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自動車デザインの諸行無常

こんにちわ。皆さんの中で普段車に乗っている方も結構いると思うのですが、もし好きな人ならやっぱりデザインは気になる所ですよね。

私は以前オランダに住んでいた時期があり、その間結構いろんな博物館なんぞを訪れたものです。ヨーロッパはやはり自動車発祥の地ですから自動車関係の博物館も沢山あります。

今日はドイツのポルシェ博物館にて受けた感銘と、デザインの難しさについて記しておきたいと思います。

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これはポルシェ博士が自分の自動車メーカーを立ち上げる時に作ったマスターピースです。空力性能や軽量化など自動車に要求される様々な要素を織り込み、かつ美しい形を追求した、製品の雛形となるべきものをまず創ったわけです。

実際に走るかどうかはおいといて、まず理想の形を創り現実の製品はこれに合わせていく、という考え方に如何にも欧州らしい感性を見て取れます。このアルミ削り出しの塊を間近で見ると、工業製品と芸術品の中間くらいの存在感があり、いやあ、こりゃさすがだわ、と大変感銘を受けました。

この考え方に則ってフェルディナンドやカレラなど名車の数々が生み出されていきました。

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これらはそれぞれの時代の技術に合わせながらもマスターピースの思想通りに造られており、それがポルシェの強烈な個性になっていることが見て取れると思います。

しかしこの後、自動車界にちょっとした流行が巻き起こります。1970−80くらいにコンピューターというものが世に現れ始め、自動車のみならず工業製品全体に四角ばった「未来ってこんな感じじゃろ」トレンドが吹き荒れます。

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ちょうどシンセサイザーなんかが出始めた頃で、未来ってやつはすなわち平行と垂直だぜ!というムードが蔓延してた時代です。

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いろんな自動車メーカーがこのトレンドに右ならえ、BMWもこんな感じでした。

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なんとこれはアストンマーチンです。彼らにしてみたら、きっと消し去りたい黒歴史、なのではないでしょうか。

ユニークな思想と強力なマスターピースで始まったポルシェといえども例外ではありませんでした。

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それがこの冒頭の写真、この記事の最初にこれがポルシェだと気付いた人は相当なマニアです。あんなに素晴らしいマスターピースがありながら、時代の流れには逆らえなかった葛藤、というようなものを感じさせます。

案の定、このモデルは大コケしたらしくポルシェは低迷期に入ります。この後、長い時間をかけてマスターピースに戻していく訳ですが、その過程には迷走感が否めず、帰る所を見失ってしまった暗闘、とでも言えるような時代だったようです。

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とりあえず、ヘッドライトがツルツルなのは変えよっか、とばかり可変内蔵式はやめたようです。故障もしやすかったでしょうし、その割にはメリットもない、という事もあったのでしょう。昔デコチャリという無意味にゴージャスなジャンルの自転車にも同じライトが付いてましたが、それも短命だった事を思い出します。オッサンしか分からない例えですみません。

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これはヘッドライトは流行りのだけどウインカーがポルシェっぽいよ?という事でしょうか。小手先感が否めず、やや残念な結果になっているように思います。

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わかった!ライトを四角から丸にすりゃいいんだ!という感じでしょうか。全部平行垂直で構成されているよりかは大分ポルシェ感出てきたように思いますが、やはり根本の解決にはなっていないように思います。知ってた人が目だけ残して後は整形して別人になったかのようです。

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丸に戻した、しかしやっぱり引っ込んでいるのはアカン、少しとび出させて見ました、という修正でしょうか。でもボディーがついていっていないので、無駄に可愛く、カエルっぽさが残ります。

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マスターピースの、ヘッドライトから始まるボディラインを控えめに出してみましたよ?大分それっぽくなってきたように思いますが、まだ変身途中の狼男のようです。

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この辺にくると、その時代のテクノロジーを取り入れながらも大分在りし日のポルシェ感が出てきたんではないでしょうか?この後のモデルはマスターピースの血統を感じさせる流れが続いていますが、ここまで回復するのに約20年くらいかかってます。

最初っから流行りになんて乗らなけりゃこんな回り道しなくてよかった、なんていうのは後から何とでも言える事で、やってる当事者にしたらその都度必死になって考えてきた歴史の重み、とでもいうものを博物館のフロアを廻っている間にしみじみと感じた次第です。

流行に乗らなければ時代遅れと言われ、流行に乗れば容易くアイデンティティを失う、というデザインの難しさを改めて感じた経験でした。

しかしながら、一つ言えるのは流行りがどうであっても、マスターピースにあたるものが無ければアイデンティティなんて確立できない、という事です。

マスターピース、というのは考えが視覚化されたものですから、まずはモノづくりには独自の「考え方」が最重要、と改めて感じた次第です。

と、言いたい放題の妄言にここまでお付き合いいただきまして誠にありがとうございます。

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