見出し画像

私の実家で、夫と母が台所に立ったとき。私は自分の子どもの結婚相手に何を求めるだろうかと考えた。

先日、私の実家に家族で帰省した。
滞在期間は1週間。

最初は3泊の予定だったが、夫と子どもがもっといたいと言い出して伸びに伸びて1週間となった。

もともと予定していた帰る日の前日に
夫が「お父さんお母さんがいいのなら、もう少しいたい」と言った時、 
私の心は少しザワザワした。

父と母が「もちろんだよ。そうしてくれたら嬉しいし、いつまでいてもいいんだよ」と嬉しそうに返事をしている間もザワザワは加速していた。

私の実家だし、私にとってはこのままずっとここで過ごしたいほどとても心地の良い場所だ。

それでも、夫が主夫になってから、実家に帰るのを楽しみにしつつも少しドキドキハラハラしている私がいた。

父と母は「いい人と結婚したね」と私に言う。

ありがとうね、と思いながらも、なぜそう思うんだろうと不思議に思っていた。
私自身がいい人と結婚したと思っていたとしても、両親がそう思うことが、夫には大変失礼ながら不思議だったのだ。

夫が主夫宣言をした当初こそ心配していたようだが、今では口を開けば「亮ちゃん(夫)を大事にしなさいよ」と言う。

とはいえ、滞在中に私だけが一日中仕事をしていて、夫が子どもとワーワー遊び子どもと一緒に昼寝をする姿を目の当たりにしたらどう思うのだろう。

私が仕事をしている間、子どもと遊び、子どもを寝かしつけることは夫にとっての仕事ではあるのだが、
夫はあまりに楽しそうにいつまでも子どもと遊べる方だし、誰かに自分を少しでも良く見せようと張り切ることがない人なので心配なのだ。

そのおかげで私が仕事に集中できていることを、堅い仕事に就いてきた私の両親が理解できるのだろうか。

また、これは主夫宣言前からなのだが、私は自分の靴下や、家の鍵やアクセサリーや上着のある場所を夫に聞かなければ分からない。

夫は家のことを凄く頑張っているんだよ、と両親に見せたいものの
結婚して子どももいる娘の、実家にいた時よりも加速しているズボラな姿を両親に見せることは忍びない。

私が仕事をしている傍らで子どもと遊び続ける夫や、子どもを寝かしつける過程でつい一緒に昼寝してしまう夫を見て
「直子、大変だね。大丈夫なの?」
などとこっそり言われたらどうしよう。

私がメンソレータムがない、鍵がない、財布がない、靴下がない、などと夫に対して騒ぎ立て、
「直子、いい加減にしなさいよ」
と怒られたらどうしよう。

(30代後半の娘が親に怒られることを怖がっている場合ではないのだが、親から小言を言われることは何歳になっても全力で回避したいことなのだ。)

まぁ私がいい加減にしろと怒られるのは実際その通りなのでさておき、
夫が普段いかに家のことを色々してくれているかを両親に話してきたつもりだが、万が一不憫に思われたらどうしよう。

夫が私の両親から情けなく思われてしまったらどうしよう。
もしも両親のその感情を夫が感じ取ってしまったらどうしよう。

ほかの誰からどう思われてももはやいいのだが、私の両親が私を憐れむのだけは両親に申し訳ないし夫に申し訳ない。
そんな状況は誰も幸せじゃない。

そんなことを不安に思ってザワザワしていたのだ。

そこから私のちょっとした三文芝居が始まった。

しかし、
「わー亮ちゃん子どもたちを見ててくれてありがとう!少し仕事が進んだよ!」
などと両親に聞こえるように大声で言ってみては、

耳が少し遠い母が
「え!?何!?イテテって聞こえたけど!?」
などとトンチンカンなことを言って振り向いたり、

夫からは
「急にどうしたん?あ!まさか遊ぶ声がうるさくて少ししか進まなかったってことを遠回しに言ってるんか?ごめん!」
などとこれまたトンチンカンかつ聞いた人が私の人格を疑わざるを得ない嫌な解釈をされて好意が無駄になったりなど、

私の努力は誰にも届かなかった。

私が次の手を考えていると
「なんだ、ソワソワしてるなぁ。少しゆっくりしろ」
と父が珈琲を淹れてくれた。

そういえば、帰省してからは毎朝父が珈琲を淹れてくれている。

珈琲の匂いがすると一日が始まったような気がした。
父と母は珈琲を飲みながら読書タイム。
私は仕事タイム。
夫はボーっとしながら珈琲をすすり「おいしい」と小声で言う。

聞こえるように言ったら父も喜ぶのに、と思うけど、この、私にすらギリギリ聞こえるくらいの小声の「おいしい」が、父の淹れる珈琲を本当に美味しいと思ってくれているような気がして嬉しかったりする。

しばらく各々好きに過ごしたら、父と母の朝のルーティンであるテレビ体操を全員で始める。

初日は、目の前で高く飛び跳ねたり体をグルングルンに回す父と母をただただ夫と二人で眺めていたが、なんとなく私たちもやってみることにした。

大人4人で「ホッホッ」などと言いながら体操のお姉さんに合わせて高くジャンプしたり、上体反らしの際に「ぐおぉぉぉ…」などとうめき声をあげたりしている間に子どもたちが目をこすりながら起きてくる。

大人4人の朝はここまでだ。

朝ごはんは早起きをしている父と母がはぼ準備をしてくれていて、私は配膳などをし、夫は子どもたちを着替えさせる。

母が「これ、しょっぱくない?」とお味噌汁の味見を父に頼み
父が「うまい!」と言うと、
母が「やっぱりしょっぱい。お水足そっと」と
父の味見の意味をなくすところまでがこの二人のルーティンだ。

昼は各々好きに過ごしたり、時におにぎりと唐揚げと漬物とお茶をもってみんなで散歩に行ったりして、お昼を食べたらこれまたみんなでお昼寝をして、夕方からゆっくりと夕飯づくりが始まる。

あらためてここにきた日々を振り返っていると、
「直子はいい人と結婚したね。亮ちゃんのことを大事にしろよ。」
と父が言った。もう、何度目だろう。

台所で母と並んで料理をする夫の姿が見えた。
その姿があまりに自然で、あまりに自然なことが私のザワザワをゆっくり溶かしていった。

夫が「お母さんそっちのコンロ使います?じゃあ僕こっち使いますわ」と言う。
二人で人参のきんぴらの作り方や牛肉のしぐれ煮の味付けについて楽し気に話し込んでいる。

私はそんな二人の姿を横目で見ながらのんびりしすぎて全然進んでいない仕事を進め、父は子どもたちと遊び、お風呂に入ったらまだ外が明るいうちから乾杯をする。下戸の夫はコーラで乾杯。

とびきりの日本酒を手に入れた父が「せっかくだし、においだけでも嗅ぐかい?」と夫に日本酒の匂いを嗅がせ、

よくわからない夫は「何というか、こう、すごくお酒のにおいがしますね」などとそりゃそうだろうよ、なコメントを真顔でして、

父は父で「だろう?亮ちゃんは分かる人だなぁ」
などと満足気で、私はこのわけの分からない会話にふふ、と笑ってしまう。

私の夫は比較的無表情で、
誰かの話に必要以上のリアクションもしなければ
なんなら悪気なくノーリアクションのことも多く、
会話のリズムも独特のペースで、
「あれ、今モスクワと中継が繋がっているんだっけ」と思わせられることも多々ある。

せっかちな母は自分から夫に話しかけておいて、
夫が母の言葉に対して答えた時には母は既にいないなんてこともあったり、
父のおやじギャグなんかは軽く50回は目の前でスルーされていたり(悪意はない)、

しかし自分は誰にも伝わらないギャグなのか素なのか分からない何か(多分ギャグ)をいきなりかましてその場の空気を見事に凍りつかせたりして、そんな空気もおかまいなしに満足気にどこかに行ったりする。

私はいつもヒヤヒヤしているのだが、振り返ってみたら父も母も夫も何も気にしていないではないか。

この数日、心地よさそうにこたつでみんなで昼寝をして、足があたる度に「ごめんごめん」などと眠たげに言い合っていた。

「亮ちゃんてね、いつも家のこと全部やってくれるんだよ」
と私がしつこく父に言う。
「だろうなぁ、見ていれば分かるよ」
と父が答える。

「私がなくした鍵や靴下も、すぐ出てくるんだよ」
「すごいなぁ、それより自分のことくらいしっかりしろ」

「そんなにごちゃごちゃ考えてジタバタしなくても見ていればわかるから大丈夫。いい人と結婚したね。大事にしろよ」
と父は続ける。

両親から、きっとこう見られているはずだ、と思ったのはなぜか。
父と母と夫という人間を、侮っていたのは私だ。
そして、夫に対して一番差別的だったのは私だったんだろう。

母と夫が台所に並び、明日の夜ごはんは何にするか話す。
2年前に実家に帰った時には考えられなかった光景だが(当時の夫は塩とこしょうの区別さえもあやしかった)、
すんなりと夫は私の実家の台所と父と母の日常に溶け込んでいた。

次の日の夜ごはんは、子どもたちも一緒にみんなで春巻きをつくることになった。
「直ちゃん春巻き好きですもんね」
と夫が言うが、少し耳の遠い母は
「へぇぇ、それは大変だったね」
などとまたしてもトンチンカンかつ適当な返事をしている。

この一週間が楽しくて、ちょっと泣いてしまった帰り道。
私が子どもたちの結婚相手に求めるものは何だろう。

…軽く10項目は出てくる!

たった1つだと言っていた両親の境地に立つのはまだまだ先のようだ。

とにもかくにも、ごちゃごちゃと当たりもしない予想を立ててチマチマと動いたりせず、
誰かを勝手に侮ることなく、
もっと平気でそのまんま生きていくだけでいいんだと思った帰り道。

次に帰る時は、亮ちゃんを無理にもちあげることなく、堂々とメンソレータムはどこだと騒ぐんだろう。

おわり。

この記事が参加している募集

#これからの家族のかたち

11,403件

#多様性を考える

27,989件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?