとか考えられん。かかとも固定できるタイプのサンダルなので、歩きやすいのも良いです。で、美術館。じっくりと入館するほどの時間はないのだけれど、と傘を預ければ、フリーのスペースに壁面いっぱいの映像作品の上映が。ちょうど一本の線で描かれるアニメーションが始まるところでした。観客は自分しかいない。四角い椅子に腰を落ち着け、一本の線が描く物語を追いかけていきます。ピアノの軽快な音色とともに小鳥が飛んでいき、やがては樹となり、海へ。少女が蝶々を追いかけて、穴を降りていき──。あまり時間はなかったのだけれど、最後まで見入ってしまいました。小さく拍手までしちゃった。子供までもが楽しめる内容だろうというのがとても良かったです。という感想を近くにいたスタッフの方にお伝えし、その後も館内をちょろっと見回り、外へと出ます。時刻は11時。少し早いけれど、ご飯でも食べましょうか。
(続→)
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