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伝統は何を伝承してきたのか。

ことほむ」も陶磁器産業とちょっとした縁があったり、織物産業に縁があったりしている関係で、通称伝産業界について歴史や来歴についても調査することがあります。来歴の調査をすると一般に言われているものとは違った視点で見えてくるものがあるので、中小企業の経営を先代から代替わりした方にも役に立つかもしれないと思い、現時点での考察まとめをメモとして残しておこうと思います。

手工芸の高齢化という言い訳。

日本各地には伝統工芸と呼ばれる手工芸がいくつも存在します。加賀支社(白山市)のある北陸地方では漆芸・金箔に関連するものが派手で目立ち、視線を広げると織物・やきもの(九谷焼・備前焼など)、和紙(越前和紙)なども身近な伝産品です。この他にも無形なもの、行事・祭事、室礼など日本全国にも、その土地にしか存在しないものがまだまだ残っています。反面とっくに消えてしまったものも多数あり、実際に目で見られるうちは稀だと思ったほうが良いかもしれません。さてそのような状況下ですが、昨今技能を持った職人や手順や所作を知る神事・祭事・行事の執行者が、高齢化によって歴史に終止符を打つかもしれないと騒がれています。こうした中でも伝統産業と定義される手工芸については、経済産業省が保護に関する動きを見せています。(参考:伝統的工芸品産業をめぐる現状と今後の振興施策について.経済産業省製造産業局/伝統的工芸品産業室.平成23年)この他にも様々な取り組みがあるわけですが、残さなければならないものに「技能」が特化されており、ついで「素材」と続きます。多くの見方は「高齢化による後継者不足」となっているのですが、これに関しては手工芸に限らず、近代的な経営手法をとる中小零細企業の会社法人にも当てはまることなので、実はただの言い訳に過ぎない一面を大きくはらんでいると考えてもよいかと思っています。

そもそもの原因は意思決定ための軸に違いにある。

伝産に分類されている産業のほか、盆栽業界など伝産に分類されていないが、実は100年以上続いている産業も存在します。そのような中、伝産業界においても経営速度(意思決定)の視点から見られている分析において、意思決定の速度基準が現代の21世紀に置かれていることに気が付きました。また当事者となる若い職人と話をしても、21世紀の意思決定の速度に追いつくことこそ、生き残りの全てだと思われている人も存在しています。またコンサルタント業の知人からも、伝産といえども意思決定の速度を上げることは大切なので、ITを取り入れたりすることを推奨する話は多々出てきます。(参考文献:意思決定スピードと業績との関係についての一考察―中小製造業を対象とした調査をもとに―.小寺 崇之 著.2010

しかし大福帳の記録や残っている過去の茶会記録などを分析していくと、老舗になるほど意思決定は世間標準に合わせてはいないと気がつきました。あえて言えば緩急があると表現をすべきでしょうか。情報をできる限り集め、決断するときは一気に進むというような速度感です。その決断原理には商家の哲学が強く働いており、現在も残る老舗では哲学が健在であることを経済記事などで散見することが可能です。

そうした過去の速度感は、ネットが普及した現代では日々刻々と変わる社会状況がリアルタイムに集められるためノイズが混じります。哲学が伝承されていないと余計なノイズに飲まれ、軸がブレることで、見定めなければいけない事案の意思決定に、哲学を持っているところと大きな速度差が生じてしまいます。

伝産業界の多くは、江戸期などでも販社にあたる元締めサプラ―チェーンの一部であったり、明治の産業革命時に一気に膨らんだ業界だったりします。特に絹織物に関しては明治期からの歴史であり、私達がよく知る絹の着物などはほとんどこの頃から始まり、昭和の高度成長期に西洋ドレスコードに対抗するため考え出されたコーディネートだったりします。
(参考:和装振興研究会報告書.平成27年6月16日
同様に和傘は、戦中に洋傘の入手困難な時期があったため延命し、昭和30年頃までは日常で使われていました。しかしその後需要が急速に低下。和傘製造業の多くはこの頃廃業しています。
(参考:和傘づくり.江戸川区郷土資料館

このように伝産業界でも昭和後期頃まで調子の良かった業界もあれば、昭和中頃に廃業している業界もあります。現代残っている伝産業界を紋切り型で語ってしまうと本質が見にくくなりますが、意思決定をするタイミングは本来それぞればらばらで、決して意思決定が速ければ良いというものでも無いようです。
(参考文献:江戸商人の経営と戦略.東京都水道局東部第二支所長/博士(経営学).鈴木浩三 著

伝承するものは哲学。

技能や原材料といったものは目に見えてわかりやすく、業界外の人にとってみれば、非常に精工で緻密な作業が必要なものなど、経験の感に頼る部分(見えない部分)が失われることの恐れから、これを保護しようと試みている傾向が多く見られます。

しかし本当に伝承しなければならないのはその産業や家系に伝わる哲学。多くの中小企業でもみられる世代交代時の混乱でも現れているように、軸となる哲学がブレるため、何が大切で何を変えればよいかの判断に現場がついていっていないことが多いと感じられます。

哲学と言ってもプラトンやソクラテス、鈴木大拙や西田幾多郎が唱える小難しい物でなく、伝産の家系に伝わる哲学は、先代・先々代が時代を通じて感じ、経験したことを明文化した智慧の集積であり、難しい意思決定をするときの指針でもあります。

現代の伝産業界はもとより、中小零細企業の代替わりに於いて先代との軋轢があったり、考え方の違いが生じたりする背景にこの哲学が明文化されていないか、言葉になっていてもわかりにくくなっているケースが多く見受けられます。事業を継いだは良いが、セミナーで聞いた経営方法を取り入れたり、言葉のはやりでIT・IoT化を試みたりするパターンに心当たりはないでしょうか? それは決して悪いことではありませんが、作り出される製品の美的な感覚は第三者評価ではなく、まずは造り手側に存在していることがいろいろ調査するとわかるようになってきます。

そのポイントを実現するためには手作業でなければならなかったり、機械を取り入れても一定の時間をかける必要があったり。それは売上とも直結してくる考え方ですが、そもそもその美的な感覚の元は何が根源かわからなければ、省力化や単純化に走ってしまう可能性もあります。

来歴の調査というのは、こうした哲学が明文化されていない企業製品などの記録を調べ、いわゆる初期設定を作り直す作業をしています。アニメ作品制作やゲーム制作などでは、この初期設定をいかに作り込むかで、多くの人が関わる分業制にもかかわらず統一された世界観で作品ができあがる事例からもおわかりいただけると思います。つまり哲学の見える化作業です。
(参考:日本のアニメーション制作現場の実情と課題.同志社大学大学院総合政策科学研究科 大橋 雅央 著

伝産業界に限らず中小零細企業にも共通して、売れるもの、効率良く作れるもの、利益率が高いものを探す作業ではなく、今一度企業の哲学を見直してみてはいかがでしょうか?
多少のお手伝いでしたら、ことほむが力添えしたします。



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