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「想いの伝え方」 2年・加藤拓己

『自分の考えや想いってどうやったら他人に伝えられるのだろう。』


話して伝わるならとても楽で苦労しないだろう。
でも、世の中そんなに簡単ではない。だから面白い。
100人いれば100通りの人格が存在して、100通りの考え・意見が存在する。
じゃあア式蹴球部という大きな組織で自分の想いはどうしたら伝えられるのだろう。
全部員が向いている方向は同じ。でも、その中にいろんな意見が存在して、その意見交換の会話が飛び交うこの組織で全員に自分の想いを伝える方法って何だろう。
伝え方に正解は存在しない。でも、自分はこの組織の中で頭が良いわけでもなく、喋ることが上手な訳でもなく、サッカーが飛び抜けてうまいわけでもない。そんな人間が他人にどうやって伝える?これまでどうしてきただろう。そうやって良い意味で過去を振り返ってこれまで17年間のサッカー人生と、20年間の生活を思い出してみた。


今まではとても感情的だった。審判の判定に納得がいかなければ頭越しに不満をぶつけ、何度もカードをもらった。出場停止の試合もよくあった。仲間にも怒鳴り散らすことも日常で、自分の意見ではない意見に対してはたとえスタッフであろうと、監督であろうと喧嘩腰に立ち向かった。意見が聞き入れてもらえずにふてくされて物に当たることもあった。スタッフの考えに理解ができずに練習を途中で抜けて怒られた事に気に食わず刃向かった事もある。何事も本気で伝えれば分かってもらえると思っていた。自分が正しくなくても納得いかなければ怒って言い合うことが全てだと思っていた。


そんな過去の自分を今の自分と比較してみた。


真逆だった。
基本、他人に怒りは覚えない。仲間のミスにも、相手の悪質なプレーにも。時に審判の判定に納得いかないこともあるが、改善策や自分の意図を伝えてそれがファールになるのならどうすれば良いのか審判に質問をしてヒントをもらう。審判もひとりの人間だから自分の考えを理解してくれる。今まで審判は自分のプレーを制限する邪魔者だと考えていたけれど、今は自分のプレーの幅を広げてくれる存在に感じる。カードをもらう回数は圧倒的に減ったし、ましてや審判と笑顔で会話ができている自分がいる。スタッフの意見に対しても不満はないし、時に何か不満なことが起こってもすぐに消えてしまう。自分の伝えたいことも特に多くは言葉にしない。勿論サッカーのプレー面での要求はするが、自分の考えを自らの口で伝えることが圧倒的に減った。20年を生きてくうちに自分で自分を理解できてきた。それははじめに述べたが自分はそんなに優れた人間ではないし、器用でもない。ましてや物事を感情的にしか話すことのできない人間だ。だから、言葉で伝えるよりも背中で見せることしか自分にはできないと思った。
今でも他人に意見をされて納得いかないことも勿論ある。顔に不満げな表情が出てしまうことも多々ある。時に「なんでそんなこと言われなければいけないんだよ」と思うこともある。でも、その意見に言い返すことはない。納得がいかなくても、ひとりの時間にその意見に対して冷静に考えて自分なりに解決する。自分の中での理想が高いが故に、他人の前で自分の事で考えたり悩んでいる姿は見せたくない。それが正しいかは分からない。でも、自分は他人に対して感情的に意見するほど偉くもなければ、感情的になっても自分の考えが伝わらないことを自らの経験で熟知することができた。
昔は荒っぽかったのに自分で驚くほどに真逆の性格になった。穏やかというか、自分にも余裕ができた。分岐点は特に分からないが、他人に怒ったりして得する人や良い気持ちになる人はいない。それに他人に怒りを覚えても自分が疲れるだけだなと。そう考えるうちに自分の考えを必要以上に発言しなくなったし怒らなくなった。かといってめんどくさいわけでも、他人の意見に耳を傾けないわけでもない。昔より他人の意見を聞き入れるようになってから自分の弱さを知ることができたり、駄目な部分や、その人が自分に対してどう思っているのかも考えるようになった。このことで得したことも沢山ある。でも、逆に勘違いされることも増えた。「あいつは考えてない」とか「適当にやっている」とか沢山の意見を聞いてきた。でも、それに対して自分なりに考えはあるが、「俺はこれだけ考えているんだよ」なんて他人に言う気にもならないしそう感じられていて良いと思う。もちろん勝負の世界だからそう言われても仕方ない。それなら自らの背中で見せた方が早いと思ってしまう。相当ひねくれていると思う。良くも悪くも適当なのかもしれない。人間はある程度適当でなければ生きていけないのかもしれない。世間はこの考えをおかしいと笑うだろう。でもこの思考に、伝え方に自分らしさすら感じることもできる。過去の経験が導き出してくれた答えなのかもしれない。他人に理解できるモノとは思わない。だからこそ、言葉ではなく他人からなんと言われようと変えるつもりはない。まだまだ足りないが、自分は全ての人に背中で想いを伝えていこうと思う。それが自分なりのベストな想いの伝え方だと思う。

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こんな自分だが、絶対にぶらさないと決めていることがひとつだけある。

常に笑顔で楽しく

たとえ大敗した後でも、試合に負けているときでも、人間苦しいことの方が断然多い。
だからこそ空気が悪い練習でも、試合展開でも楽しい雰囲気に無理矢理でもする。それは小さい頃からサッカーは常に楽しいモノであったからだ。大学までサッカーを続けてきていつの間にか、選ばれるためにサッカーをしていた。そんなときに良いプレーができるわけがない。楽しいから始めたサッカーで苦しむくらいならと思った僕を救ったのは常にサッカーだった。だからこそサッカーは楽しくなければいけない。「気持ちには引力がある」。U-16代表の時の森山監督が言ってくれた言葉だ。周りからどう思われても良い。でも、本気でサッカーを楽しんでチームの雰囲気を明るいモノにしたいという気持ちは必ず他人を引き寄せると信じている。楽しむことで勘違いをされたり、揚げ足を取られることも何度もあった。試合に負けたのに笑顔でいて意見されることもあった。でも、笑顔のないところに神様は幸せを与えない。たとえ苦しくても勝つためには笑顔が絶対に必要。この明るさを失ったときはサッカーをやめるときだと自分で決めている。それだけ楽しむことを小さい頃から大事にしてきた。想いは可能性を広げ、念いは結実します。だからこそ、どんな状況でも自分は笑顔で居続けます。これもひとつの想いである。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。」
これまでの人生、近道はありませんでした。常に何かを背負って押しつぶされそうになりながら生きてきました。これからもそうです。山あり谷ありの人生です。でも、不自由を常と考え、苦しかった時期を思い出して自分を奮い立たせ、我慢強く、常に自分の行動を反省し、他人を責めることなく自分をぶらさずに茨の道を生きていきたいと思います。



加藤 拓己(かとう たくみ)
学年:2年
学部:スポーツ科学部
経歴:鹿島アントラーズつくばジュニアユース(龍ケ崎市立中根台中学校)→山梨学院高校
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