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頭を打った。いつから練習に参加??

こんにちは!WATANABEトレーナーの森です。

今回のテーマは『脳振盪(のうしんとう)』について。

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脳振盪が疑われる時にどう対応すべきか、いつから練習に参加できるのかをしっかりと答えられる人はどれだけいるでしょうか。

判断や対応を誤ると最悪の場合、命に関わる事態にも繋がりかねません。脳振盪の後、選手が安全にスポーツ活動に復帰できるよう、指導者だけでなく、選手自身も脳振盪に関する理解を深めていかなければなりません。


最悪の事態を想定する

脳振盪についてお話する前に、頭を打つ(頭部外傷)というのは時に命に関わるという事を肝に銘じておかなければなりません。以下に挙げる3例は頭部外傷により尊い命が失われた事例です。


Ⅰ. 平成21年 高校3年 男子  野球 

練習試合中に本生徒が守備の際イレギュラーバウンドが顔面を直撃した。左後方に倒れ、全身痙攣、鼻出血の後、そのまま意識を失った。部活動顧問が状態を確認すると共に救急車を要請した。すぐに人工呼吸、心臓マッサージ、AEDを使用した救命処置を講じたが、意識は回復しなかった。その後、ドクターヘリで病院へ搬送されたが後日、死亡した。


Ⅱ. 平成30年 高校2年 男子 ラグビー

ラグビー合宿中、前日のタックル練習中に転倒したが、「大丈夫です」と立ち上がり、休憩を入れながら練習を続けたものの、体調不良を訴えたので練習を中断させた。練習終了後、自分で歩いて宿に帰った。その夜と翌日の朝も体調不良を訴えることもなかった。試合前練習にコンタクト練習を行っている際に、突然意識を失い倒れた。救急車を要請し搬送されたが、約2週間後に死亡した。


Ⅲ. 平成21年 高校1年 女子 バレーボール

当日は、合宿の3日目。早朝の散歩・ジョギングを行い、朝食の後、午前中の練習を始めたが、本生徒は過呼吸となり一時練習を休んだ。昼食前には体調も戻り練習に復帰し、昼食をとった後、午後の練習に参加した。練習開始から約1時間45分後、ツーメンと呼ばれる選手2名のインターバルトレーニングを行っているとき、本生徒はレシーブをしようとしてそのまま前に倒れこんだ。意識がなかったため顧問が救急車を要請し、医療機関に搬送した。医療機関では熱中症と診断され、点滴を受けたが症状は改善せず、脳のCTスキャンを行った結果、右後頭部に脳内出血が確認され緊急手術が行われた。手術後も症状は改善せず、発症から2日後に死亡した。なお、事故原因と思われる出来事として、前日(合宿2日目)の練習終了後、本生徒はネットをくぐろうとして、うまくくぐれず、右眼周辺をネットにぶつけて倒れたことが挙げられている。


1例目は、野球のボールが直接頭部に当たりその直後に全身の痙攣、意識消失という、因果関係が非常に明白であり、周囲からしてもこれは一刻を争う事態だという事は一目で理解できたはずです。その後も一次救命→救急搬送と現場レベルで出来る事はなされていたようですが、残念ながらお亡くなりになりました。

2例目は、原因となったであろう転倒後から意識消失までタイムラグがあった事例です。1度目の転倒による頭部への衝撃がどの程度だったのか、2度目のコンタクトによる衝撃が決定打となってしまったのかは分かりませんが、直後の本人の「大丈夫」という言葉、その翌朝までの行動に現場サイドも急を要する事態と深刻に捉えきれなかったのではと予想されます。


スポーツによる脳損傷の多くは頭蓋骨(硬膜)の下に急速に血腫ができる「急性硬膜下血腫」とよばれる病態で、典型的には数分から10分ぐらいで意識状態が悪化し始めますが、長いものでは数時間から1日経過してから症状がはっきりしてくることもあります。
受傷直後に「大丈夫そう」だからといって安心は出来ません。


脳振盪とは?

ここからは本題である脳振盪について話を進めていきたいと思います。

脳振盪とは、脳に直接的もしくは間接的に衝撃が加わる事で脳の機能(働き)が低下する事です。CTやMRIでは明らかな異常は認められません。

間接的と書きましたが、直接頭をぶつけていなくても身体接触による身体の他の部分への衝撃が頭部に影響を及ぼすことがあるということです。頭をぶつけていないからと言っても安心は出来ません。

また、頭同士や地面と頭など、強い衝撃でなければ脳振盪が起きないという事でもありません。バスケットボールのシューティング練習中、不用意にシューティングのボールが頭部に当たり脳振盪が起きたケースもあります。


ちょっとおかしいは脳振盪のサイン

頭部を打った、もしくは強い衝撃が身体に加わった後、選手に以下のような挙動が認められる場合は脳振盪の疑いがあります。

✓放心状態、ぼんやりする、または表情がうつろ
✓地面に横たわって動かない
✓起き上がるのに時間がかかる
✓足元がふらつく/バランス障害または転倒/協調運動障害(失調)
✓意識消失、または無反応・混乱 / プレーや起きたことを認識していない
✓頭をかかえる / つかむ・発作(痙攣)より感情的になる / ふだんよりイライラしている


脳振盪による症状

以下のうちの1つ、またはそれ以上の兆候や症状があれば、脳振盪の可能性があります。

✓頭痛
✓めまい
✓意識混濁
✓混乱、または動きが鈍くなったような感じがする
✓視覚障害
✓吐き気、または嘔吐感
✓疲労・眠気 / “霧の中”にいる感じ
✓集中できない
✓頭が圧迫される感覚
✓光や音に過敏


脳振盪が疑われる場合の対応

下の写真は日本スポーツ医学会と日本脳神経外科学会が監修している「頭部外傷 10か条の提言(第2版)」の15ページに掲載されているスポーツ現場における脳振盪の評価シートです。リンク先のPDFからプリントアウトしてチームで1枚用意おくと便利です。

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■脳振盪が疑われる場合

脳振盪の後、そのまま競技・練習を続けると頭部打撲(脳振盪)を何度も繰り返し、急性硬膜下血腫など致命的な脳損傷を起こしたり、後遺症が出たりすることがあります。そのため、評価シートによりスポーツによる脳振盪が疑われたら、原則としてただちに競技・練習へ復帰しない/させないことが重要です。

■選手を帰宅させる場合の注意点

脳振盪を疑われる選手を帰宅させる場合、「一人きりにさせない」事が重要です。以下の方法で選手を安全に帰宅させましょう。

・家族に迎えに来てもらう

→これが一番ベストな選択です。脳振盪の疑いがある事を伝えるとともに、症状の悪化がみられる場合は直ちに医療機関を受診してもらえるよう伝えましょう。

・チームメートやチームスタッフが付き添い自宅まで送る

→家族がどうしても迎えに来られない場合はチームメートかチームスタッフの誰かが一緒に付き添い、選手の自宅まで送るようにします。その際も家族の方に選手の状態を伝えるようにしましょう。

■その他の注意点

大学生など、選手が下宿中(一人暮らし)のことも多いです。その際は下宿先では無く実家に帰る、あるいは仲の良いチームメートや友人知人に依頼して、その日は一人きりにさせないことが重要です。また、自転車やバイク、自動車といった乗り物の運転は脳振盪やその疑いがある状態では大変危険な行為です。徒歩や公共交通機関、タクシーを利用して自宅まで帰るように注意しましょう。


緊急を要する症状-ためらわずに119番通報を-

以下の症状が認められる場合は直ちに救急搬送の手配をしましょう。

✓頸部の激しい痛みを訴えている
✓意識障害/意識混濁 (眠気が増す)
✓混乱やイライラが強くなる
✓激しい頭痛、または、頭痛が強まる
✓繰り返し嘔吐する
✓普段と違う行動をする/言語障害
✓発作(痙攣)
✓ものが二重に見える
✓腕または脚の力が弱まる(手足の麻痺)/チクチク、ヒリヒリする

医療機関を受診すべき場合

脳振盪が疑われる症状が出ているが、少し時間を置くと症状が落ち着くケースが大半です。そんな時、病院に行った方が良いのかどうなのか判断に迷う場合があります。

以下の症状がある時は念のために脳神経外科を受診するようにしましょう。

✓明かな意識消失があった場合
✓受傷以前の記憶がない(逆向性健忘)場合や、受傷後の記憶障害が1時間以上続く場合
✓頭痛が長引く場合
✓めまいやふらつきの症状が強い、長引く場合
✓麻痺(手足に力が入りにくい)、しびれ
✓性格の変化、認知障害
✓脳振盪を繰り返している(症状がいつもと違う/強い/長引いている)


脳振盪後の練習再開(段階的競技復帰)について

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脳振盪後の練習復帰については慎重を期す必要があります。症状が無くなったから大丈夫では無く、段階的競技復帰プロトコルに沿って少しずつ運動強度を高めていかなければなりません。


■段階的競技復帰プロトコル

ここでは日本臨床スポーツ医学会の頭部外傷10か条の提言に記されている段階的競技復帰プロトコルについて紹介します。プロトコルは6つの段階に分けられており、各段階に進むのは24時間空ける事が望ましいとされています。受傷直後の状態はLEVEL1に該当します。また、途中で症状が出た場合は運動を中断し、症状が完全に消失したのを確認し、一つ前の段階から再開するようにします。

㊟脳神経外科など医療機関による画像診断(CT/MRI)で異常が無い事を前提に進めなければなりません


LEVEL1:活動なし、完全安静(頭も身体も)

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まずは症状の完全消失が最優先です。学校での授業も受傷後の脳にとっては過負荷となります。症状が続いている間は学校も極力休み、自宅で安静をとるようにしましょう。家にいるからといってテレビゲームをしたり、スマートフォンを見るのも脳にとって刺激となるので控えましょう。

この段階でよくあるのが、選手に調子どう?と尋ねた際に、「頭痛もほとんど無くりました。」、「いつもとちょっと違う感じがあるけど大丈夫です。」という選手の言葉です。そうか、それなら・・・と次の段階に進むのは非常に危険です。症状が本人にとって気にならない程度であったとしても、少しでも残る場合や違和感が残っている場合は、完全消失とは言えませんので次の段階には進まず、引き続き安静を継続しましょう。


LEVEL2:軽い有酸素運動

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症状が完全に消失し、24時間が経過したタイミングで次への段階へと進みます。予測最大心拍数(220-年齢)の70%以下での有酸素運動(ウォーキング・エアロバイク・水泳)が推奨されています。

有酸素運動の中にジョギングも含まれている資料もありますが、私個人(トレーナーとして)の経験則でいうと、ジョギングによって症状が再燃するケースがあったため、私が担当しているチームでは実施しないようにしています。LEVEL2を問題無く終え、24時間無症状なのを確認し、次の段階へと進みます。


LEVEL3:スポーツに関連した運動

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チームで行っているウォーミングアップ、簡単なパス練習、シュート練習を実施します。まだ頭に衝撃や回転が無い範囲での運動になりますので、例えばヘディングや、ジャンプしてのリバウンド練習、補強の腹筋や背筋運動もエクササイズによっては頭が揺さぶられる可能性があるのでこの段階では実施できません。

学校における体育の授業も内容によっては見学するなど配慮が必要です。LEVEL3を問題無く終え、24時間無症状が確認できれば次の段階に進みます。


LEVEL4:接触のない運動

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ここから身体接触の無い練習への参加が認められます。ディフェンスのいない練習などに参加する事ができます。またこの時期から器具を使ったウェイトトレーニングも軽い負荷から少しずつ実施可能となります。

ただし、急に限界近くの重量を扱うのは非常に危険です。脳振盪後の初回ウェイトトレーニングについては普段の50〜70%程度の負荷にし、且つ追い込まない範囲で実施するのが良いでしょう。この段階を終えて24時間無症状を確認後、次の段階へ進みます。


LEVEL5:メディカルチェック後に接触プレーを含む練習 

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この段階に進む前に医師の診察を受け、身体接触を含む練習への参加許可を得た上でチームの全ての練習に合流します。練習後24時間無症状を確認し、最後の段階へ進みます。


LEVEL6:競技復帰(試合を含む) 

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ここから試合に出場できる段階となります。この段階だから安心というわけではなく、それまで順調にきていたとしても復帰戦後に症状が出てきたといったケースも中には存在します。引き続き体調の変化には注意しましょう。

以上、脳振盪からの段階的競技復帰のプロトコルになります。

※競技団体によって指針が異なる場合がありますので、予め各競技団体のHPなどを確認し、必要な手順を踏んで選手が安全に復帰できるようご注意下さい。


最後に・・・

1ページ目で挙げた頭部外傷事故の3例目では、意識を失う前日にネットをくぐろうとし、右眼周辺をネットにぶつけて倒れた…と書かれています。ネットに眼をぶつけただけなのか、その後転倒した際に頭を打ったのか具体的には書かれてはいません。転倒が直接的な原因だとすれば、そのシーンをチームメートが見ていたのかどうかが気になります。

上記の例の文言だけでは判りかねますが、チームスタッフだけでなく、選手全員が頭を打つという事が大事に至るという事を認識することで「先生、〇〇さんさっき頭を強くぶつけていたよ」というコミュニケーションにも繋がり、その後の行動もより慎重になっていた可能性もあります。


これを機に脳振盪に対する正しい認識と理解を深め、プレーヤーの命を守る行動=プレーヤーファーストの実践に繋がれば幸いです。


最後までお読みいただきありがとうございました。

【参考文献・引用元】
▶ JAPAN SPORTS COUNCIL学校事故事例検索データベース
▶ ラグビー外傷・障害マニュアル2021年度版 (公財)日本ラグビーフットボール協会
▶ 頭部外傷10か条の提言 第2版 日本臨床スポーツ医学会 学術委員会 脳神経外科部会
▶ IRB(現WR) 脳振盪ガイドライン(一般向け)


この記事を書いたトレーナー

森 矩寿(日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー)

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渡辺接骨院


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