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「結果にこだわる。」 4年・野牧元

正直みんなのブログが良すぎて、「俺なんかが書くことなんてねーよ(笑)」と思っています(11月15日PM10時)!!
私も書くからには自分だから書けると思うことを発信していきたいので、大学4年間を通して、私だから思えたこと、感じられたことを否定的なことを含め正直に述べさせていただきたいと思います。世の中にはこんな考え方をしているやつもいるのだなという感覚で読んでいただけたら幸いです。そして、最後まで読んで、感想までくれたものなら野牧はとても喜びます。それでは、しばしお付き合いください。

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私の父は、小さいころとても厳しい人だった。1番強烈なエピソードとしては、小学校高学年の頃から休日に自重での筋トレを始め(やらされていた)、ピーク時はスクワット1000回、腹筋100回、腕立て100回、背筋100回を行っていた。(そのため長期休暇は地獄)筋トレから逃れるために寝たふりをしたところ、足を掴まれて引っ張り出されて投げ飛ばされた。逃げ場がなく、母に泣きながら助けを求めたところ、父の想いも理解していた母は何もできず、そんな母に私は「裏切り者!!」と泣き叫んでいたのも今になってはいい思い出である(なぜ今自分がムキムキではないのかが不思議でしょうがない(笑))。
その他にも多々エピソードはあるのだが、このように、私の根底にある価値観は父に大きく影響を受けた。「男は強くあれ」「努力は報われる」「やれることをすべてやれているのか?」「転んでもただで起き上がるな」幼少期から今にかけて父にかけられてきた言葉の数々である。何となく私という人間の人間性を理解していただけたのではないかと思う。

ここまでまるで父が悪者のように書いたが、私は父が大好きである。小さいころ私に厳しく接していたのも、4月1日生まれという、周りより1年遅れてしまっている遅れを取り戻すためであった(愛情表現が下手なのかもしれない(笑))。今は基本的に私が出る試合は遠くでも見に来てくれるし、落ち込んでいるときにLINEをすると勇気づけてくれて、どんな時も私のことを守ってくれる1番のサポーターである。本当に尊敬しているし、感謝している。

話を続けていくと、こんな私を中学、高校の先生たちは高く評価してくれた。正直サッカー選手としての単純な能力を見たとき、チームの中で底辺に近かったと思う。足も遅い、技術もない、ただ走れるやつ(今も変わりません)。それでも、声を出す、誰よりも自主練をする、誰よりも走る、そんなところを評価して試合に起用してくれた。特に高校では市立浦和高校という部員約150人の埼玉の強豪校で試合に出ることが出来た。チームとしての結果は振るわなかったかもしれないが、私にとって大きな成功体験になった。しかし、大学はそんなに甘くなかった。入部当初から感じた、圧倒的実力差。練習中にミスをすると、先輩から罵倒され、同期や後輩からの視線は冷たく感じ、何か悪口を言われているんじゃないかと怖くてしょうがなかった。そんな不安をかき消そうと自主練をして、少しでもミスをした言い訳をなくそうとして、「俺はみんなより練習してる」そうやって自分を正当化した。この時のきつさは経験してみないとわからないと思う。練習に行くのが怖かったし、練習前も同じチームのメンバーを確認して罵倒してくる苦手な先輩と一緒のチームじゃなければ心の中で喜んでいた。しかしながら、そんな自分でも実際に評価してくれた人はいた。ア式蹴球部前監督の古賀さん(現名古屋グランパスU-18監督)は、全体ミーティングの際に名前を挙げてくれたし、パスコンへのこだわりからパスコンの鬼と呼ばれたこともあった(茶化されていたのかもしれないが)。そんな私に、昨シーズンキャプテン岡田さん(現町田ゼルビア)が強烈な1撃をお見舞いしてくれた。

「野牧は頑張ることに酔っている」

という言葉である(当時は受け入れられず反発もしていた)。この強烈な1撃をきっかけに何かが自分の中で変わり始めた。しかしながら、大きく変化することはできず、右往左往しながら4年間過ごしてきたが、大学生活で大きな気付きを得ることは出来た。 

それは、

「結局大事な時に結果を残せる人間こそが信頼される」

ことである。

正直当たり前だと思う人もいるかも知れない。けれども、私はこの解釈をなかなか自分の中に落とし込むことができなかった。いくら練習したって、試合で活かすことが出来なかったら何の意味もない。確かに何事においてもプロセスは大事だ。失敗をすることで学ぶこともあるし、成長だって確実にしているはずだ。しかしながら、本当に伸びて、努力できる人は、結果にこだわる人なのではないか??勝つためには対策を練る必要がある。どうやったらうまいくのか、どうやったら戦力差があっても勝てるのか。だからこそ、今の自分をどうしていけばチームの中で機能し、活躍できるのかによりこだわる。もっと言うと、大きく自分に自信をつけることが出来るときは、相手が自分たちより能力のある中や、大事な公式戦などで、いいプレーが出来たり、引き分けまで持っていけたり、勝つことが出来たときだ。多くの時間をBチームで過ごし、Bの公式戦にすらなかなか出ることができなかった私はこれを大きく痛感した。そして、そうした時に結果が残せれば、自信がつき、仲間から信頼され、人生も変わるかもしれない。だからこそ、ただ漠然と成長を念頭に置くのではなく、いかにその瞬間に結果を残すかそれにこだわるべきなのだ。チャンスの神は前髪しかないと言う通り、1シーズンにそうしたチャンスが数回しかない選手もいるかもしれない(チャンスを自分で掴み取れという人もいるかもしれないが、なかなか自分ではコントロールするのは難しいと私は考える)。だからこそ、結果にこだわってほしい。そこにどれだけの熱量が込められるか。そんな修羅場を多く経験出来たら、どれだけ新しい気付きがあり、進化していけるだろうか。プロセスが評価されるのは終わった後でいいじゃないか。プロセスを評価してくれ、「俺頑張ってるじゃん」が許されるのは高校までだ。厳しいけれどもこれが現実だと思う。私は、そこに気づくまで周囲に文句を言い続けたし、他人との無駄な比較ばかりしていた。だからこそ、そんなわだかまりを抱えている人に届き、少しでも気付きを与えることが出来たら私は嬉しい(偉そうですみません)。

そして私自身は、今自信を持ってサッカーを出来ているように感じている。先日の市原カップでの経験が大きかったように思う。公式戦の舞台の緊張感を存分に味わうことができた。特に流通経済大学FCとの試合は自分の中で一皮むけることができたような気がする。4年早慶戦も私自身は良くなかったかもしれないけれど、あの強度でも私はやれるんだと自信を持つことが出来た。もっとヒリヒリするような試合をしたいとここに来て思うようになった。

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「努力に評価を求めるな。結果を追求しろ。敗者の努力に誰も興味はない。」

Twitter高校の同期の友達の投稿から引用。

別にプロセスをないがしろにしていいなんてことじゃない。一定のレベルまで到達したら、頑張るのなんて当たり前なんだ。今までのサッカー人生で苦しい経験も多くしてきたからこそ、今気づくことが出来た。無駄な出来事なんて1つもない。今この瞬間自分に何ができるかが大事なんだ。こんな思いを胸に、あと残りわずかなサッカー生活、そして長く続く社会人生活をEnjoyしていきたい。

最後に、
このブログが投稿されているときには、早明戦が終わっている。どんな結果であれ、とにかく前進し続けよう。残留という今考えられる最高の結果にこだわり続けよう。

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野牧 元(のまき げん)
学年:4年
学部:スポーツ科学部
経歴:春日部市立豊春中学校→さいたま市立浦和高校
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「日本をリードする存在になる」というビジョンのもと日々活動する部員の「心の内」を明かしていきます。
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