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【創作】友人からの手紙

親愛なる僕の友人 ラドスラフへ


久々の便りになってしまったことを謝りたい。
この数か月、あまりに多くの出来事が起きたんだ。
その件で長いこと忙しくしていてね。
趣味のガーデニングもこのところ満足にできていない。
その分君が今まで通り平穏な日常を送っていることを強く願うよ。


去年の秋祭りで君に髪飾りをくれた少女を覚えているだろうか?
栗色の長い髪を後ろで束ねた、大きな目の彼女だ。
(女の子にめっきり耐性のない君は茹でたロブスターのように顔を赤らめ、ただ一言「大事にする」と言って、それ以上彼女とは話さなかったけれど)


ああいう時はたとえお茶に誘わないとしても、名前くらい聞いてやるのが礼儀というものだよ。
僕は優しいので、あの可愛らしい少女の名がリリアナだということを君に教えてあげよう。

ところで、あの髪飾りはちゃんと保管してあるのだろうね?
女性が男性に髪飾りを送るのは、この町では重要な意味をもつ。
君はずぼらだから、うっかり失くすなんて野暮なことをしてないことを願うばかりだ。


まあ、そんなことよりも、返事が遅れた理由を弁明しなければね。
思えば事の始まりは、あの秋祭りの直後だった。



リリアナの姉が、森で行方不明になった。



あの不気味な森のことは、君も記憶しているだろう。
一度、学校の講義の話をしながら歩いたことがあったな。
あの時は議論に夢中で森の様子なんて見ていなかったかもしれないが、
とにかくあの森は暗いんだ。昼間でも地面には殆ど日が当たらない。

それで地元の人間からは”魔女の森”なんて呼ばれる始末だ。
いや、それが実際住んでいるから、名称としては間違っていないんだが。


はは、君が言いたいことは分かるよ。当然魔女なんていやしない。
彼女は80歳くらいの老人で、薬草の知識と扱いに非常に長けているんだ。
おまけに占いを生業としているから、町の人から魔女と呼ばれている。
ただの愛称みたいなものさ。

どうも足腰が悪いようで、杖をついてカタツムリのように移動しているのを町でよく見る。その辺の子供たちに買い物かごをもたせて、駄賃にキャンディをあげている姿もね。



そもかく、その彼女がすんでいる森で、行方不明者が出たというわけだ。


いなくなったのは秋祭り最終日の翌日。
ああ、君が祭りの終わりを待たずに帰ってしまってから、僅か二日後だ。
リリアナの姉は、いつも通りの様子で出かけたそうだ。
ただ少し、何か、焦っている感じだったと語ったのは母親だったかな。

講堂に女の子たちが集まって秋祭りで使った小道具を片付ける日だったから、てっきりそこへ行くのに友達と待ち合わせていて、時間に遅れていると思ったそうだ。

結論から言うと、彼女は講堂に来なかった。

それどころか、町の入り口で鳩に餌をやるのが日課のレネーさんも、
あの子が出て行ったところは見ていないというんだ。
(レネーさんの証言は正直怪しい。彼は二年以上この町で取材を続けている僕の顔さえ覚えていないのだから)



夜になって、彼女が帰ってこないことが分かると、町の男たち総出で探し回ったよ。もちろん僕も捜索に参加した。
森の木の洞を一つ一つ覗き、茂みをかき分け、沼に浸かって手探りした。
それでも本人はおろか、手掛かりの一つも見つからなかった。

魔女の婆さんも(彼女の名はヘドヴィカという)、当日は彼女の姿を見ていないという。行方不明になった少女は、時々ヘドヴィカの家を訪れて編み物や料理を習っていたんだ。

俺が町の男たちと訪ねた時、ヘドヴィカは話していた。
「あの子はこの一週間一度もうちへ来ていない。秋祭りの衣装を作るので忙しいからしばらく来られないと言っていた」と。


ヘドヴィカの家からの帰り道、町長の息子のヤンが僕にぼやいた。
「あの婆さんの言っていることがどれだけ正しいか分かったもんじゃない。
何せ魔女だし、あの年だぜ。嘘をついているか忘れているか、その判断も俺たちにはできやない」
どうやらヘドヴィカが何かしら関わっていると疑っているようだったが、僕にはそうは思えない。

ヘドヴィカは魔女などではなく、博識で足腰の弱い、どの町にも一人くらいいるような普通の老婆のように、僕には見える。


下宿に戻った僕は沼に浸かって泥だらけだったから、モクリー夫妻を随分驚かせてしまった。
奥さんのアデーラさんが二階から着替えを持ってきてくれて、旦那のホンザさんはオニオンスープを用意してくれた。


僕が食事を終えた頃に向かいの店のアドルフが僕を訪ねてきたのだけれど、何せ死ぬほど疲れていたものだから、何を話したか全く覚えていない。確か君に関することを話した気がするんだが、あまりに僕が眠たそうなので向こうもさっさと切り上げてしまった。

いつも部屋の中で論文を読んだり書いたりしている人間が、六時間近く森や町を歩き回ったんだぜ。あの時の僕がどれだけ疲弊していたか、君ならきっと理解してくれるだろう?

その後も町の男たちで探し回り、よその町から警察も呼んだが、結局彼女は見つからなかった。
今でも捜索隊が週に二、三度森へ出ているが、相変わらず収穫はない。


手紙の返事を書く時間がなかったのは、こういうワケだ。
厳密には、行方不明者の捜索と、論文の執筆と、あともう一つ調べていることがあって、それで君の手紙が届いてから開封するまでに一週間ほどを要し、返事を書くまでにその10倍もの時間がかかってしまった。


心配をかけて悪かったよ。
この三か月余りの間に君から届いた手紙は全部読んでいる。
実家で仔犬が生まれたんだってね、おめでとう。
君の名づけのセンスはさておき、柔らかい草の上を駆け回る六匹の赤毛の子犬はさぞ愛らしいことだろう。
僕も将来は犬を飼いた と思ているんだ。君からの手紙を読んで、我が家に迎える犬は赤毛しようと心 l= 決めたよ.


……さて、話を戻すが、君に髪飾りをくれたリリアナは、それは落胆した様子だった。姉がいなくなったんだから当然だ。
彼女には他に3人の姉(バーラとエリカとヨゼフィーナ)がいるのだけれど、行方不明の姉とリリアナは一番年が近いこともあって、特別仲が良かったんだ。

秋祭りで射的勝負をした男を覚えているかい?
あの屈強なユレクがいてくれたら心強かったんだが、あいにく祭りの直後から出稼ぎに行ってしまって、来年の夏まで戻ってこない。


あの子が行方不明になってから、リリアナの両親は毎日教会に足しげく通っているよ。彼らの名前は……なんだったかな。これは忘れたというよりも、始めから知らないのだと思う。
特に母親の方は、朝から晩まで教会にいるものだからすっかり痩せてしまって。この街に来たばかりの頃にインタビューさせてもらった時の優しげな笑顔もすっかり消えてしまった。

君が今度町へ来るときは、ぜひリリアナに会って、楽しい話をしてあげてほしい。時が経つにつれ、町は行方不明事件から立ち直ろうとしている。
気の毒な家族を置き去りにして。



だからせめて、秋祭りに君が来てくれたらリリアナも喜ぶと思うんだ。


僕は、僕の研究に協力してくれたこの町が、

この町で生まれ育った人々が好きだ。


だから少しでも力になりたい。



例えば、純粋な少女が思いを寄せる僕の友人に手紙を出して、
再び町を訪れるよう仕向ける、とかね。
町の子どたちが作った秋祭りの招待状を同封する。可愛らしいだろう?
きっと来てくれたまえ。

一月後の秋祭りで,君に出会え ことを楽しみに ているよ。


君の一番の親友より


















なあ、気付いたかい?
君ならきっと、とうの昔に違和感を覚えているだろう。

僕が”このこと”に気付いたのは、この手紙を書く数か月前だったんだ。
彼女だけじゃない、僕も、もしかしたら……。


町には来なくていい。

   僕も来春にはそっちへ戻る予定だ。




少し予定が早まったが、遅くなるよりいいだろう。

この手紙はこれで終わりだ。
だが、これだけは忘れないでほしい。



僕は間違いなく、君の親友の────



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