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【ワープステーション】プラネタリーバウンダリーを旗印に、光通信が可能にする未来のアプリケーション

 ワープスペースが主催するイベントシリーズ「ワープステーション・エレメンツ」が「地球の健康状態を知る・守るための超産業連携」をテーマに2023年9月28日に開催されました。会場は、東京大学本郷キャンパス、伊藤謝恩ホールです。

 今回の「ワープステーション・エレメンツ」では、主にプラネタリー・バウンダリー(Planetary Boundary)という概念に焦点を当て、地球の環境問題について、宇宙産業の枠にとらわれずに議論する場を提供しています。本記事では、「ワープステーション・エレメンツ」の現場の舵取りを行った事業開発メンバーの國井にインタビューを行い、イベントの様子やその反響についてお届けします。

「ワープステーション・エレメンツ」のねらい

 そもそも、プラネタリー・バウンダリーとは、スウェーデンの環境科学者ヨハン・ロックストロームとウィル・ステファンによって2009年に提案された、地球環境における重要な生態系プロセスの領域を指し、これらのプロセスが持続可能な範囲内に保たれるべき限界を示す考え方です。 具体的な例を挙げると、生物多様性や海洋酸性化、地球表面の窒素およびリン循環における持続可能性について、定量的な評価を行っています(*1)。

地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)にて言及されている9つの要素とその現状(*1)

 このようなコンセプトは、光通信を活用したデータ中継サービスを開発するワープスペースに直接関わるものではありません。しかし、ワープスペースのサービスの目的が、宇宙を利用して得られた「大容量の」地球観測データを「遅延なく」地上に送ることであることから、地球環境問題はワープスペースにとって、潜在的に深いつながりがあると言えます。

 一方で國井は、プラネタリー・バウンダリーというコンセプトに対し、以下のような課題意識を持っていました。

「プラネタリー・バウンダリーは初めて体系的・定量的に地球の状態を評価したモデルであると認識していますが、各項目を持続可能な範囲内に留めるためには、産官学の協力に加え、異なる産業や技術を掛け合わせる分野横断的な取り組みが欠かせないと考えています。その中で異なる分野の専門性を持ち寄り協力関係を築きながら、持続可能な社会の構築に向けた知見の交換や、共通の物差しを持つための対話を重ねる場が不足しているのではないかと感じています。」

 そこで、ワープステーション・エレメンツでは、國井が中心となり、異なる分野の専門家やリーダーが集まる場を提供し、議論を促すことで、プラネタリー・バウンダリーに関する共通認識の確立や事業共創に向けて、コミュニティの機能を果たすハブとなることを目指しました。

(*1【参考:環境省】平成29年版 環境白書・循環型社会白書・生物多様性白書)

プラネタリー・バウンダリーをめぐる議論

 イベント当日には、多様な参加者が集まりました。金融、通信、保険、ディープテック、弁護士、セキュリティ、気象予報士、大学関係者などに参加いただき、「分野横断な関係構築を促進する場を提供し、対話を生み出す」というイベントの主旨に沿ったものでした。

 実際に人工衛星データを用いたプラネタリー・バウンダリーの評価についての成果が共有され、様々なバックグラウンドを持つ専門家から驚きをもって受け入れられました。筆者が特に感銘を受けた活用方法は、株式会社シンク・ネイチャー代表取締役社長の久保田康裕氏が述べた、人工衛星データを用いた生物多様性の評価です。久保田氏のプロジェクトでは、地球低軌道からマルチスペクトルカメラ(*2)を用いて地上を観測し、それによって得られたスペクトルデータのうち、ある波長帯の吸収が生物多様性と相関があることを利用して宇宙空間から生物多様性の評価を行います。このようなアイデアはまさに、環境生態学と宇宙利用の両方の専門性を組み合わせることで生まれるものであり、ワープステーションが目指す、異分野の統合の先にあるプラネタリー・バウンダリーへのアプローチに他なりません。

 また、パネルディスカッションでは、プラネタリー・バウンダリーに関する共通の評価基準の確立についても活発に議論されました。具体的な例としては、TCFD(Task force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(Task Force on Nature-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)が挙げられました(*3)。これら既存の枠組みを活用し、各自の活動がプラネタリー・バウンダリーにどのように影響を与えるかを定量的に評価することが重要とされました。

(*2【参考:ケイエルブイ株式会社】「ハイパースペクトルカメラ」と「マルチスペクトルカメラ」の違い)
(*3【参考:Fujitsu】TNFDとは?背景やTCFDとの違い、対応事例について知ろう)

パネルディスカッションの様子。「地球を丸ごと見える化〜自然資本保全と経済活動の最適化に向けた取り組み〜」というテーマで、sorano me 代表取締役社長の城戸彩乃氏、株式会社シンク・ネイチャー代表取締役社長の久保田康裕氏、パナソニック(株)デザイン本部トランスフォーメーションデザインセンターデザインストラテジストの中塩屋祥平氏らが議論に参加しました。

ワープステーションの反響、そして得たものとは

 異なる分野の専門家が集まり、共通の課題解決に向けた連携機会を提供しつつ、衛星データの応用および衛星データの流通量を高める意義について多角的な発信ができました。特に國井は、

「宇宙関連事業者が衛星データや宇宙利用を主語にし情報発信するのではなく、今回であればプラネタリー・バウンダリーのような、ある課題に対する解決策の1つとして宇宙利用を認知していただくことが大切だと改めて痛感しました。異なるアプローチで課題解決に取り組んでいる方々が集まり、継続的に対話を重ねていく場を作ることで、衛星データ単体での課題解決はもちろん、他のテクノロジーと掛け合わせた新しい事業共創の形が見えてくるのかなという手応えを得られました。中長期的にこのような場を作り続けたそのさきに、持続可能な世界に近づけるのではないか」

と語ります。また一方で、アンケートでは、

「今回のイベントを通じて、光通信に対する興味や光通信に関する海外の動向への関心を持った」

とのコメントも寄せられ、自社で衛星を開発するわけではない地上の事業者の方々が、地球観測データとその活用に興味を持ち、その利便性を上げることを目的とするワープスペースのサービスにも関心を持つ流れが着実に出来上がりつつあります。

 また、パネルディスカッションを経て、國井は、

「RESTECの松浦さんは、『絵文字を地上で作り、衛星で撮影する』といった、楽しさを原動力とするボトムアップ的な取り組みが必要とおっしゃっていた一方で、東京大学 FoundXの馬田さんは、『民間企業としては課題解決をしながらちゃんと経済を回し雇用を生み出すことが必要』であると、課題解決だけでなく経済合理性を原動力とする取り組みの重要性も言及していたのが印象的でした。一見相反することを言っているように感じるかもしれませんが、『宇宙を身近に感じてもらう』その一歩先をしっかりと描いていく必要があるのだと理解しました。つまり、持続可能性と経済合理性の両輪をどう回していけるのか、環境には優しいが同時にお金も回らなければ事業としては持続可能ではなくなってしまうジレンマをどう乗り越えるかという点を、一つの問いとして提示していただいたと認識しています。

その前提で、馬田先生がおっしゃっていた『人工衛星データといったビッグデータが容易に得られる時代になれば、仮説などは一旦置いておいて、データの海に飛び込み、客観的事実を元に事業アイデアを見出す姿勢も大事になるかもしれない』という観点や、自然資本を一方向的に利用するだけでなく、循環する仕組みづくりに実際に取り組んでいる方々の事例を聞けたのは、参加者にとってヒントになるという意味でも非常に良かったと思います。

ボトムアップとトップダウン、それぞれの指向性をもった事業や組織をつなぐコミュニティの必要性や、その時々で最適なアプローチや手段を柔軟に選択する姿勢は今後間違いなく重要になると思います。」

と考察します。

 こうした気づきが、ワープスペースのサービスに直接関わるかどうかは未知数です。しかし、今回をきっかけに「プラネタリー・バウンダリーに関わる課題解決手段としての人工衛星データの利用」の裾野は広がり、ワープスペースとしても、さらなる事業展開のための強力な基盤を築いたと言えるでしょう。ワープスペースの今後の活動にご期待ください。

ワープスペース・エレメンツ参加者の集合写真。会場には50人近くの方々が集まってくださいました。

(執筆・中澤淳一郎)

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