「思い出深い場所」Part1~リアス・アーク美術館~

こんにちは!今回はkが担当します。

今回のテーマは「これまで気仙沼を訪問した中で印象に残っている場所やイベント」ということで私からは「リアス・アーク美術館(http://rias-ark.sakura.ne.jp/2/sinsai/)」を紹介したいと思います。

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リアス・アーク美術館は気仙沼駅から車で約10分、内湾を見下ろす小高い丘の上に位置します。常設展としては、三陸沿岸の暮らしを支えてきた「食」に関する歴史・民俗資料「方舟日記」、東北や北海道在住・所縁の作家を中心とした美術作品、そして「東日本大震災の記録と津波の災害史」をテーマにした震災資料、この3つが展示されています。展示内容やこだわりについてはぜひ公式ホームページを覗いてみてください。美術館の気仙沼への思い、震災当時の活動、気仙沼の魅力的な「食」を形成してきた歴史、それらが豊富な展示写真と共に語られています。

さて、美術館の紹介ということで展示についてお話したいところですが、百聞は一見に如かず、私が語るよりも公式ホームページを見た方が、公式ホームページを見るよりも実際に訪れた方が展示の魅力はより伝わるでしょう。そのため、私からは「東日本大震災の記録と津波の災害史」をテーマにした震災資料を初めて見た時のことを少しだけお話しさせていただきます。


リアス・アーク美術館の震災資料は広い館内の1階部分のすべてを利用して展示されています。展示室へは階段を下りていくのですが、この階段が気仙沼の民俗資料や美術作品を展示している明るい2階部分と、震災資料を展示する1階部分を完全に切り分けます。同じ建物内とは思えないほど、雰囲気が異なるのです。しんとした階段を降りる間、当時の私はこの先の展示を思って少しドキドキしながらも、不思議と凪いだ心持ちで展示室の扉を開けました。

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中に入ると、展示は震災当時の気仙沼の写真から始まります。一つ一つにつけられたコメントからは震災当時の衝撃や気仙沼の人々の戸惑いが伝わってきました。

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少し進むと、展示に実際の「被災物」が交ざり始めます。「被災物」とはいわゆる「ガレキ」です。リアス・アーク美術館では津波や火災の被害にあって元の姿をとどめていないものを「ガレキ」とは呼びません。「『ガレキ』とは価値がなく、意味のないものを指す言葉であって、被災者にとって『被災物』は破壊され、奪われた大切な家であり、家財であり、何よりも大切な人生の記憶である」、という考えのもとでリアス・アーク美術館では「被災物」が展示されています。私は「被災物」の生々しさに驚きながらも目を離すことができませんでした。震災当時の自分が見ることのなかった、実際の被災地の光景がここにある。もちろん展示室でわかる光景はほんの一部に過ぎませんが、思わずそう感じてしまうほど、そこには当時の「現実」がありました。

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その後も度々リアス・アーク美術館を訪れると、いつも新しい発見があります。気仙沼を知れば知るほど、展示は違った側面を私に見せてくれるようになるのかもしれません。次に訪れた時には私は一体何を感じるのか。早く気仙沼に行きたいなあと思わず呟いてしまいます。

常設展示の充実度からもわかるように、リアス・アーク美術館は私たちに気仙沼の「過去」を教えてくれます。初めて気仙沼を訪れた人には、ぜひ最初の目的地にしていただきたいです。ここで見て感じたことを胸に、気仙沼の「今」をぜひ学んで、堪能して、味わってください。私はそんな気仙沼の「未来」に少しでも関わり続けられたらなあ、と思いをはせるばかりです。

次回の記事は、気仙沼で早朝から営業しているある食堂について取り上げます。お楽しみに!

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