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他者を大事にするという事

「命ある限り、出来るだけ人の役に立ちたい。」
それまでも漠然と思っていた思いが、ゆるぎないものになった。
目の前にあるものを愛し、人を愛し、すべてを愛し、私に出来る限りのことをしよう。
それは特別なことではない。
「大丈夫だよ」とメッセージを送り続けること。
暗闇の中にいる人にこそそのメッセージを送り、光の中にいる人にも暖かな何かを伝えたい。
ほんの一瞬の出会いでもそれが良き出会いとなるように。
 
そう思ったとき、私はこの世界をこんなにも愛していることに気がついた。
ずっと私は「好き」とか「愛してる」とか言う気持ちがわからない人だと思っていたのだが、こわばった心の奥にその気持ちは埋もれた宝のようにあった。
(私の中の森「WPW症候群」より一部抜粋) 

原点

Note「わたもりの頭の中」を書くにあたり、私の原点と言える文章群「私の中の森」を読み返してみた。
まだ「誰かの奥さん」であり、スピリチュアルやカウンセリングを仕事にするなんて想像もしていなかった頃に、体調も、状況も、人間関係も、何もかもが息苦しくて、自分を見つめざるを得なくなり、書いた文章だ。
 
当時はどんな辛い事も、客観的な視点で自分とその周囲を見る事で乗り越えようとしていた。
 
結果的に、私は自分をごまかしきれず、色々なきっかけや出会いが次々起こり、その生活から離れるしかなくなり、一人になって、ホリスティックカウンセリングの店、メンタルコンサルティングTerraを始めた。
 
今こうして冒頭の分を読み返すと、開店以前から私の視点は、身近な家族を愛し守る事ではなく、名も知らぬ人々に向けられていたのだと判る。
当時は全く気付いておらず、口では「家族が大事」とか言っていたのだから、本当に嘘つきだと思う。
 (家族を大事だと思っていたのも本当だけれど。)

二人の師

2014年に開店してからの私の視点は、更に広範囲の困っている人、苦しんでいる人に向けられていた。
2015年から合流してくれた二人の師、流輝先生久恵先生達への気遣いは、全く足りておらず、更に、自分を労わらず、ずっと、自分も周囲の人もないがしろにしていたと思う。
 
まったく他にないカウンセリング法の私と、スピリチュアルの師の流輝先生、食事療法の師の久恵先生との三人で、身体も心も魂や霊的な物事まで全て見る他にはない店として手探りで進んできて、試行錯誤し、必死で、気遣いなどまるでできていなかったと思う。
 
初めは訳が分からなかったであろう流輝先生と久恵先生も、「ホリスティック=総合的に人間を見る」という事を、少しずつ理解して来てくれた。
 
流輝先生と久恵先生二人を「師匠」として尊敬しているし、凄いと思っているが、無理やりついてきてもらった形だ。
 
こういうところが、自分の本当に無神経でダメなところで、傲慢さの表れだと思う。
 
それでも少~しずつ、互いを知り、理解し、同じ方向を向いて進んできたと思う。
 
本当は流輝先生も、久恵先生も、ものすごく我が強い人達だから、二人が本気で無理だと思っていたら、とっくに私は見放されていただろう。
 
でも、それ以上に、私の我が強かった。
ホリスティックに人間を見るという視点が、口だけじゃない、本物の視点が必要だと思った。
 
クライアント様の改善という目の前の揺るぎない9年間の成果が、「身体も、心も、魂もその他全て総合的に人を見て癒す」という私の理論の証明になった。

たくさんの成果

本当に、この3人でなければ解決出来なかったであろう大変な内容の相談ばかりだった。
今では麻痺してしまい、「何が大変で大変じゃないか」の基準が判らなくなってしまうくらいに。
 
他のカウンセラーさんや占い師さん、医師たちがお手上げになっていたクライアント様の状況を、沢山改善してこれたのは、一人で突っ走りがちな私を、いつしか流輝先生と久恵先生がそっと陰で支えてくれたからだと思う。
いい意味であきらめてくれたのかもしれない。
 
今は3人とも、「クライアント様が大事」という共通項がある。
それは、元々あったけれど、クライアント様が元気になり、幸せになった姿に感動し、人間のすごさをクライアント様達に教えてもらったからこそ、より強くなった。
 
だから私はクライアント様達を、感謝するだけじゃなく、尊敬している。
本当に凄いと思っている。

こんな私で

その一方、私は、仕事以外での、周囲にいてくれる人には全く気づかいが出来ていなかったと思う。
子ども達に対してですら、「大切」だと、口で言うばかりでしかなかった。
 
いつも、私の目線は、目の前の身近な人々ではなく、どこか遠くを見ている。
 
それは、宇宙の樹の上で、遠くの青い星を見ていたあの頃と何も変わらないのかもしれない。
 
遠くを見ている限り、私は周囲にどんなに大切にしてくれる人がいたとしても、あの頃と同じに、一人ぼっちなのだろう。
 
周囲の人を大事にしたい。
そう思えば思うほど、空回りしてしまって、不快にさせ、どうしたら良いか判らない。
 
こんな私で、本当に申し訳ない。
でも、どうしたら大事に出来るのかが、本当に判らない。
 
2023.6.26
カテゴリ「自分を掘る」

参考
 文章群「私の中の森」 (わたもり個人HP私の中の森の本棚)
note記事 宇宙の樹の記憶

久恵先生 noteブログ


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