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【IAC 2023】宇宙開発と地政学の切り離せない関係性ーIACで森は何を見たのかー

 本年も、国際宇宙航行連盟(IAF)が主催する世界最大級のカンファレンスイベント「国際宇宙会議(通称IAC)」が10月2-6日に開催されました。その歴史は長く、1950年に始まって以来、今回で第74回になります。各国宇宙機関の開発計画、学術研究成果の発表の場として、全世界から6000名以上が参加しました。今年の会場は、カスピ海に面するアゼルバイジャンの首都・バクーです。

 IACでは各国の宇宙開発機関の理事長クラスが登壇するメインセッション、トピックごとに査読された学術研究が発表されるテクニカルセッション、各国宇宙機関や宇宙関連企業が展示を行うブースセッションが用意されています。ワープスペースからはCSOの森が参加しました。

 森はこれまでに何度もIACに参加していますが、今回はこれまでとは雰囲気が大きく変わっています。その大きな理由は二つあると森は推察します。一つはアゼルバイジャンの抱える紛争。そしてもう一つはアゼルバイジャンと中国とロシアとの関係です。今回の記事では、以上の二点を踏まえつつ、IACについて、その様子を詳細にお伝えいたします。

(昨年の様子はこちら

アゼルバイジャンの抱える紛争とIAC

 一つ目の理由は、アゼルバイジャンという国が、隣国アルメニアとこれまで30年近く紛争を続けてきた点です。アゼルバイジャン及びアルメニアは旧ソ連の解体とともに独立した国家ですが、アゼルバイジャン領内のナゴルノ・カラバフ地域にはアルメニア系住民が多く暮らしています。そのナゴルノ・カラバフを巡り、アルメニアはロシア、アゼルバイジャンはトルコの支援を受け、対立が緊張化していました(*1)。9月20日の時点でアゼルバイジャンとアルメニアは停戦合意を行い、ナゴルノ・カラバフ地域では武装解除されましたが、先月まで国内で軍事行為を行っていたため、やはりリスクのある地域でのカンファレンスは、これまでとは異なった雰囲気であったと森は語ります。
 それに加え、先ほども述べた通りアゼルバイジャンは旧ソ連の土地なので、ロシア人の参加者も多く、そういった点もロシア人の参加者がほとんどいなかった昨年のIACとの大きな違いです。

アルメニア、アゼルバイジャンはかつて旧ソ連でした。独立後、アルメニア系住民の多いナゴルノ・カラバフ地域はアゼルバイジャン領となりますが、アルメニア系住民からなるナゴルノ・カラバフ共和国が実行支配していました(*1)。

(*1 【参考:新潮社 Forsight】ナゴルノ・カラバフ和平を動かした「ロシアなきユーラシア」新秩序の胎動)

アゼルバイジャン開催だからこそ見えてくる、宇宙開発分野での中国の実力とは

 また、その異様な雰囲気を醸し出していたもう一つの要因は、アゼルバイジャンと中国の関係であると森は考察します。中国は先述のナゴルノ・カラバフ問題に対しては中立の立場を保っていますが、ヨーロッパと西アジアの境界線に位置し、古代シルクロードでも地政学的に重要な土地であったアゼルバイジャンは、シルクロードの再現を目論む中国の一帯一路政策において非常に重要な地域です。そのため、アゼルバイジャンはユーラシア地域における中国の重要なパートナーであり、一帯一路計画に最も早く呼応し、積極的に参加している国の一つと言われています。そうした中国との関わりからか、今回のIACでは、米国側の関係者は非常に少なかったと森は語ります。一方で欧州に関しては、ESAやドイツの宇宙機関は参加していない一方、フランス、イタリアといった、中国やロシアと繋がりのある国が参加しており、政治的な背景が色濃く見て取れるようでした。特に宇宙開発の分野では、中国が主導する、木星衛星ガニメデへの探査計画へのフランス人科学者の協力(*2)など、フランスと中国の接近は確かなもので、今後の動向を注視する必要があります。

(*2 【参考:EGU】Gan De: Science Objectives and Mission Scenarios For China’s Mission to the Jupiter System)

 ブース会場ではやはり中国企業の存在感が大きく、かつてのIACではロッキード・マーチン社等が出展していたような巨大なブース展示を、中国の人工衛星メーカーである中国航天科工集団有限公司(CASIC:The China Aerospace Science & Industry Corporation Limited)などが行っていました。そこでは、CASICが提供する地球超低軌道(VLEO)コンステレーションが紹介されており、2027年までに192基の衛星を打ち上げ、30分ごとに気象等の宇宙情報サービスをユーザーに提供し、2030年までに300基まで拡大する予定であることを発表しています(*3)。

CASIC(中国航天科工集団有限公司)のブース展示。他にも、中国国家航天局など、数々の中国関連のブースが目立っていました。

 これまで気象衛星として活躍していたESAのセンチネルシリーズなどは数機で地球観測を行っていましたが、CASICはそれを一気に超えてくるコンステレーションのコンセプトを提案しています。またそうした多数の宇宙機を配備することによる時間分解能の向上と、LEOよりも高度の低いVLEOに配備することにより、空間分解能の向上も期待されるため、技術的にも、サービスとしても、非常に高い品質であることが予想されます。こうした技術はあくまで商業的なものであり、中国が民間でも高いレベルのサービスを提供していく方針が伺えます。

(*3 【参考:SPACE NEWS】China’s CASIC to begin launching VLEO satellites in December) 

大注目を浴びたイーロン・マスク氏の登壇。その背景とは

 また、今回のIACでは、スペースXのCEOであるイーロン・マスク氏がオンラインで登壇しました(*4)。IAFの会長であるクレイ・モーリー氏との対談の中で、マスク氏はスペースXが提供する巨大な再使用ロケット「スターシップ」の開発状況、及び活用方法について説明しました。

オンラインで登壇するマスク氏(引用*4)

 マスク氏はIACにて、

「スペースXの直近の目標は、今年初めに行われ、失敗してしまったスターシップの飛行試験の再開であり、ロケット再突入、着陸、上段の再利用の試みは、来年末まで続くことになる。『スターシップの第1段と第2段の改修はほとんど必要ない』という状態まで持っていき、1日に4~5回の打ち上げを可能にすることを目指している」

と述べています。

 マスク氏の登壇はただでさえ珍しいと言われますが、米国系の企業や関係者がほとんど来場していないことも相まって、非常に大きな注目を集めました。マスク氏のこの対談はX(旧Twitter)にて配信され、リアルタイムでの視聴者は300万人に上っていたようです。米国企業の参加が非常に少ない一方で、今回のIACのプレミアムスポンサーはスペースXと中国宇宙航学会(CSA:Chinese Society of Astronautics)の二枚看板。

「マスク氏の登壇によってバランスが保たれているようにも見える。」

と、森は語ります。巨額の資金が動き、かつ安全保障にも直結するため、純粋な科学やビジネスだけでなく政治的な要素と切っても切り離せない「宇宙」という市場。その特性を強く感じさせるトピックとなりました。

(*4 【参考:Seradata】IAC 2023 Baku: Elon Musk dials into conference to talk about how his Starship is making a more exciting future)

(執筆:中澤淳一郎)


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