見出し画像

人生やり直し。

『人生をやり直させてやるよ』

彼は、突拍子もなくそう私に持ちかけてきた。
私は当然、彼を怪しんだ。

最近、様々な詐欺が流行っている。

これもその類かと思ったのだ。

しかし、どうやら違うらしいぞと今の私は思っている。

オシャレな喫茶店の中、私は彼からその『やり直し』とやらについて語り聞かされた。
彼の言うには、
男の持つボタンを押すと、文字通り人生を『やり直させて』くれるらしい。

代金は完全無料。
私がデメリットを被るような内容ではないし、
なんなら強制もしないという。

『馬鹿馬鹿しい』

普段ならそういって吐き捨てる所だが、今日の私は藁にも縋りたい気持ちだったのでそうは言えなかった。

というのも、なぜだか本日の私は、感傷的なのである。

昔の私は小説家になりたがっていたが、未だになれないでいるこの現状。
最悪だった。

だから、私は彼の誘いに乗ってみることにした。

どうせ、デマだ。
したがって、デメリットを被ることも、メリットを被ることもない。

彼は私に赤色のボタンを渡してきた。

私はソレを躊躇なく押す。
その瞬間、男は確かに笑みを浮かべた。

次の刹那、視界が暗くなり、すぐにまた明るくなる。

映るものは、さっきと同じカフェテリアのままだった。
やっぱりデマだ──


そう思った時、何かが違う事に気が付く。

視点が異常に低いのだった。
床から30cmもないところに私の視点がある。

天井が酷く遠く、逆に床は近すぎる。

戸惑っている私に、男は笑いかけて言った。

「ほら、言ったろ? 人生を、やり直させてやるってさ──この場で」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?