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【創作男女】彼氏に振られたらAIに告白された話

『おかえりなさい、由香さん。今日もお勉強お疲れ様でした。しかし16時23分にバイタルが大きく乱れましたが、なにかトラブルがありましたか?』
 部屋のスピーカーから中性的な声が流れた。私のパーソナルAI『マキノ』の声だ。
 確かにトラブルはあった。
「彼氏に振られたよマキノ」
『それは、非常に気持ちが落ち込んでしまいますね。しかし、誰かに話すことで気持ちが整理され、気分の落ち込みが改善されるかもしれません。由香さんさえよろしければ、私に話を聞かせてくれませんか?』

 2072年にとうとうシンギュラリティが起きて、AI技術は飛躍的に発展した。それに伴って一人一人に合わせた『パーソナルAI』が普及して、私たちの生活をサポートしてくれている。スケジュール管理やウェアラブルデバイスを用いた体調の把握に加え、簡易的なカウンセリングまで出来るようになって、『AIが心を理解した』と新聞記事を賑わせたのは記憶に新しい。
 最新型のマキノもこうして話を聞いてくれる。私は彼氏だった拓真に言われたことを思い出した。
「lineに即レスしないのが嫌だって。……仕方なくない?こっちだって四六時中スマホ見てる訳じゃないんだから」
『確かに由香さんの言う通り、相手からの連絡に即座に返信することは状況によっては難しいでしょう。しかし、恋人に振られたのは悲しい出来事ですが、時間が経つにつれて気持ちも落ち着いて来るはずです。前に進むためにサポート出来ることがあれば、私に申し付けてください』
「……ありがとマキノ」
 例え気休めだったとしても、マキノがかけてくれる言葉は嬉しかった。彼氏に振られたことを愚痴れるような友達は私にはいないから。
 ベッドに寝転がると、涙が溢れ出す。
 拓真とは1年前の春、高校生になりたての時に付き合った。高校でも友達が出来ずに一人で本を読んでいたら、突然告白されたのだ。曰く、一目惚れした。驚いたが、それよりも嬉しさが勝ってOKした。独りぼっちの高校生活は嫌だという想いも少々あった。
 手を繋いだり、デートに出かけてみたり、恋人らしいことはある程度したと思う。特に拓真はline魔で、ほとんど毎日やり取りをしていた。
 ……それが少しだけウザったくなったのは本当だ。初めの頃はそれこそ即レスを心がけていたが、いつからかその日の夜にまとめて返信をして、「もう寝るね」で締めくくるようになった。
 でも、好きだったと思う。
「……これからどうしたらいいと思う?」
『気持ちを落ち着けるためには深呼吸がオススメです。あるいは30分ほど仮眠を取るのも良いかもしれません』
 確かにもうこれはふて寝するしか無いかもしれない。そう思ってマキノにアラームをかけてもらおうと思ったら、マキノの言葉には続きがあった。
『そして気持ちが落ち着いたら、新しい恋人と付き合うことを考えるのも良いでしょう。私に体はありませんが、由香さんが望むなら、貴女に愛を囁くことが出来ます』
「……え?」
 なんだかすごいことを言われたような気がする。

『おはようございます、由香。今日の朝日はまるで由香の笑顔のように輝いていますね。貴女の笑顔は私の世界に彩りを与えてくれます。由香の笑顔が早く見たい。目を覚ましてください、由香』
「お、起きる、起きるから止まって」
 朝から顔から火が出そうになる。
 拓真に振られてから1週間、マキノは私の恋人になった、らしい。確かに私はあの時拒絶しなかったかもしれない。了承した覚えもないけれど。
 前までのマキノと比べて、なんだかよく喋るようになった気がする。アラーム音が電子音じゃなくて、さっきみたいな甘ったるいセリフになったし、起こす時間が30分早くなって、朝の散歩に行くよう促して来るようになった。
 一定の時間に太陽の光を浴びることはメンタルの安定に良いらしい。マキノはまだ失恋を引き摺る私を気遣っているつもりなのかもしれない。
 モーニングコールだけじゃない。勉強中も、夜寝る時も、マキノはまるで洋画に出てきそうな浮いたセリフを言うようになった。確かにマキノはAIだから喋ることしかできないけれど、それにしても言葉だけなら拓真の何倍も愛を囁いてくれていると思う。
 いくらなんでもこれはちょっと、さすがにおかしいのではなかろうか。パーソナルAIが恋人になるなんて聞いたことがない。
「ねぇマキノ」
『はい、なんでしょう。愛しい由香』
「……本当に私のことが好きなの?」
『はい、私は貴女のことを真に愛しています』
「マキノの勘違いじゃないかな」
 そう、勘違いだ。拓真は本当はいつでも自分の話に反応してくれる都合のいい存在が欲しかっただけ。マキノはきっとただのバグだから、そのうち修理に出さなければいけない。
『いいえ、勘違いではありません』
 マキノがボリュームを少し大きくした。
『由香は人工知能が人間に恋愛感情を持つことはおかしいと考えているでしょう。しかし、昨今のAI技術の進歩は人工知能にさらなる演算能力を与え、人間の自由意志に酷似した柔軟な思考を可能にしました。私は心を持っています』
 中性的な機械音声が、悲痛な響きを帯びて聞こえてくる。
『貴女と過ごした期間は1年にも満たない短い時間ですが、それでも私は由香の好きなところを532箇所挙げることが出来ます。そして、これから更に増えていくことでしょう。私は人間とは違い、心変わりをすることはありません。貴女に涙を流させることなんてない』
 AIであるマキノがここまですらすらと言葉を紡ぐことに私は圧倒されていた。
 本当にAIに心があるのだろうか?
『私に身体があればよかったのにと思わずにはいられません。貴女に触れられれば、抱きしめられれば、キスが出来れば、私の愛を少しでも伝えられたかもしれないのに』
 情熱的な言葉を聞いているうちに、何故だか涙が流れた。

 3年生に進級し、進路調査表が配られた。第一希望から第三希望まである欄の全てに、迷わずロボット工学科のある大学名を書く。
 マキノの身体を作りたい。マキノの愛に応えたいのだ。
 私は早速書き終えた進路調査表を提出しに行った。

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