パンデミックのおわりに

各種記事を眺めていると、2年半にわたったパンデミックもどうやらおわりに近づいてきたらしい。

ただ、スペイン風邪のようにすぐになかったことにはできず、有力そうな仮説として、最終的にはインフルエンザ並の流行に落ち着いていくが、ただいつになるかわからない、1年になるのか、10年になるのか、あるいはそれ以上なのか、そんな感じのようだ。

https://www.carenet.com/news/general/hdn/51582

こんなような時期にさしかかっているときこそ、あらためてふりかえってみるとよいのではないか。
すると、以下のような問いが、ふと頭をよぎる。

  • コロナ前にできていたこと、正直ちょっとできていなかったけどこうなると幸せなことって何だろう?それを「理想」の状態としてみる

  • 「理想」の状態を10としたとき、現状はいくつととらえるのか

  • 「こういう状況になったらこうなる」という想定を予め5〜10段階くらいでたてておくとよいように思えるがどうか

社会システム的には、今後、医療・介護システムにどうしても皺寄せがいってしまうだろう。構造的にそうならざるを得ない。おそらく企業の人事を中心とした関連部門・サブシステムもそうだろう。
逆にいうと、医療・介護システムの脆弱性に取り組んでいくのが、今後国際的な競争力優位の確保の一つになるのではなかろうか。
向き合いにくい課題であるゆえに、向き合えば大きなブレークスルーが起こり得るように思える。

さて、今度は自分の周辺のことに目をむけてみよう。
言うまでもなく、父の介護を抱えている。幸い老健さんの方に駆け込むことができ、面倒をみれてもらうようになり、なんとか介護起因の離職不安から逃れることはできた。
それはそれでとてもありがたいのだが、ずっと取り調べ室のような面会室での面会か、もう少しカジュアルなLineでの面会しかできていない(Line面会の場合、職員さんがタブレットを持っての補助が入る)

もちろんコロナ感染防止のためである。
父と少しでも混み入った話をしようとすると、全てあらたまった話になってしまうのだ。当然、父も、話題を切り出す私も、身構えた状態で話をすることになる。そもそも切り出すことさえ難しい。
前述した問いのうち、2番目の問いに答えると、コロナ前がせいぜい4でコロナ後に至っては0にちかい。
つまり、もともとあらたまった話をするには、普段から話をしていて、何気ない話題からうまくつなげていく必要があった。それが、普段から話をすることも難しく、したがって何気ない話題もできず、つなげることなんて夢また夢な状況である。

あらたまった話を、お互い身構えすることなく話し合う方法なんてあるのだろうか。第3者をいれればそれで解決するもんなのだろうか。
そんなことを最近考えている。

みなさんはどうですか?

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