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餅食って、西加奈子の『夜が明ける』を読んだっていう話


オレが本を読む場所は、屋根裏部屋だ。
夏の暑さはハンパないが、冬場はリビングの暖気がのぼって天国この上ない。
肉体労働に明け暮れる日々のつかの間、独り、ごつい手でページをめくる。

新年一発目は、西加奈子の『夜が明ける』。5年ぶりの長編。帯に小泉今日子、是枝裕和、仲野太賀の3氏がコメントを寄せている。人選の妙だ。編集者の思惑どおり、手に取ってしまった。

本書は回想劇。主人公の「俺」が、いまは不在らしき、中学の同級生男子「アキ」と「俺自身」の人生を知ってほしいというモノローグから始まる。自慰をしてもしても持て余してしまう中学時代から、奨学金という借金を背負って入学した大学、ドキュメンタリー映像作家を志しながらも制作会社で消耗される「俺」の日々。そこに、フィンランドの怪優にアイデンティティを依拠して生きる「アキ」の数奇な人生と、彼の童話的な日記が織り込まれて進む。

2人の人生は息苦しい。家庭崩壊、貧困、毒親、虐待、格差、奨学金、ブラック労働、セクハラ、パワハラ、ヘイト、匿名掲示板での誹謗中傷、リストカット、売春、生活保護など、現代社会で考えられるおおよその〝負〟と〝闇〟が、てんこ盛りで描かれる。

十分な取材のもとに描かれているのがよくわかる。それゆえ、朝まで生テレビか、とツッコミも入れたくなる。しだいに、ページをめくる手が重たくなる。前半まで読んで、いったん休止。絶望しかないのか、お前は。俺はコロナ禍にあえぐ労働者だ。新年明け早々、それはないだろ。

餅食って、後半戦に突入。

30代になった「俺」だが、展望は開けない。過酷なテレビ業界で愚直に働くも、肉体と精神は悲鳴をあげ、血に染まる。残りページが少ない。やっぱりラストも真っ赤じゃねえか。

だが、そこから西加奈子の逆襲が始まる。

「俺」の下に入社してきた新人AD森ちゃんの降臨だ。森ちゃん、かわいい。毒に侵されつつある「俺」を、無垢でまっすぐな森ちゃんが諭す。具体的な内容はネタバレにつながるので述べないが、『もののけ姫』の名キャッチコピー「生きろ。」に通じるところがある。森ちゃんは澄んだ瞳で、ド正面から正論を説く。スカッとジャパンを見ているような痛快さで。カッケー。惚れちゃうじゃん。「俺」は、森ちゃんと付き合えばいいのにと思う。

女神・森ちゃんの降臨で、「俺」の人生が再び動き出す。そして、「アキ」の日記が、フィンランドからもたらされることになる。さすがにエンタメ小説の旗手・西加奈子だけあって、スリリングに、ミステリアスに、前半の小さな出来事がすべて伏線であったことが明らかとなり、巧みに回収されていく。餅食って、読んでよかったじゃねえか。新年にふさわしい希望の光が、オレの屋根裏部屋にも降り注ぐ。

もっとも、森ちゃんが、消えてしまいそうな、幻の女神であることは、いまを生きる我々にはわかる。このオワコンの日本に、そんな子なんて、いねーし。ドラマや小説だけの世界、現実を見ろよと。だが、しかし、それでも、この物語は、いるじゃん、いるんだよ、だから言うこと聞きなよ、と訴えかけてくる。おそらく西加奈子は、カバーのイラストのように歯を食いしばって、最後の小さな砦、森ちゃんを描いたに違いない。

最近、5歳になるオレの娘が言う。「あー、バカって言った人が、バカなんだよー」「あー、うるさいって言った人が、うるさいだよー」。

そうだよね。
オワコンって言った人がオワコンだよねー。 
私ってオワコン? あの人ってオワコン?
そうかなと思ったとき、本書が行動を促してくれるかも。そういう意味で、この物語は行動をナッジする。

なんて、オワコンとか、ナッジとか、最近の言葉を使ってみた。

読了。











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