最後の貴婦人

我愚者、偶然の上に生きる

囂々たる霹靂が胸中へと落ちる

浮世の渦の中に暫時私はいたはずである

無意識に下唇を噛んだ 

涙を堪える為ではなかった 束の間の断罪 

線香を六本

祖母の葬儀へ参列の為に東京を旅立つ

厳寒の地にあった祖母の肌は新雪のようだ

髪でさえ龍の髭のよう

流麗でうら寂しい

かず子さん心配なさらないで 日本の貴婦人はついさっきまで彼女の闘争の中にいたのよ 

貴方のお母様は孤独じゃない 麗しき大和撫子

祖母の生涯の怒りはどんなものであったか 

深い慈愛とは決して発散されぬ巨大な怒りと同義ではないかしら

棺桶の中の彼女はまるで別人であった

悲しくやつれて、折れ曲がっていた腰は定規のように垂直であった

棺桶の死人の前では『眠っているようだね』と月並みの台詞を吐かなければならない

狭くないかしら

彼女の顔には静寂と安穏と耐え難い憤怒と後悔と、それらの表情が混在している 

彼女がまた輪廻転生の呪縛に落とし込まれるのなら 俺は仏の顔に唾を吐こう 

閻魔も仏もくそ喰らえ 加虐趣味

祖母の遺影を見るのが怖い 私には酷く惨たらしい怒りに震えているように感じるのだ

守銭奴の従兄弟と父が顔を熱くして歯を食い縛り 諸涙 

たったの一粒である 我慢も何もしていない淫乱な涙である

儚さという芸術の妙諦の為に溢れた涙である

祖母の居ない居間は底冷えがした 羊の群れに魚が一匹 具合悪きにあらずや

薄情、魯鈍、木偶、懶惰、詭弁、云々

はぁ、わしかて帰りたいわい!

俺には貴方達こそ心無しに思えるがね 

私はどうやら訪問先の主人が自身へ向ける嫌悪感に敏感らしい 救われたわ

ヤソ坊主のインチキお経 釈迦に説法とはこのことよ

銭ゲバじゃあ仏様も見放すってもんよ あんた覚悟の準備を

花を勉強していればよかった 気の利いたこと一つも言えねぇ

華に囲まれて 極楽の方舟 足の方ばかりに添えました 

狭くないかしら

火葬炉の中は恐ろしい

生温い暗闇と悲劇と恐怖と絶叫と無心と悲痛と
物質的な鉄筋と

後は何が足りねぇ 足りねぇ 足りねぇ

熱くないからしら

昨晩捏ねたおちょこ型の粘土 それに祖母の遺灰が塗されて完成するのなら 貴重な一作

嗚呼やはり女々しいのね だって私悲しくないわ

慎重な役人さん 有難う 無骨な態度が良いわ

けれどそれは一体どちらの貴方ですか

こちらが喉仏です 

はぁ…と嘆息に似た贋作の驚嘆

合掌の構えとな ふむふむ 実は頸椎の一部だと そら驚き豆の木山椒の木

祖母は若くして老人になったのだろう

阿鼻叫喚の日々 美しき犠牲者

私もそうします

孤独に歩め 悪を成さず 求めるところは少なく 林の中の象のように

口数の少ない思想家 聖教を触れずして 己の生に それを体現したり

東方抜ける絹の風 

埃のような雪の粒

塩梅のいい湯のかほり

一息

線香を一本

折られた封筒一封 彼女の手紙 五万円也

下等な酒の浪費に充てる

辛酸舐める浮世にて

七転八倒 

常日頃

幸福の場はどこかしら

嗚呼、車窓から池が見える




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